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サイババの夢が現実とリンクしていく

サイババの夢は、メッセージや教訓や恩寵に彩られています。サイババに関する夢の話を聞くのも話すのも大好きです。

カナダのケベックでシヴァナンダヨガ講師免許取得後に日本に帰国するまで3日あったので、モントリオール市内のプレーマ(インド系カナダ人で、シヴァナンダヨガ・アーシュラム本部のバガヴァッド・ギーター講師)の家に滞在しました。プレーマは家族共々古くからのサイババの帰依者で、サティヤ・サイババのある体験を語ってくれました。

「背中がすごく痛かった時に、夢にスワミが現れて、ずっと背中に掌を当ててマッサージしてくれたの。次の日の夜にシャワーを浴びてる時、バルタオルを準備するのを忘れたのに気付いたので、ゴパール(プレーマのご主人)を呼んだの。バルタオルと持ってきてくれたゴパールが、私の背中を見て突然叫んだのよ。

「お前、その背中は何だ!紫色のあざになってるじゃないか!」って。慌てて鏡を見たら、私の両肩甲骨あたりにきれいな掌の形をしたアザがあったのよ!そのアザの場所がまさに、前の晩に夢の中でババがマッサージしてくれた場所だったの!」

サイババはよく、純粋な帰依者にこのような夢の中や現実でも訪問証を残していきます。プレーマの家に滞在した時も、ババは私とプレーマにはっきりわかるように訪問証を残していってくれました。

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それは、モントリオール市内のサイ・センター(サイババの奉仕活動をしているセンター)やヒンズー寺院に行った時に、プレーマが運転する車の中で起こりました。

「ババのストーリーを話して!」とプレーマが私にうながしました。

私はサイババのアーシュラムのダルシャン(拝謁)でババを追い出してしまった体験 

https://note.com/lalichiko/n/nbf6dee3a4592?magazine_key=m0caa2aedb2e6

  や、ババが現れた印象的な夢を話しました。


「もう10年以上前、ババのアーシュラムから帰国してから、日本の東京サイ・センターでバジャンに行きました。私はセヴァ(奉仕活動)やバジャンが大好きで毎週通っていました。ある日、定例バジャン会のリード・シンガーをお願いされたこともありました。人様を引っぱっていくほどバジャンはうまくなかったのですが、どうしてもと言うのでお引き受けしました。

バジャン終了後、古くからのサイババの帰依者から「もう少しバジャンを練習した方がいい。○○さんとか見習った方がいいよ。」と言われました。それは明らかに私の下手くそなバジャンへのありがたいご指摘でした。私はショックを受け、落ち込みました。心を込めて神様に捧げたバジャンなのに、ほかの帰依者の方々には耳障りなバジャンだったということがわかったからです。私は毎日何時間も家でバジャンを練習しました。それでもサイ・センターでバジャンを歌うのが怖くなり、感情を込めて歌うことができなくなりました。また誰かに、批判されるのではないかとビクビクしていたからです。

そんな中、ある晩にサイババが夢に出てきました。私がババの真ん前でバジャンを歌っていました。ババは私の真正面に立ち、ジーッと私の顔を見つめバジャンを聴いていました。

私がバジャンを終えた後ババは私を叱りました。
「ささやくように歌うんじゃなくて、心を込めてお腹から歌わないとだめだ!」

それから、私はババの前でバジャンを何度も何度も繰り返し歌い続けてました。そうやってババは私に付きっきりでバジャンの指導をしてくれてたのです。

この夢の話をし終えた時にプレーマは満面の笑顔でこう言いました。
「ちこ(私)が話してる時に、ババのヴィブーティの香りが漂ってきたわよ。ババはずっと車内にいたわよ。」


我に返って意識を澄ますと、確かにプレーマの車の中がババのあのジャスミンの甘いヴィブーティの香りで充満していました!「すごい!ババがいっしょに車に乗っていたんだね!ありがとう!サイラム!」私は興奮しました。
「ババはあなたのこと、とても愛してるわよ。」とプレーマは嬉しそうに言いました。


その甘いジャスミンのヴィブーティの香りは、その後訪れたモントリオール市内のヒンズー寺院を訪れた後もずっと車内に残っていました。
しばらく経ってからプレーマは私に言いました。「いつかいっしょにバジャンめのCD作ろうね!」と。バジャンの名手であるプレーマとバジャンのCD作るなんて、夢また夢のような気がしましたが、プレーマが語ると現実になりそうで嬉しかったです。

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バジャンに関しては、サイババは何度か私の夢に出て来て、重要なメッセージを与えてくださいました。宇宙の中でババとふたりっきりで気持ちよく過ごしている夢もそうでした。夢の中でババは壇上いて、私はババが歌っている壇上の真正面の手の届く距離にいました。ババはその時、リズミカルでパワフルなシヴァ神を讃えるバジャンを歌っていました。


“ Hara Siva Shankara Shashanka Shekhara Hara Bham Hara Bham Bham Bham Boro…♪ ”
ババが壇上でバジャンを歌っている間、私は言葉では言い表せないくらい、とても気持ちいいバイブレーションに身体中包まれ、ふわふわ宇宙に浮いていました。ババがバジャンを終えた後に、元の壇上の光景に戻り、ババは真正面の私をまっすぐ見ながらしばらく黙っていました。

私はこの時、ババに何かを伝えなくてはと思い、今のバジャンの感想を慌ててお伝えしました。
「スワミ(師匠の呼称)、宇宙を感じました。」と私は慌てて言いました。

するとババは一言、私にこう言いました。「宇宙は充満しています。」
不思議な教訓に満ちた夢でした。目覚めてから何時間も何日も何年もこの夢の意味を考えていました。でもなかなかババの言葉の意味を理解できませんでした。

そして、ようやくババがこの夢で与えてくれた教訓が、
『神は愛というかたちで宇宙に充満している』ということだったのです。このババのメッセージを心から理解するのに10年以上かかりました。

この夢を見てから10年間いろんなことがありました。サイババの教えを実践するために菜食になった私に、
「家族と同じものが食べられないのなら、出ていけ!」と父親は怒鳴り、私を勘当しました。奇跡の話やサイババの教えを話した私から、友人たちは離れていきました。恋人には完全にふられました。就職した会社がブラック企業で、顧客とのトラブルに巻き込まれ信用とお金と健康を失いました。会社役員だったヤクザと戦い、難病とも闘いました。

失ったものは多かったですが、得たものもたくさんありました。新天地の長野の地で得た本物のサイババのダルシャン、霊的人格的に高尚な方々との出会いと交流、霊性と世俗のバランスのとり方、ヴェーダやマントラやバジャンやプージャやナマスマラナムやカルマ・ヨガなどによって得られる至福と幸せ、清らかで神聖さに満ちた大自然での生活、酷く悪どい人でも神のような深い愛を持っていたことを知ったこと、いろんなものを失った時に神様がより近くに感じられたことなど。八方ふさがりや絶望や失意のどん底の時でさえも、常に内在の神と話をしていました。自分のとった行動は間違ってなかったか、誰かを傷つけていなかったか、これから私がしなければならないことは何だろうと自問自答していました。ババだったらこんな時にどういう行動をとっていただろうかと考えました。最悪な状況であっても、私を取り巻く人々に神性が浸透していくようにと、ただそれだけを神様に祈っていました。もし苦痛を感じるのであれば、それは私の痛みではなく、あなたの痛みなのですよと、ずっと神様に訴えてきました。神は自分の愛する者が涙を流していると時に、放っておくことは絶対にしませんでした。

こうして何年も時間と空間渡り歩いてきて、ようやくサイババの教えを理解しました。慈悲溢れる優しい恩寵も、心身が壊れるくらい厳しい洗礼も、すべて神様の恩寵で愛そのものです。潜在意識の中で、神様の恩寵の価値と意義を自覚しました。ババが教えてくれた『宇宙は充満している』は『神は愛というかたちで宇宙に充満しています、それを感じ実践しなさい。』ということだったのです。

『大宇宙には神が浸透しています。しかしそれを認識できるのは、ハートが愛で満ちた者のみです。心が憎悪でいっぱいの人の見る世界は、憎しみだらけです。ハートに愛が培われる時,善と悪との二元を超越し神と一体となる歓喜を体験することが出来るのです。サティヤ・サイババ』

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2009年11月23日・サティア・サイババ84歳降誕祭の夜に、ババは夢に出て来てくれました。ババがなんと、当時参加していたシヴァナンダヨガ・東京センターのバジャン・ブックに、サイババのバジャンも編集し印刷してくれて、私に手渡してくれている夢でした。私は目覚めてから涙が出ました。この夢は私が当時、数ヶ月間抱えていたある動揺に関しての答えでした。シヴァナンダヨガのセンターやアーシュラムでは、サイババの御名のバジャンを歌うことが許されていなかったからです。この夢の後、何気なくシヴァナンダヨガのバジャンブックを開くと、何とサイの御名があるバジャンがあったのです!

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2011年1月から茨城県つくば市で市内在住のサイババの帰依者と共に、サイババのバジャン会を始めました。バジャンは大好きだったのですが、サイババのバジャン会は厳格で細かい決まりもあるので、最初はあまり乗り気ではありませんでした。それでも、以前勤めていた会社の上司の奥様がかなり有名な古くからのサイババの帰依者で、人格的にも素晴らしい方でしたので一緒に始めることしました。

サイババのバジャン会となると、祭壇だの、お写真だの、蝋燭台やお香台やアールティの燭台やバジャンブックだの、さまざまな必要なものがあることに気付きました。幸い、大きなサイババやラーマ神やクリシュナ神や女神様の御写真や仏具など持ち合わせていたので、公共施設をお借りして開催しました。そして、プラサード(神様の御下がり)や、サイババの御言葉、準備や清掃など、参加者が手分けして協力してくださいましたので、スムーズに開催することができたのです。あるバジャン会では、海外でサイババのバルヴィカス(子供たちの道徳霊性教育)を海外で教えている日本人のサイババの帰依者の家族が参加してくださったり、サイ大学の出身で当時日本のつくば市の研究所で仕事をされているインド人のサイババの帰依者が参加してくださいました。普段、決して得られない、サイババの情報や、バジャンの上達方法などもシェアして頂き、喜びと幸せに浸ることができました。

それでも問題が1つありました。それは、参加者が少ないことでした。多いときでも10人弱、少ないと4,5人ということもざらでした。私はヨガのインストラクターをしているので、バジャンに興味ある生徒さんにお誘いもしました。ヨガの生徒さんは毎回欠かさず最後まで参加してくれていたのですが、私が無理やり参加させているのではないかと悩みました。そして、一向に参加者が増えない茨城のサイバジャン会を続けることに意味があるのかと、感じるようになったのです。世話人がこんなふうに思っていることは、間違っても参加者や帰依者の方々には言えませんでした。ですので、サイババにいつもお祈りしていたのです。

「スワミ、私が茨城で、サイババのバジャン会を行うことは、意味あるのでしょうか?あまりにも参加者が少なすぎます。環境を浄化したりすることの役にたっているのでしょうか?」

祈り続けていたある晩、スワミが夢に出てきました。日本式の古い家屋がバジャン会の会場でした。その家屋の縁側の真ん中でスワミが座っていました。スワミが座っている縁側の前の庭で、私がバジャンに訪れる参加者にいろいろ説明し中に案内している夢でした。そんな私の忙しく慌ただしい様子を、ババはジーッと無言で見ている夢でした。
 私はその夢でスワミから教えて頂きました。この茨城県のサイバジャン会はサイババご自身が主宰していたのです。

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ラリータムビカ / 後閑千鶴子 (Lalitambika Chizuko,Sivananda Yoga Teacher)
愛と優しさをいっぱいありがとうございます!