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お母さんがいなくなった世界

お母さんは
いつもわたしの手から
するりと抜けて行ってしまうひとだった

お母さんをひとりじめできた
と思っても
それはほんのひととき

弟がくると
お母さんはわたしの手から
するりといなくなってしまって
わたしはひとり
心細さに小さく震えた

それなら最初から
いないことにしよう
そのほうが悲しくないって
ある時思った

お母さんに焦がれるこころが
あったところを
べつのもので埋めようと

わたしは
ちょっとずつ
求めるこころを
お母さんから剝がしていった

おおきくなって
それはうまくいっているようだったのに

お母さんが
この世界からいなくなると
聞いた瞬間に
ぜんぶ壊れ落ちた

小さなころから
焦がれ続けたこころは
巨大な魔物のように
成長していて
わたしを苦しめた

あの時
お母さんがいない世界なんて
怖くて生きてはいけないと
おののいたのに

いま わたしは
お母さんのいない世界を生きている

お母さんのいない世界だって
あんがい捨てたもんじゃない

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