山の名前で言葉の拡散を考える
20210828 初稿 initial rev.
20210904 最新 latest update
この記事では、山の名前の中に含まれる人類共通の古い音声・音節を探ってみたい。自然現象や地形に関する名称は人類共通の基本概念であり、生活を営む上でとても重要な単語であったはず。その中でも山は近代にいたるまで、大陸を移動する人類にとって、とても重要なランドマークであったと考えられる。現在でも信仰の対象となっている山は多数あり、古い言葉の痕跡を多く持っていると思われる。
言葉の拡散
言葉の起源と拡散を考える上で、唯一の世界祖語があったのか? という問題がある。が、それはひとまず置いておいて、すくなくともユーラシア祖語のようなものはあったのではないか? と想定できる。約7万年前のトバ火山噴火により、ホモ・サピエンスの全人口は 約100万人から 約1~2万人まで減少したという説もある。ユーラシア祖語の集団を想定する場合、トバ火山噴火後の厳しい時代を生き抜いた集団で、現在のトルコ~イラン周辺で生活した人々を想定するのが良さそうである。それから、人類の拡散は広くアジア方面にも広がった(いわゆるモンゴロイド)。そして、約3万年前ごろに現在の東南アジアに存在したとされるスンダランドの周辺で生活していた人々の言葉が、オースロロネシア語祖語のルーツであり、日本語のルーツでもあるのではないか? と思う。
山の名前の比較
ここでは、環太平洋地域の山の名前、特に火山の名前に注目したい。次の3種類の音節 (1)pi/fi/hi (2)ash (3)tar を手がかりにしたい。
比較対象として、主に日本を含む環太平洋の火山の名前を抽出した。以下の(2)ash系列と(3)tar系列は 寺田寅彦 『火山の名について』(*1) に多くを依存している。
(*1) 寺田寅彦 『火山の名について』(1948)
幸いにも、青空文庫で全文閲覧可能 リンク→『火山の名について』
pi/fi/hi 系
名称にピ(pi)、フィ(fi)、ヒ(hi)、ホ(ho)などが入っているもの
Merapi メラピ山 (インドネシア ジャワ島)
Murapi メラピ山 (インドネシア スマトラ島)
Pinatubo ピナツボ (フィリピン)
Whakaari ファカーリ (ニュージーランド)
Ikaho いかほ(伊香保) (※)群馬県の榛名山周辺の古い名称
他多数
現代の多くの言語で「火」を表す語にピ(pi)、フィ(fi)、ヒ(hi)を核としている語が多いと思われる。よって、ピ(pi)の音は古くから「火」を連想させる音声だったと思われる。
日本語の擬音語で火の状況を伝える場合、「ぼうぼう」(と燃える)「パチパチ」(と燃える) など、パ行/バ行/ハ行音が登場する。日本語では、/hi/(ひ)と/ho/(ほ)の音が主に「火」や「炎」に関連する音となった。
例)ほのお(火の尾)、ほてる(火照る)、ほたる(火垂る→蛍)
上記Ikaho(いかほ)は 「いか」+「ほ」(火)と解釈できる。「いか」はいかづち(雷)の「いか」と同じ意味と思われる。榛名山の南麓には、ほどた(保渡田)という地があるが、保渡田の「ほど」は(地熱などで)熱い場所を指すと思われる。
また、上記山の名前を強引に日本語で解釈すると、次のようになる。
Merapi/Murapi → 群ら+火
Pinatubo → 火の壺
Whakaari → Wha(火/炎/穂) + Kaari(借り)
(※)注意点あり → 文末 語源・由来を考える時の注意点 を参照。
ash系
名称にアス(as)、ウス(us)などが入っているもの
Aso 阿蘇山 @九州 熊本
Usuki うすき 臼杵 @ 大分県臼杵市/宮崎県西臼杵郡/東臼杵郡
(※)Usuki は 火山名ではないが、阿蘇の火山灰と関連あると思われる
Asama 浅間山 @長野県 軽井沢と群馬県の県境)
Usu 有珠山 @北海道 洞爺湖の南
Rausu 羅臼 @北海道 知床半島 (※)接頭子音 r
Rasshua 羅処和 @千島列島 (※)接頭子音 r
Nasu 那須岳 @ 栃木県北部 (※)接頭子音 n
他多数
ash系列のash は 英語の ash (= はい(灰))を意味する語である。印欧語族から環太平洋地域まで、とても広範囲にアス(as)、ウス(us)に類似音で「灰」や「燃える」を連想させる語がとても多い。
(※)Update 20210904
Fuji 富士山 周辺に点在するAshi あし という音はash系の語と思われる。
ex)Ashigara 足柄峠、Ashinoko 芦ノ湖、Ashiwada 足和田山、Ashitaka 愛鷹山など
詳しくは別記事『火山と灰に由来する地名』に書いた。
tar系
名称にたら(tara) 、たる(tar) 、つる(turu)などが入っているもの
Tarumai たるまい 樽前山 @ 北海道 道央 支笏湖の南
Torimi とりみ 鳥見/鳥海 → ちょうかいさん(鳥海山) @ 秋田と山形の県境
Tsurumi つるみ 鶴見岳 @ 大分県別府市
Tarawera タラウェラ山 (ニュージーランド)
Taranaki タラナキ山(ニュージーランド)
他多数
たら(tara) 、たる(tar)がつく山の名前は多い。
(※)Update 20210904追記
たる(tar) → 垂る/滴る であると思われる。詳しくは別記事に書く予定。
どのような語を比較すれば良いか?
各々の言語が同系であるか、近いか、遠いかを観察していく場合、比較対象としては、生活を維持していく上で必須と思われるもので、人類共通で持っているいるであろう概念・名称を比較するのが一番良いと考える。
例えば、以下のような語を比較するのが良いだろう。
・自然現象に関する語 : 天気・空・太陽・火・山・谷・川・水・海など
・身体に関する語 : 頭・顔・目・鼻・口・耳・手・腹・足・心臓・血など
また、できるだけ古い形式の語を引き出したいため、抽象的な概念をできるだけ除外し、直感的かつほぼ無意識に発する音声を抽出するのが良い。例えば、意味はよくわからないが、語頭や語尾にくっつく音声や、幼児語・オノマトペなどに古い発音が現れると考えられる。
語源・由来を考える時の注意点
語源・由来は、音声を辿るのか・意味・解釈を探るのかで、出てくる結果が異なるので注意が必要である。
(1)語の音声の由来(音の変化/派生/言語間の伝播)を探る
→ 本記事では言語の拡散を考えるため、(1)を扱っている。
人類共通のできるだけ古い音声・音節を探っていくことを目論む。
(2)語の音声がどういう意味であるかを探る
→ ほとんどの場合、○○語で○○の意味から と解釈される。
たとえば、Pinatubo(ピナツボ)はタガログ語とサンバル語で「生育させた」という意味があり、そのように解釈できるらしい。
しかし、タガログ語やサンバル語を話す集団が現地に移動し、居住する前の先住民の存在や先住民の言葉をどの程度引き継いだかなどは不明である。よって、多くの場合、現状可能な解釈の1例を提示しているにすぎない。