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ネイチャーポジティブに愛されてる?ヴィンヤードと日本ワイン

2014年秋に、農研機構の先生方と初めて椀子ヴィンヤード(長野県上田市)を訪問した時のことを鮮明に覚えています。
上田駅からタクシーで20分、水田の景色の中に陣場台地が見えてきます。
その裾の坂を上り、少し行くと、なぜか上田市だけで人気のマレットゴルフ場の横を通り過ぎ、そのすぐ先にシャトー・メルシャン椀子ヴィンヤードが見えてきます。

2014年のその日、その椀子ヴィンヤードが見えてきた瞬間に、隣に座っておられた農研機構の先生がぽつり。
「これは、凄いことになりますよ。調べれば、絶対に希少種も見つかる。」

そして、実際に農研機構の先生方が生態系調査に入ると、次々と環境省のレッドデータブックに載る希少種が見つかったのです。
ポイントは、その理由。
「草生栽培」です。

椀子ヴィンヤードのある場所は、日本で多くあるように元は養蚕のための桑畑。それがダメになり、薬用人参を植えたものの、それもダメ。
その後、長らく遊休荒廃地として放置されていた場所。
ここまでは日本で良くある話です。

異なっているのは、100(今は150以上)を超える農家の方々と地元の自治体が力を合わせてグループを作り、有効活用してくれる企業を探していたこと。
そして、そのタイミングで、ちょうどメルシャンが自主管理畑にできる土地を探していたのです。
椀子ヴィンヤードのある台地は、陽が良く当たり、風が強く(雨の後に早く乾き、適度なストレスがブドウの糖度を上げる)、緩やかな坂になっていて水はけがよい。日本ワインのためのブドウ栽培には、最高の条件が揃っていたのです。

食べるブドウは棚栽培ですが、ワイン用のブドウは凝縮した実を取るために「垣根栽培」が主流。但し、遮るものがないので雨が降ると土壌が流出したり、ブドウ栽培で土壌中の水分量を調節する目的もあって、ブドウの木の下に下草を生やす草生栽培を行うのです。

日本では、自然保護と言えば「森林活動」
確かに森は大事なのですが、実は単位面積当たりで生態系が豊かなので「草原」。
昔は、牛の餌や家の屋根、すき込むことで肥料にするなどの用途があり、日本国土の30%が草原だったと言われています。
今や、田んぼのあぜ道を含めても草原は1%以下。
それが、実に椀子ヴィンヤードでは畑が20ha(東京ドーム5個分。2024年現在は29haに拡大しています)にもおよぶ草原を育んでいた訳です。

実は、単に下草を生やすだけでは草原にはなりません。栽培上の必要性もあって定期的(3週間に1度程度)に下草刈りを行います。これがあって、勢いよく成長する植物だけではなく、様々な植物に日が当たり、多様な植物が正対できるようになり、初めて草原になる訳です。
栽培に必要だから行っている垣根栽培、下草、定期的な草刈りと、事業を行うことが、自然を回復することに繋がる。
ヴィンヤードは、まさに「事業を通じたネイチャーポジティブ」と言えます。

今年から、椀子ヴィンヤードでは、農研機構との新しい共同研究で、土壌からの排出されるGHGの精密な測定と剪定枝をバイオ炭にする取り組みを進めています。
ブドウの木は枝が威勢よく伸びることもあり、計算上では土壌から排出されるGHGと同じか、それよりも少し多くの炭素をバイオ炭として閉じ込め、畑の中に保持することができると言われています。

もちろん、トラクターの燃料や、醸造時・熟成のためのエネルギーは必要ですから、単純にはカーボン。ニュートラルになりませんが、ネイチャーポジティブとカーボンニュートラルの両方に近づける可能性があるのです。

この仕組みは、垣根栽培・草生栽培のヴィンヤードでは、同じように成り立ちますから、別に椀子ヴィンヤードのワインだけに効果は留まりません。
私たちが日本ワインを飲むことで、ヴィンヤードが増え、草原が回復し、生態系が豊かになります。地球の裏側から運ぶワインよりもGHGも少ないはず。
しかも、最近の日本ワインは世界でも高い評価を得ていて、且つ日本食にも合います。
酒類・飲料または食品産業の中で、どうやらワインだけは、ネイチャーポジティブに愛されている気がします。

参考:
ワインをつくることで、自然を守ることもできる。企業活動と自然保護のWin-Winな関係
https://kirinto.kirin.co.jp/article/environment/20220622/

国産ワインのためのブドウ畑が守る生物多様性 メルシャン「椀子ヴィンヤード」を歩く
https://www.asahi.com/sdgs/article/14955695

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