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”慣れ”について

以前、人間の持っている能力の中で最も強力ものは、慣れであるみたいなことを書きました。今日はそれについて少し深堀していきます。

慣れとは、何回も経験していくうちに特別とは思わなくなること。
なんだかこれだけ聞くとすこしマイナスの印象ですね。
しかし、人間は一旦慣れた事については以前まで渋って中々できなかったようなことでも平気でできてしまいます。
おそらく何でもできるようになってしまうでしょう。非道なことから道徳的なことまで。
平気で人を殴る、早起きをする、暇ができたらスマホをいじる、悪態をつく、寝る前にストレッチをする、電車で読書をする、、、
この人間の凄まじい力を自分の意志でコントロールすることができたら何が起こるでしょうか?
おそらく、自分の生活や体調があまりにもコントロールできすぎてしまい、その状況に慣れてしまうと思います。
そうなった場合、抜け出すのはかなり困難だと思います。自分が今まで積み上げてきた慣れを一旦手放す必要があるからです。
これは、アイデアを新しく生む際の”帰納”に近いですね。
帰納することに慣れると新しいアイデアが次々生まれるようになるのかもしれないですね。
慣れが嫌い、慣れるまでが好き
いったん慣れてしまうと、もうそこには面白みがないです。なぜなら、そこに新しい刺激が潜んでいないから。しかし、慣れるためには潜んでいる刺激を発掘しそれを何度も経験する必要があります。その過程は、楽しいです。
ゲームみたいなものですね。
何度もクリアしたことがある盤面に新しい隠し要素が追加されたと聞けば、そんな盤面でも楽しむことができる。
人間は意外にも単純にできているから、ありきたり毎日の中に少しの刺激を入れるだけで十分に楽しめるはず。その刺激は、すでにそこに慣れがあるからこそ生まれます。これを知っていると、慣れの過程は次の刺激を生むための布石になり、楽しむことができます。
刺激は消費物
最近、コンテンツは消費物として表現されていますが、刺激も消費物なのではないでしょうか?
刺激を消費して慣れを生む。生まれた慣れから新たな刺激を生む。

ということで、先日思い立って香川にうどんを食べに行きました(トップの写真です)
この思い付き遠出という刺激に慣れた後には、どんな刺激が待っているのか今から楽しみです。

終わり

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