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善の米国、悪の中国、醜いヨーロッパ:米国の経済成長は向こう18ヶ月に挑戦と試練の時を迎える

 2025年の年頭、ムハマド・エル=エリアン博士を迎えて行われたウォーカー・アンド・ダンロップ社のCEOがホストするポッドキャストの内容を紹介します。ムハマド・エル=エリアン博士は、現在、ケンブリッジ大学のクイーンズ・カレッジの学長を務め、ブルームバーグ・オピニオンのコラムニストやフィナンシャル・タイムズの寄稿編集者としても活動しています。また、2007年から2014年にかけてPIMCOでCEO兼共同最高投資責任者を務め、グローバルな金融市場や経済政策の専門家として高い評価を得ています。その分かりやすく洞察に満ちたマクロ経済分析は、投資家や政策決定者から広く信頼され、世界経済の複雑な動向を明快に解説する力に定評があります。

このポッドキャストでは、以下に示すような幅広いテーマを対象として、同氏の考えが紹介されています。幾分長文ですが、ご参考ください。


  • 米国経済、ノーランディングの行方と持続性

  • FRBが示す表向きのインフレ目標とその目論見

  • 2025年の10年債利回りは、4.75%~5%の範囲で収まる

  • GDPに影響を与える3つの不確定要素:関税、不法移民送還、財政政策

  • 市場への影響は、関税政策が先行し、追って規制緩和が優勢となる

  • 米国の将来成長は、これからの18ヶ月間にかかっている

  • AIへの過剰投資は必要なプロセス。通過儀礼のようなもの。

  • エネルギー分野における圧倒的な米国の支配力とそのグローバル・リスク

  • K字経済の低所得層が懸念。持ちこたえている驚きの米国消費

  • 善の米国、悪の中国、醜いヨーロッパ

  • 大きすぎて失敗できない米国市場。米国が勝ち続けても解決しないリスク

  • 基軸通貨としてのドルの地位と代替手段への分散化

  • バーベル型投資の3つの重要要素:回復力、俊敏性、選択肢の柔軟さ


 尚、ポッドキャストのホストを務めるウィリー・ウォーカー氏は、ウォーカー・アンド・ダンロップ社(Walker & Dunlop:WD)の会長兼CEO。1937年に設立され、メリーランド州ベセスダに本社を置くウォーカー・アンド・ダンロップ社は、その子会社を通じて、米国の不動産所有者および開発者向けに、集合住宅およびその他の商業用不動産向け融資商品およびサービスの組成、販売、サービス提供を行っている米国大手の商業用不動産金融およびアドバイザリーサービス企業です。







1. インタビュー&ディスカッション


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 
ウィリー・ウォーカーがお届けするウォーカー・ウェブキャストにご参加いただきありがとうございます。
 本日は、私の友人であるムハマド・エル=エリアン博士をお招きでき、大変光栄に思っています。 


 ムハマド博士は昨夏、ウォーカー・サマー・カンファレンスのためにサンバレーを訪れて頂いた際に行ったインタビューをウェブキャストで公開しましたが、それから半年が経ち、多くのことが変化した今、あらためてムハマド博士をお迎えできることを嬉しく思います。
 ムハマド博士の経歴を簡単に紹介させてください。
もちろん改めてご紹介するまでもない方ですが、今日の質問に対する視点を皆さんにお伝えするためにお話しします。
 
 ムハマド・エル=エリアン博士は、ケンブリッジ大学のクイーンズ・カレッジの学長を務めておられます。また、アリアンツのチーフ・エコノミック・アドバイザーを務めており、同社の子会社であるPIMCOでは2007年から2014年にかけてCEO兼共同最高投資責任者を務められました。
 現在は、グラマシー・ファンド・マネジメントの会長、ブルームバーグ・オピニオンのコラムニスト、フィナンシャル・タイムズの寄稿編集者でもあります。さらに、ウォートン校の教授やローダー研究所のシニア・グローバル・フェローとしても活動されています。また博士は、いくつかの企業の取締役やアドバイザリー委員会、非営利団体の理事会にも関わっています。
 PIMCOに所属する前は、シティグループのロンドンにあるソロモン・スミス・バーニーでマネージングディレクターを務められていました。それ以前には、ワシントンD.C.にある国際通貨基金(IMF)で15年間勤務され、副局長を務めた後、民間セクターに移られました。また、ハーバード・マネジメント・カンパニーのCEO兼社長として2年間勤務された経験もお持ちです。
 学歴はケンブリッジ大学で学士号を取得され、オックスフォード大学で修士号と博士号を取得されています。
 
 さて、ムハマド博士、2年前のことを振り返ると、CNBCに出演された際に、こうおっしゃっていました。景気後退の確率が100%だという立場ではないが、その確率が不快なほど高いという立場にはいる、と。そして、ソフトランディングの確率は極めて低い、ともおっしゃっていました。それから2年が経ちましたが、不快なほど高い確率の景気後退は起きず、むしろ極めて低いとされたソフトランディングが実現したように思えます。
 半年前にお会いした際には、確率分布についての素晴らしい図を共有していただきました。その中で、景気後退の確率を35%、ソフトランディングの確率を50%、さらにそれを上回る好結果の確率を15%と設定されていました。この分布に基づく現在の見解をお聞かせいただけますか?景気後退、ソフトランディング、あるいはそれ以上の可能性について、現時点でどのようにお考えでしょうか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 お招きいただき、ありがとうございます。
 つまり、良いニュースとしては、不況になる確率が35%という予測は現実のものとはならず、より良いことが起こる確率が65%という予測が現実のものとなったということです。さらに興味深いのは、ソフトランディングどころか、いわゆるノーランディングの状況になっていることです。成長は依然として力強く、インフレは粘り強く続いています。2%のインフレ目標にはまだ戻れていません。実際、FRBもインフレの動向に再び困惑していることを認めています。
 私たちは現在、ノーランディングというシナリオの中にいます。成長は依然として力強く、これまでの大幅な金利引き上げにもかかわらず、反応を示していません。一方でインフレは下げ止まり、市場ではFRBの利下げ見通しが修正されました。今年の利下げは1回から2回程度にとどまるとの見方があり、場合によってはそれより少ない可能性もあります。このように、経済的例外主義の世界にいます。これは、ヨーロッパや他の国々と比較して、米国が非常に良いパフォーマンスを続け、予想を上回り続けているためです。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 いくつかのポイントについて、もう少し掘り下げてお話しします。インフレが粘り強く続いているという話ですが、最近ではインフレ率が下がってきています。以前お話を伺った際に、インフレ率はだいたい2.5%から3%の間に収まり、その範囲をFRBもある程度容認するだろうということでした。
 その中で、私やウォーカー・アンド・ダンロップ、そして私たちのクライアントにとって特に重要なのが住居に関するインフレです。2024年から2025年にかけて、一戸建て住宅や集合住宅の供給過剰の影響で価格が下がり始めています。家賃のインフレ、つまり家賃そのものも下がり、一戸建て住宅の価格も下落しています。CPI(消費者物価指数)に占める住居の割合を考えると、このトレンドが続けば、先ほどおっしゃった2.5%から3%という目標範囲を下回ることになるのではないでしょうか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 そうなることを期待したいところですが、現実的には難しいと思います。そして、多くのエコノミストがそのことを認識しつつあります。一歩引いて考えると、大きな期待は、サービス分野のインフレや住宅分野のインフレが緩やかになり、モノに関しては完全にデフレの状態になるというものでした。そして、モノの価格が逆転し再び上昇に転じる頃には、インフレ率が2%に達するだろうという予想でした。しかし実際には、特にサービス分野のインフレが非常に粘り強く、サービス業の指標も引き続き非常に強い状態を示しています。そのため、サービス分野からの十分なデフレ効果が得られる前に、モノの分野がそれ以上の緩和的な役割を果たさなくなる、というのが現状の課題です。
 ただ、この問題については少し違う視点もあります。以前もお話ししましたが、仮に今日新たなインフレ目標を設定するならば、2%という目標は選ばないでしょう。構造的に考えれば、2.5%から3%という高めの目標が妥当です。この範囲であれば、安定しており、インフレ期待も大きく変動することはありません。ただし、問題はFRBが長らく目標を達成できていないため、公式にインフレ目標を引き上げることが難しいという点にあります。
 理想的には、FRBが目標をそのうち達成する、としながら、目標到達の時期を少しずつ先送りしていくことです。そして、やや高めのインフレ率を容認するという姿勢を取るべきだと思います。なぜなら、それ以外の選択肢、つまり金利をさらに引き上げるという選択肢は、経済にとって非常に悪いニュースとなるためです。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 次に、金利の引き上げについての話ですが、JPモルガンから面白いデータが出ています。マイケル・センバレスト氏という優れたエコノミストが、年末に出した「The Alchemist」という分析レポートの中で、最初の利下げから65日後の10年物国債利回りについて調査していました。その中で、7つの例を分析したところ、5つのケースでは最初の利下げから65日後に10年物国債利回りが40から60ベーシスポイント低下していました。一方で、1998年には逆に10ベーシスポイント上昇したケースもあったそうです。
 しかし今回のケースでは、90ベーシスポイントも上昇しています。これは過去のパターンから大きく外れており、いわば異例中の異例です。ムハンマドさん、この利下げ後の10年物国債の動きが、なぜこうした逆向きの反応をしているのかについてお話しいただけますか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 まず、この状況の背景には初期条件が関係しています。今回の状況は通常の状態から始まったわけではありませんでした。FRBが大量の国債を購入し、金利が人為的に低く抑えられていた状態から始まりました。さらに、FRBが利上げのタイミングを遅らせたために、その後急激に利上げを行わざるを得なくなりました。この間、量的緩和(QE)から量的引き締め(QT)への移行も行われました。QEでは国債を購入して利回りを抑える効果がありましたが、QTではバランスシートを縮小するため、その逆の効果が生じます。こうした初期条件が、これまでの状況と大きく異なるという点がまず挙げられます。
 次に、経済そのものが非常に強いという点も重要です。経済は金利の引き上げにほとんど影響を受けていません。一部のセクター、例えば御社のような業界(リアルエステート)は影響を受けていますが、それ以外の多くのセクターは非常に好調です。その理由の1つは、企業が利上げに先んじて多くの資金を事前調達していたため、金利上昇の影響がそれほど大きくなかったことです。
 さらに3つ目の課題は、インフレのダイナミクスと、それに対するFRBの理解が不十分であることに関係しています。この結果として、非常に特異な状況が生まれています。例えば、10年債利回りが上昇しています。今年について言えば、10年債利回りが4.75%から5%の範囲で推移するのではないかと予想されます。これは非常に高い水準であり、通常は利下げサイクルにおいて10年債利回りが下がるのに対し、今回は上昇している点で異例と言えます。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 金利が4.5%から5%の範囲で推移すると仮定した場合、この金利水準の成長鈍化への影響についてどう考えていますか?株式市場のPERの動向や、今後触れる予定の話題とも関連しますが、GDP成長率にどのように影響を与えるのか気になります。2025年のGDP成長率は、まだ2.5%から3%を見込んでいらっしゃいますか?それとも別の見通しをお持ちですか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 成長率は以前とほぼ同じですが、わずかに低下している状況です。また、インフレについても同様の状態にあります。ただし、大きな不確実性があります。それは、トランプ政権の発足に伴い、次の3つの分野で政策の方向性が示されていることです。1つ目は関税、2つ目は労働力の問題に関わる不法移民の送還、そして2つ目は財政政策です。これらの要素がどう展開するかによっては、特にインフレに大きな影響を与える可能性があります。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 新しい政権が誕生した際に生じる2つの影響についてお話しします。1つは、規制緩和や経済成長が促進される可能性です。一方で、労働市場の混乱や関税による影響が懸念されています。この2つがどのように作用するかで、経済全体に大きな影響を与えるでしょう。これまでに次期政権から示された方針や動きを見聞きして、規制緩和と成長が経済を刺激する可能性のほうが大きいとお考えですか?それとも、関税や労働市場の混乱が経済を押し下げ、結果的にマイナスの影響が強まると見ていますか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 私はこれを競争のようなものだと考えています。もし誰かから、この競争で勝つのか?と質問されたら、最終的には規制緩和や自由化、それによる生産性や成長への影響が勝利すると答えます。400メートル走に例えるなら、最終的にゴールにたどり着くのは規制緩和の側だと確信しています。ただし、最初の100メートル、場合によっては200メートルでは、関税の影響によって別の側がリードする可能性があります。これは時間的不一致の問題でもあります。というのも、現実経済においてトランプ大統領が目指すすべての政策を即座に実行することはできませんが、関税については比較的迅速に動けるからです。
 おそらく関税に関する発表はかなり早く行われるでしょう。そして、ここからは私の推測になりますが、最終的に関税は特に中国にとって厄介な問題になると考えています。一方で、ヨーロッパやメキシコ、カナダへの影響は比較的小さいかもしれません。最終的には、多くの国が大規模な関税ショックを回避するために、トランプ政権に対して何らかの譲歩を申し出るのではないかと思います。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 規制緩和について少し掘り下げてお話ししたいと思います。アメリカン・アクション・フォーラムが4月に行った興味深い分析があります。ダグ・イーケン氏が、各政権による最終的な規制ルールのコストを比較したデータをまとめています。それによると、オバマ政権下での最終規則の総コストは1.1兆ドル、トランプ政権では250億ドル、バイデン政権では1.38兆ドルでした。バイデン政権は、規制コストにおいてオバマ政権の水準をさらに引き上げた形です。
 これらの規制がもたらす影響を実感するには、ペーパーワークの作業時間という視点も重要です。同じアメリカン・アクション・フォーラムの分析では、オバマ政権時代に追加されたペーパーワークの時間は2億4千万時間、トランプ政権時代は6千万時間、バイデン政権時代は2億6千万時間とされています。たとえば昨日、私はSEC(証券取引委員会)の年次アンケートに回答しましたが、その質問項目は30ページにもわたりました。こういった書類作業が、どれほど大きな負担になるか想像に難くありません。
 これらのデータを踏まえると、トランプ政権時代のような規制負担の軽減が実現すれば、市場全体にとって非常に大きなプラスになるのではないでしょうか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 市場はそう反応するでしょう。ただ政府だけではなく、FRBにも変化が見られます。市場では、この変化が銀行業界をさらに活性化させると期待しているようです。そのため、市場は成長への大きな影響を織り込んでいる状況です。
 また、以前にもお話ししたように、テクノロジーやライフサイエンスの分野での変革が進んでいます。さらに、防衛や医療分野では強制的な変化が見られ、それらは大きな生産性向上の効果をもたらす傾向があります。ここからの18か月間をうまく乗り切ることができれば、その先には生産性が向上し、成長が促進される未来が待っていると思います。ただ、その18か月をいかにうまく乗り切るかが重要です。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 あなたが以前TEDxのスピーチで、2013年に話されていた、変化についての内容を拝見しました。その中で金融サービス分野において、なぜ変化が必要なのかを理解するよりも、何をするのかを理解することが大事だという話をされていました。特に組織がその変化に備えるために何をすべきかについて述べられていました。
 ここで少しお聞きしたいのですが、これまで多くの大規模な組織を率いて、変化する市場や新たなテクノロジーの登場に対応してきた経験から見て、現在のテクノロジーによる変化は、インターネットの登場や2010年代初頭の金融サービス市場の変化と比べて全く異なるものでしょうか。今日の企業は、これまでのように徐々に進化しながら変化に対応するのではなく、すべての業務を一旦止めて、従来のやり方を大幅に変えなければならないという状況に直面しているとお考えですか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 重要なのは、「どうやって(How)」という言葉ですよね。それが多くの場合、やることそのもの(What)だけでなく、どうやってやるかに影響を与えます。特に人工知能については、教育や医療の分野でその影響を感じています。私たちは、物事の進め方において、これから大きな変化の始まりに立っていると考えています。
 私がよく人に尋ねる質問があります。それは、『これをどう考えるべきですか?』という問いを受けたときに、『もし自分が生まれながらのAIネイティブ企業だったら、どう違っていただろう?』と自問してみてくださいというものです。この問いをもとに想像を膨らませることで、新しい視点を得ることができます。完全なAIネイティブになることは簡単ではありませんし、非常に時間がかかりますが、それでも今抱えているレガシーの問題がない状態を想像してみることが大切です。その観点から世界を見ると、非常に異なるものが見えてきます。
 この変革は決して過大評価されているとは思いません。むしろ、リーダーと後れを取る者の双方を生み出すような、根本的な変化をもたらすと思います。今後5年から10年で、風景そのものがまったく異なるものになるでしょう。これは、企業だけではなく、個人や政府にとっても、そしてそれぞれの反応の仕方にとっても、構造的な変化の時期だと信じています。
 私はよく80対20の法則について話します。80%は良い面で、20%は悪い面です。どちらか一方に流されるべきではなく、この80%と20%の両方を受け入れることが大事です。そして、『どうやって80%を最大限に引き出すか』『どうやって20%を抑制するか』を考えてみてください。悪い方の20%は場合によっては非常に深刻になる可能性がありますから。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 80対20の件に戻りたいところですが、欧州と米国の話に戻る前に、AIについてもう1つお話ししておきたいことがあります。特に興味深いと感じているのは、米国とEUのAIへのアプローチの違いについてです。米国は「80%の利点」に焦点を当てているのに対し、EUは「20%のリスク」に全力で取り組んでいる、という点です。この違いは、それぞれの投資とその成果にも反映されているようです。この点については、後ほど欧米の特異性について話を戻しますが、AIに関連して多くの人々が懸念しているのが、データセンターやハイパースケーラーへの設備投資額の大きさです。
 JPモルガンのレポートでは、現在のハイパースケーラーの設備投資額をもってすれば、12,000台分のChatGPTを動かせるだけの容量があると分析されています。そして、この話は2000年代初頭の(光ファイバーケーブル・メーカーである)Corning社(GLW)の事例とも比較されています。当時、ブロードバンドや光ファイバーへの大規模な投資が行われたものの、結果的には需要が供給に追いつかず、Corning社の収益がピークを迎えた2000年以降、実質的にその水準に戻っていないという例が挙げられす。現在のAI分野における過剰な容量確保について、過剰投資のリスクがあるとお考えですか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 このような過剰反応も、このプロセスの一部であり、むしろこのプロセスが大きな推進力となる理由でもあります。過去を振り返ってみると、光ファイバーやファイナンスの証券化、蒸気機関などでも同じことが起こりました。あるイノベーションが製造障壁や利用障壁を下げると認識された瞬間、過剰消費や過剰生産が始まるのです。それがイノベーションのサイクルの一部です。ある活動の参入障壁が突然下がると、人々は一斉にそこに飛び込みます。そして、その結果として過剰な購入や生産が起こり、その後の段階でシステムがその過剰を整理し、振り落とすプロセスを迎えます。
 私は、これを経る方が、今のヨーロッパの状況、つまりほとんど動きのない状態よりもずっと良いと思います。コストとベネフィットを考えれば、このプロセスを通過する方がはるかに価値があります。
 これまでにも話してきたように、このAI革命の推進要因は何かというと、まず1つ目はデータです。大量のデータが活用されています。2つ目は専門知識、3つ目はエネルギー、そして4つ目が計算能力です。この4つが、この変革を可能にしている要素です。
 もちろん、過剰な部分が出てくるのは避けられません。しかし最終的には、ヨーロッパや中国よりもはるかに良い立場に立つことになるでしょう。これは重要なことです。この変化は本質的に転換をもたらすものだからです。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 エネルギーについての話題ですが、WTI原油価格が昨日74.22ドルで取引を終えました。これは過去3か月間で最も高い水準です。しかし、ここで興味深いのは、新政権が「Drill, baby, drill」(掘って掘って、掘りまくれ)をスローガンに掲げて選出されたことです。市場は基本的に未来を見据えて動くものとされています。それにもかかわらず、新政権が今後4年間で石油や天然ガス、その他の派生製品の生産を拡大しようとしている中で、WTI原油価格が現在74ドルという水準にあるのはどうしてでしょうか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 理由として挙げられるのは、まずOPECプラスが供給をコントロールしていることです。特にサウジアラビアは、価格を守るために生産能力を大幅に下回る水準で生産しています。ただ、それだけではなく、地政学的な要因も関わっています。市場にいる立場からすると、たとえそれが低くても、ある程度の確率で起こりうる影響の大きなシナリオを価格に織り込む必要があります。
 例えば、イランは航空防衛力が非常に限られており、イスラエルがイランの核施設を攻撃する誘惑に駆られる可能性があります。その場合、イランがホルムズ海峡を封鎖するという反応を示す可能性もゼロではありません。もしそうなれば、次には原油価格が1バレル100ドルや150ドルになる事態が考えられます。これが高い確率で起こるかというと、そうではありません。しかし、もし起これば非常に大きな影響を及ぼします。このように、エネルギー市場には地政学的なリスクという「雲」がかかっており、需要側だけでは説明できない高い価格を生むことになります。
 実際、需要側は今それほど強くありません。その理由は、中国やヨーロッパの状況が影響しているからです。しかし、OPECプラスの生産調整とこの地政学的リスクを考え合わせれば、原油価格が1バレル70ドル台になっているのも不思議ではありません。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 あなたが海峡閉鎖の可能性について指摘されたのは興味深いです。私はてっきり、もしイスラエルがイランに侵攻した場合、イランの石油生産が停止するかもしれない、という話になるかと思いました。しかし、それは一日当たりわずか200万バレル程度の話であり、世界の価格を大きく動かす要因ではありません。ただ、あなたのご指摘の通り、もし何らかの形で石油の貿易を妨害するような事態が起きれば、それはイランの生産停止を超えた広範な影響を及ぼすことになりますね。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 海峡を封鎖するのは、それほど難しくないですよね? 過去にはよく議論されていたことを思い出しますが、米国例外主義という素晴らしい盾が、非常に混沌とした地政学的な問題から私たちを守ってくれたおかげで、その話題を忘れ去ってしまった気がします。今年の夏にあなたと話したときと比べると、ロシアはウクライナとの戦争で優勢を握っています。そして中東の紛争は続いているだけでなく、レバノン、イラン、イエメンにも拡大しています。シリアで起きたことを見ても、あの地域の国々がいかに脆弱であるかがわかります。つまり、地政学的な状況は、私たちが最後に話したときよりもさらに混沌としてきました。それでも、この米国例外主義という盾のおかげで、市場や経済はこの混乱から守られてきたのです。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 エネルギーに関する米国の特異性について話を移す前に、もう1つお聞きしたいことがあります。以前、「善、悪、醜い」という表現で、善が米国、悪が中国、醜いがヨーロッパだとおっしゃっていましたが、それについては後ほど触れるとして、エネルギーに関連して興味深い点があります。
 米国の石油生産が劇的に増加した今、トランプ政権が掲げた「Drill, baby, drill」政策では、これ以上大きな増産が期待できないのではないかという議論があります。
 具体的な数字を挙げると、2000年から2010年までの間、米国では原油、天然ガス、天然ガス液の生産が月間およそ3兆BTU(British thermal unit:英国熱量単位)でした。その後、2014年から2018年の間に月間5兆BTUに増加し、2024年には月間7兆BTUに達すると見込まれています。そして、現在バイデン政権は、大西洋および太平洋での掘削を禁止する大統領令を署名する予定だと言われています(訳注:2025年1月6日、バイデン政権が声明発表済み)。この命令は、1953年の領海外大陸棚協定(Outer Continental Shelf Agreement)に基づいたものであり、トランプ政権が後から覆すのは非常に難しいとされています。
 こうした動きが現在の状況に影響を与えているとお考えでしょうか。それとも、大西洋や太平洋での掘削禁止は、トランプ政権の「Drill」テーマと比較して、それほど大きな問題ではなく、むしろ国際的な地政学的問題がより重要な要因と見ていますか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 米国の問題というより、むしろグローバルな問題が大きいと思います。それにしても、米国が今や主要な生産国であるだけでなく、ロシアに代わってヨーロッパへのLNG輸出を担うようになったことは本当に驚きです。ヨーロッパがロシアからの供給を失った分を、米国のLNGに依存している現状は目を見張るものがあります。エネルギー分野における米国を考えると、その支配力は圧倒的であり、今後もさらに強まるだろうと予測しています。
 ただし、OPECプラスの産油国が存在していることや市場が「テールリスク」をある程度織り込む必要があるという点も忘れてはいけません。テールリスクを完全に無視することはできませんから。それが現在の状況だと考えています。
 私にとってエネルギー市場で最も興味深いのは需要側です。もしヨーロッパや中国の経済の弱さが予測されていたとしたら、もっと低い原油価格が予想されたはずです。しかし実際には、原油価格は現在の水準を維持しています。これもまた供給側の影響によるものだと感じています。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 この夏、米国の消費者についてお話しされましたね。その際、確か「K」という表現を使って懸念を示していらっしゃいました。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 K字経済のことですね。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 そうです。K字経済とは、下層が落ち込み、上層がさらに上昇する状況のことです。平均値としては成り立つように見えても、実際には高所得層が経済を引っ張る一方で、低所得層が苦境に立たされることで、全体の数字が歪められているという現象です。この懸念は、信用市場の弱さや消費者需要の減少に基づいていました。それから6か月経ちましたが、このK字経済について、依然として懸念を抱いていらっしゃいますか。それとも、低所得層が予想以上に持ちこたえたとお考えでしょうか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 低所得層の家計は、借金やクレジットカードの利用額、そして貯蓄の水準を見ると、非常に厳しい状況にあることが分かります。この状況は選挙結果にも表れており、多くの人が米国の特別感を実感できていないのが現状です。感じているのは、インフレの影響やパンデミック時の貯蓄の枯渇、そして経済的不安定さです。これが選挙で大きなテーマとなりました。
 ただ、意外なことに、こうした問題が所得分布の上位層には波及していないことには驚いています。この課題は依然として最も低い所得層に集中しており、その点では救いです。そのため、低所得層の状況を非常に懸念しつつも、平均値には大きな影響を与えていないという状況です。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 非常に興味深いです。ここで、ヨーロッパ、米国、中国について話しましょう。2013年のTEDxトークやその時期に行われた別のインタビューを拝見しました。当時、中国経済が日本を超えるほど強くなってきた一方で、米国では失業率や景気刺激策の効果が出ないことへの不満が語られていましたね。また、ヨーロッパでは、特にギリシャのような国家破綻の可能性が取り沙汰されていました。当時はヨーロッパの主権国家が債務不履行に陥るなんて、ほとんど考えられないことでした。
 それから13年経った今、米国の特異性が際立っています。先ほども触れた通り、「善」が米国、「悪」が中国、「醜い」がヨーロッパです。ここでは米国の特異性について多く議論してきましたが、中国が「悪い」とされる理由、そしてヨーロッパが「醜い」とされる理由について教えていただけますか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 ヨーロッパの状況は厳しいと言えます。ヨーロッパは自国への投資をやめ、生産性の向上や将来の成長エンジンへの注力が見られません。その結果、低成長の均衡状態に陥ってしまっています。このような状態に陥ると、問題が発生する可能性が非常に高くなります。例えば、フランスが政府としての実質的な統治機能を失ったことが挙げられます。その結果として、フランスの国債リスクがギリシャと同じ水準で評価されるという事態に直面しました。これは以前では考えられなかったことです。
 ヨーロッパは本来、ドイツやフランスといった中核が強固で、周辺国が弱いという構図であるはずです。しかし、今では中核であるはずのフランスが、周辺国であるギリシャと同じように扱われています。このことは、成長がないとショックを吸収する力がなくなり、その結果、政治的、地政学的、社会的、そして経済的なショックが次々と発生するという現実を物語っています。
 現在、ヨーロッパは低成長の均衡状態にあり、さらにリーダーシップを失っています。ドイツは選挙を控え、フランスは実質的に適切に統治できる政府を欠いている状態です。この2国はヨーロッパで最大の経済規模を持つ国でありながら、このような状況にあります。ヨーロッパが早急に立て直しを図らなければ、さらに遅れを取ることになり、その結果、ますます内向きになってしまうのではないかと懸念しています。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 JPモルガンの調査レポートによると、労働生産性について興味深いデータが示されています。2017年時点で、ヨーロッパと米国の労働生産性を同じ100とした場合、その後の7年間、2024年までの間に米国の労働生産性は118まで上昇しています。一方で、ヨーロッパはわずか103までしか上昇していません。両者ともに同じ100からスタートしていたことを考えると、この違いは非常に際立っています。このレポートを見ても、米国の労働生産性は右肩上がりで急上昇しているのに対し、ヨーロッパは2017年当時とほとんど変わらず横ばいの状態です。労働生産性の観点から見た米国とヨーロッパの違いは非常に顕著だと言えます。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 米国が未来の生産性や成長のためのエンジンに投資を進める一方で、ヨーロッパが過去のエンジンにとどまってしまう状況を想像してください。この差はどんどん広がっていくでしょう。皮肉なことに、ヨーロッパは何をすべきか分かっているのです。欧州中央銀行の総裁やイタリアの首相を務めたマリオ・ドラギ氏は、非常に評価の高い人物ですが、ヨーロッパの競争力がなぜ低下しているのか、そして何をすべきかについて優れた報告書を作成しています。この問題の原因は、技術的な課題ではなく、政治的な実行力の欠如が原因になっており、リーダーシップの問題とも言えます。ヨーロッパの政治が改善しない限り、必要な施策の実行は進まないでしょう。
 これに対し、中国の状況は非常に対照的です。中国は何をすべきかを理解しており、過去には軌道修正をうまく行ってきました。中国は20年先の目標を設定し、最初の2~3歩で必要なことを実行し、その過程で自らの経験や他国の経験から学びながら軌道を修正してきました。しかし、この5年間でその軌道修正がほとんど見られなくなっています。中国経済の運営方法に何かが変わったのです。
 現在、中国は非常に難しい状況に直面しています。一方では、古いエンジン、つまりすでに疲弊しオイル漏れを起こしているようなエンジンを再び動かして、5%の成長目標を達成しようという圧力をかけています。しかし、それを無理に動かすと大きな副作用や予期せぬ問題を引き起こす可能性があります。他方では、そのエンジンを完全に作り直す必要があり、そのためには短期的な成長を犠牲にしなければなりません。この2つの間で板挟みになり、結局どちらも進められない状態に陥っています。そのため、「中国への投資は可能なのか、それとも不可能なのか」という議論が投資家の間で頻繁に行われるようになっています。これらは、地政学的な要因を考慮する前の段階の話に過ぎません。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 そのことは、関税の引き上げ以前の話ですね。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 ええ。その通りです。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 米国経済の規模について、ヨーロッパと米国の違いを示す興味深いデータがあります。このレポートには2000年以降の米国IPO件数の200件と欧州IPO件数の50件を追跡したチャートがありました。結果として、米国IPO200件の累積時価総額は18兆ドルに達している一方、欧州IPO50件の累積時価総額は2兆ドルにも満たない状況です。この数字は、AIや将来の投資、企業価値について考える際の非常に重要なポイントになると思います。
 また、米国市場の支配力について触れると、2007年時点では米国市場が世界の時価総額の42%を占め、ヨーロッパは38%、日本は10%でした。しかし、2024年になると、米国は70%、ヨーロッパは16%、日本は7%という割合に変化しています。ヨーロッパは、2007年の38%から2024年には16%にまで下がってしまっています。
 ここで考えたいのは、米国市場が「大きすぎて失敗できない」状態になっているのではないか、という点です。あまりにも多くの資金や注目が米国に集中しすぎることで、成長の余地が失われる可能性があるのではないかという懸念です。これは、以前話に出た石油の問題に似ています。米国では石油生産量を大幅に増加させましたが、バイデン政権が大西洋や太平洋での掘削を規制する場合、さらなる生産の相対的な利益が減少する可能性があります。
 このような状況で、世界経済や成長を促進するためには、ヨーロッパや中国が再び軌道に乗る必要があるのでしょうか。それとも、今後10年間、米国が引き続き注目を集め、投資の中心地である状況が続いたとしても問題はないのでしょうか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 現在、米国は世界中から資本を吸い寄せています。それには納得の理由があり、米国では利益を上げやすいからであって、そのことはとても単純な事実です。このため、米国企業の資本価値は上昇を続ける一方で、他の国々は下がり続けています。これ自体は一見素晴らしいことのように思えますが、2つの重要な懸念があります。1つ目は集中の問題です。ご存じの通り、現在の状況は少数の企業が全体の多くを占めているという構図になっています。2つ目は、私たちが相互依存の世界に生きているという現実です。どれだけ米国が他国を引き離したとしても、いずれ「悪い環境」に取り囲まれることの影響を免れることはできません。自分の家の価値は、周囲の環境にも影響されるのです。そして、その周囲の環境が中国やヨーロッパの現状、さらには新興国への波及という形で問題を抱えているのが現実です。
 理想的なシナリオは、米国がこの位置を保ちながら、他の国々が時間をかけて米国に近づくことです。それが健全な世界経済であり、共通の課題に取り組む基盤となります。そして、これからの時代には多くの共通課題が待ち受けているでしょう。しかし、リスクとしては、米国がこの位置を維持している間に他国がさらに落ち込むことです。そうなれば、いずれ米国も巻き込まれて引きずり下ろされる可能性があります。今のところ、そこまでは至っていませんが、それがリスクです。
 米国にとって、特にヨーロッパや中国、さらにはいくつかの新興国が状況を改善することには大きな利害関係があります。かつて収束(コンバージェンス)という考え方がありました。これは、発展途上の国々が豊かな国々に近づいていくというものでした。しかし、現実には、分岐が起きています。分岐の陽のあたる側にいるのは良いことですが、いずれ周囲の環境、つまり、地域の状況を心配せざるを得ない時が来るでしょう。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 米国に注目が集まる中、人々がより多くのお金を稼ぐようになった結果、ドルを買う動きが加速しています。このことは、ドルの価値向上に大きく寄与し、さらに米国政府が債務を販売する能力にも良い影響を与えています。次に債務についてお話ししたいと思いますが、まずは通貨に関連する点について触れたいと思います。
 モハメッドさん、今年の夏におっしゃった「中国がドルを迂回する仕組みを構築している」という話がとても興味深かったです。中国の通貨が実際に購入されたいと思われるようなものではないことは明らかですし、ユーロも元も投資家が価値を保有したいと考える通貨としては認識されていません。しかし、中国は世界中にドルを回避するためのネットワークを整備しているという点で注目に値します。こうした中国の動きは、米国のドルが基軸通貨であり続けることにどれほどの脅威を与えると考えますか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 私たちが注目すべき重要な対比についてお話しします。他のどの国の通貨と比べても、ドルの優位性は圧倒的です。国際通貨としてのドルの役割に近づけるものはありません。しかし、金やビットコインといった非国家的な代替手段と比べると、ドルの強さが必ずしも際立つわけではありません。これは、ドルを中心に構築されたシステム、いわゆる、パイプが存在しており、そのシステムを置き換える意志や能力を持つ国がないからです。他の通貨と比較すれば、ドルは非常に優れています。ただし、近年、いくつかの国がドルシステムの外で運用できるのではないか、と考え始めています。この背景がビットコインへの関心の高まりや、各国の中央銀行がここ数年でこれまでにない規模で金を購入し、外貨準備に組み込んでいる理由です。これらは、ドルからの緩やかな分散化の動きの一部と言えます。
 そして、私が海外でよく受ける質問は、「ロシアはどうやったのですか? SWIFTから排除され、ドルシステムからも締め出されたとき、経済が崩壊するはずだと聞きました。でも、ロシア経済は順調に動いているように見えます。ドルを使わずにどうやって貿易を続けているのですか?」という質問です。実際のところ、少なくとも4つ以上のドル以外の通貨を利用し、非常に複雑で効率の悪いシステムが作られています。効率的ではありませんが、機能はしています。米国にとっての懸念は、この仕組みにさらに多くの国が加わる可能性があることです。現時点でドルを置き換えることはありませんが、時間をかけて脅威になる可能性はあります。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 ロシアについてのあなたの指摘は非常に興味深いですね。米国経済が約29兆ドル規模であるのに対し、ロシアの経済規模は約2兆ドルです。多くの人がロシアを超大国と考えているため、その経済がかつて米国と競争できる規模だったように思いがちですが、実際にはそうではありません。米国国内にはロシアの経済規模を超える州が3つもあるという事実も、広く理解されるべき点だと思います。
 また、ロシアがSWIFTシステムから締め出されたにもかかわらず、依然として貿易を続けられる状況は確かに重要な視点です。同時に、ロシアが世界規模でより大きな影響力を持っていると過大評価されがちだという点も考慮すべきです。
 次にビットコインについてですが、これは本当に興味深い話題です。あなたはこれまで多くの未来予測で非常に的確な見解を示してこられました。しかし、6年前、ビットコインが1コイン2万ドルから6千ドルに暴落したとき、CNBCで「2万ドルには戻らないだろう」と発言されました。それが現在では大幅に上回っています。
 その際、アンドリューさんから「どのタイミングで購入するのか」と尋ねられ、あなたは「5千ドルで買う」と答えたとのことです。「なぜ5千ドルなのか」という質問には、「直感だ」とおっしゃいました。
その後、実際にビットコインが5千ドルに下がったときに購入されたのでしょうか。それとも、結局ビットコインを保有しなかったのでしょうか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 これは少し残念な話ですが、共感する部分も多いです。ビットコインが初めて2万ドルに到達したとき、「今買いますか?」と質問されました。そのとき私は「いいえ、チャートを見ればわかりますが、これは明らかに投機的です」と答えました。続けて「ではどの水準で買いますか?」と聞かれ、「5,000ドル以下になったら」と答えました。その後しばらくしてビットコインは4,000ドルを下回り、買わざるを得ない気持ちになり購入しました。その後数カ月で再び2万ドルに戻り、典型的な投資ミス、つまり行動心理のミスとして、2万ドルという価格が頭にこびりついていたため、それを基準として売却してしまいました。
 その後、価格が6万4,000ドルまで上昇していくのを見て「なんて自分は馬鹿なんだろう」と思いましたが、その後また下がり、今では10万ドルを超えています。振り返ってみると、ビットコインについてよく理解していなかったため、典型的な間違いをすべて犯しました。特に、頭に残った恣意的な数字に縛られる「アンカリング」の罠には陥ってしまいました。
 しかし、今でも正しかったと思う点があります。それは、ビットコインを詐欺だとか、明日には消えてしまうものだとは決して考えなかったことです。ビットコインはエコシステム、特に決済エコシステムの一部として確立されており、これからも存在し続けるでしょう。ただし、世界の基軸通貨になることはないと考えています。ビットコインは金のようなコモディティとして認識され、ポートフォリオにおいて5~10%程度の割合で保有されることが増えるでしょう。また、特定の支払い手段として使われることもあるでしょう。それでも、ドルを置き換えることはありません。ドルと競合することはあっても、完全に取って代わることはないと思います。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 20,000ドルでの固定観念についてのご指摘を聞いて、過去にお話されていたPIMCOのことを思い出しました。PIMCOで投資委員会を運営する中で、それとは別に、委員会の仮説や前提を徹底的に検証し、挑戦する役割を担った3つのグループを設けていたとおっしゃっていましたよね。それらのグループは、特定の投資戦略に関する仮説を壊すことを目的として活動していたとのことです。
 ビットコインに関しても、もしその3つのグループが20,000ドルという固定観念に基づいた仮説を掘り下げて検証していたら、売却の判断が変わったかもしれません。そのプロセスがいかに有益だったか、そしてPIMCOでどのように機能していたのかを少しお聞かせください。
 また、これを聞いている方々の中には、PIMCOのようなグローバル企業ではなく、自身のビジネスや投資をどう運営するか考えている方も多いと思います。仮説や前提を挑戦するためのベストプラクティスや、ビジネスや投資において前提を検証するための適切な方法について、どのようなアドバイスがありますか?


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 今日のように不確実性が多い時代では、常に自分の考えや判断をテストし続ける必要があります。たとえば私は、「これが自分の基準だ」と決めたとしても、日々データに基づいてその基準を検証しています。なぜなら、周りの状況が変化していることに気づかないというのが、最も大きな落とし穴だからです。この点で、あなたはとても上手に回避できていますが、多くの人がこの罠に陥っています。
 歴史を見ると、IBMはPC市場の変化を完全に見逃しましたし、コダックやノキアも大きな失敗を経験しました。成功していると、自分がすべて正しいと信じ込みがちになり、十分に検証をしなくなるのです。しかし、その結果、ある日突然、現実に直面してしまいます。このため、組織には、タイヤを蹴ってチェックする、つまり現状を検証する仕組みを取り入れる必要があります。それは個人の努力だけではなく、システムとして取り組むべきものです。そうしなければ、実際には行動に移せないからです。
 PIMCOのビル・グロス氏が実践していた「影の投資委員会」(shadow investment committees)の考え方は非常に参考になります。彼は、実際の投資委員会を監視・検証するための独立した委員会を設けたり、会社全体で年に一度、日々の業務から離れて3~5年先を見据える時間を設けたりしました。その目的は、我々はどの方向に向かっているのか、を考えるためです。日々の業務は、どの車線を走るべきか、周りにどんな車がいるか、に集中するものですが、まずは、道路が東に向かっているのか、西に向かっているのか、を明確にする必要があります。
 この取り組みから学んだ大きな洞察は、重い負担を個人ではなく、仕組みによって解決することの重要性です。さもなければ、やるべきことを後回しにしてしまうのです。有名な緊急度と重要度のマトリックスを考えてみてもわかります。私たちは、緊急かつ重要なことを理解するのは得意で、緊急でも重要でもないことを避けるのも比較的簡単です。しかし、問題は、緊急だが重要ではないことにとらわれすぎて、重要だが緊急ではないことに十分な注意を払わない点にあります。この重要だが緊急ではないものこそが、戦略的な課題です。それに取り組むためにも、仕組みを活用することは不可欠です。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 以前お話しされた2つの素晴らしい例え話について思い出しました。1つ目は「鍋の中の茹でガエル」の話です。今の時代は、AIという劇的な変化が世界にもたらされているため、多くの人が自身の前提を見直さざるを得ない状況にあります。このため、カエルが熱さに気づかないまま鍋で煮られてしまうような油断が特に危険となる時代になっていると言えるのではないでしょうか。もう1つの例えも印象に残っています。モンティ・パイソンの「ホーリー・グレイル」のシーンを引き合いに出されたときの話です。騎士が腕を切り落とされても「ただのかすり傷だ」と言い張る場面は、思わず笑ってしまうほど的確な例えでした。
 さて、これらを考えると、先ほどお話しされた「前提を検証すること」と「目指すべき方向性」について、再度深く考えさせられます。特に大規模な資本投資や設備投資の時期における大きな懸念として、35%の確率でハードランディングが起こる可能性があるという点が挙げられます。この点について議論をまとめると、今日のビジネスリーダーたちが直面している課題には、新しい政権、地政学的リスク、そして全体的には非常に良好に見える経済指標がありながら、同時に無視できないリスクが存在しているという複雑な状況があります。
 では、こうした中で、ボードテーブルに座っていると仮定した場合、今はリスクを取るべき時期なのでしょうか?それともそうではないのでしょうか。この問いを最もシンプルに言い換えれば、今はリスクを取って進むべき時期なのか、それとも、市場が政権交代や米国の優位性への期待で先走り過ぎており、慎重になるべき時期なのかということになります。
 もちろん、常に考えるべきこととして、このことを実行したら世界がどう変わるか、という問いが頭をよぎるものです。しかし、7月にご一緒した際にもおっしゃった通り、モード分布チャートを見ながらあらゆる可能性を計画に盛り込む必要があります。65%の確率でソフトランディングが起こると考えられる一方で、その中に50%の割合があるとしても、それだけに固執するわけにはいきません。さらに良い結果が出る15%の可能性を期待するだけでは不十分であり、同時に35%のリスクも念頭に置いておかなければなりません。
 このような状況下では、二者択一の決断をするのは非常に難しいものです。投資すべきか、控えるべきか。リスクを取るべきか、慎重になるべきか、などの問いに直面します。今日の時点で考えると、今こそ確固たる投資を進めるべき時期だと考えるべきなのか、それとも市場がこれから直面する課題を過小評価している可能性を踏まえ、慎重になるべき時期なのでしょうか。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 金融投資家にとって、決定を下すのは実業家よりも比較的容易です。なぜなら、金融投資家は柔軟な選択肢を持つことができるからです。一例を挙げると、安全な投資先を選び、それを市場全体のベータに影響されにくいようにすることができます。しかも最近では、数年前とは違って、安全な投資からも十分なリターンを得られる状況になっています。一方で、しっかり構造化されたリスク投資も組み合わせることが可能です。このバーベル型のアプローチが、私が常に強調している3つの要素をもたらします。
 まず1つ目は、レジリエンス(回復力)です。この安全な部分が全体の回復力を支えます。2つ目は、アジリティ(俊敏性)です。投資機会が現れたときに、ここからリソースを移動させて活用することが可能になります。そして3つ目は、オプショナリティ(選択肢の柔軟性)です。これらの異なる要素が目の前にあることで、視野を広げることが求められます。リスクを避けるだけやリスクを好むだけといった一方的な考え方ではなく、両方を組み合わせたアプローチが必要です。
 ですから、私は皆さんに次の問いを常に自問するよう提案します。自分の投資構造にレジリエンスはあるか? アジリティはあるか? オプショナリティはあるか? この3つが現代の世界で成果を上げるための鍵になります。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 あなたが貴重な時間をどのように使うか、多くの選択肢がある中で、1時間も私と一緒に市場や現代社会について話してくださったことに、心から感謝しています。新年の始まりにこうしてお会いできたことを嬉しく思いますし、これを聞く皆さんにとっても、世界で起きていること、米国、ヨーロッパ、中国、新政権、そして今日あなたが明快に解説してくださった経済指標についての見方や考え方に大いに役立つ内容になると確信しています。
 ムハンマドさん、この1時間を共に過ごし、またあなたとの友情に、深く感謝しています。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 ありがとうございます。そして、友情と本当に興味深い会話に感謝します。ただ、あなたが常に振り返っていることを考えると少し怖く感じますよ。
 新年、どうぞ良い年になりますように。そして、これを聞いている皆さんにも、明けましておめでとうございます。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 本当に感謝しています。それでは素晴らしい1日をお過ごしください。


[ムハマド・エル=エリアン](ケンブリッジ大学クイーンズ・カレッジ)
 あなたもどうぞ。それでは、さようなら。


[ウィリー・ウォーカー](W&D)
 お気をつけて。さようなら。




2.オリジナル・コンテンツ

 オリジナル・コンテンツは、以下リンクからご覧になれます。
尚、本投稿の内容は、参考訳です。また、意訳や省略、情報を補足したコンテンツを含んでいます。

Walker Webcastより
(Original Published date : 2025/01/09 EST)

[出演]
  Walker & Dunlop
    ウィリー・ウォーカー(Walker & Dunlop)
    Chairman and CEO

  ケンブリッジ大学 クイーンズ・カレッジ
    ムハマド・エル=エリアン(Mohamed El-Erian)
    学長



<御礼>

 最後までお読み頂きまして誠に有難うございます。
役に立ちましたら、スキ、フォロー頂けると大変喜び、モチベーションにもつながりますので、是非よろしくお願いいたします。 


だうじょん


<免責事項>

 本執筆内容は、執筆者個人の備忘録を情報提供のみを目的として公開するものであり、いかなる金融商品や個別株への投資勧誘や投資手法を推奨するものではありません。また、本執筆によって提供される情報は、個々の読者の方々にとって適切であるとは限らず、またその真実性、完全性、正確性、いかなる特定の目的への適時性について保証されるものではありません。 投資を行う際は、株式への投資は大きなリスクを伴うものであることをご認識の上、読者の皆様ご自身の判断と責任で投資なされるようお願い申し上げます。



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