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序章 救急病棟の夜(後)

 部屋は先ほども書いたように大部屋、病棟の一番端に位置しているようでとにかく静かだ。一般病棟のような活気もなく、とにかく静まりかえっている。そんな中若いスタッフが喋っている声ばかりが響いてくるが、言葉遣いが悪くて正直不快だった。救急病棟のスタッフは一般病棟とは明らかに違いどこかしらで「世話してやってるぞ」という態度が伝わってくる。そんなわけで居心地は全く良くはない。

 おそらくは「ゆとり」の世代である若いスタッフの話し声と、近くの病室から聞こえてくる呻きや叫びの声、救急病棟はそんな音で溢れかえっている。さらに時おり人の咳払いのような音だの、靴音みたいな得体の知れない不気味な音も聞こえてきて不気味さは倍増。よく考えてみると病院の病棟なんてものは怪談にせよなんにせよその手のロケーションとしては良く利用される。

 ただ怖がっているのも困りものなので聞こえてくる不気味な音はなんなのか、人の足音のような音も実は違うのではないかとあれこれ考えながら冷静になることにした。当たり前だがこの日の夜もまた長かった。またラジオも聞けなかったのであまりに静かで不気味な夜を過ごすこととなる。

 翌日はもしかしたら一般病棟へ戻れるのではないかという期待を胸にしていたがそれも敢なく期待はずれになる。救急病棟のスタッフは今ひとつホスピタリティに欠けて事務的に処理されているような気分になっていた。

 夕方ごろ妻が色々と足りないものを持ってきてくれてこれでスマホを我慢する必要はなくなった。その時のバッテリー残量は僅か3%しかなかった。面会時間15分で妻が帰っていくと入れ替わりに新しい患者が入り、これまで一人での快適大部屋生活はここで終了。

 この日の晩は思い切りラジオも聴けて同じ眠れない夜でもまだ快適に過ごすことができたと思う。しかしこの頃から便秘で腹が張りそっちが苦しくなっていた。どうせなら新しい患者が来る前に便器を持ってきてもらえればよかったなと、どうしても羞恥心が先に出てしまう。

 翌朝、手術後三日目。便秘で腹は張って地獄のような時間を過ごすことになってしまった。朝方までいた偉そうな若い男の看護師からごく普通の女性の看護師に担当が変わっていたのだが、この看護師がとにかくよく気がつき親切だった。悪い意味での朝倉いずみなら数人いたが、こんな人もいるんだなと思った。この日病棟に移動が決定していたので最後までこの看護師の世話になったが、最後の最後にいろいろと気のつく人に世話になってよかった。そうでなければ救急病棟は本当に地獄のような場所になっていたはずだ■

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