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母の話
今日は母の誕生日。朝、通勤電車に揺られながら、母におめでとうと連絡した。
母は私が幼い頃から、仕事をこなしながら、日々を大切に営む人だった。
庭には季節の花を植え、冬至の晩御飯には甘いかぼちゃの煮物を作り、手帳に日記をつけ、図書館で本を借り、学生時代からファンである松山千春のコンサートに毎年行っている。自分の楽しませ方を知っていて、連綿と続く生活を抱きしめている。
母は私の趣味を何でも応援してくれる。
学生時代に手芸にハマっていた時期があり、母にしょっちゅう手作りのアクセサリーをプレゼントしていた。母は何をあげても喜んでくれて、私が実家を離れてからも、たまにこちらに遊びに来てくれるときにはいつもプレゼントしたアクセサリーを着けてくれていた。嬉しかった。
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先日、「花束みたいな恋をした」が地上波で放映された日、母から「はな恋を見たよ」とLINEが来た。数年前に私がこの映画を劇場で観て、母に感想を話したことを覚えてくれていた。
母はこうやって、映画や本に関することをたまに連絡してきてくれる。数年前、仕事と私生活の両方で行き詰まり落ち込んでいた時、
「ドラマのサイレントの主人公の佐倉想くんが本を読むシーンがあって『途上の旅』読んでた」
と連絡をくれたことがあった。
『途上の旅』は私が母にオススメしていた本だった。この連絡をくれたときの母は、私が落ち込んでいたことなんて知らないのだけど、LINEを見た瞬間めちゃくちゃ泣いてしまった。私が日々を楽しんでいる時も落ち込んでいるときも関係なく、遠くからずっと気にかけてくれる人がいることが嬉しかった。
『途上の旅』のLINEを貰った数ヶ月後、私は心療内科に行き、仕事をしばらく休むことになる。
母は「えりには才能がいっぱいあるから」と言ってくれた。それまでの人生で一番救われた言葉だった。
家事もままならない精神状態だったので、休職期間に入ったと同時に実家に帰った。母はこんな私を責めることも、逆に可哀想がることもなく、夜ご飯を一緒に食べてくれて、
「図書館で〇〇っていう小説借りたんじゃけど……」
「こないだ天満屋(地元の百貨店)で……」
と、普通の会話をしてくれた。幼かった頃のように2人で囲む食卓が、母がくれた優しさだった。
(父は母よりも帰りが遅いので後からソロで食べていた)
振り返ってみると、昔から母は干渉せず、私が自分で歩き出すのを待つ人だった。
あまり学校に行けなかった時期、休みたいと言うと、「先生に電話しとくね」とだけ言われ、理由は聞かれなかった。ただ、私を信じてくれていた。
実家で気力を取り戻し、転職先を決め、京都に引っ越してきた。母の言葉と優しさが翼となり、私をここまで連れてきてくれたのだと思っている。
いつも自分より周りの人を優先して、誰かに優しさを差し出す人。頼まれると断れなくて、それをいいように使おうとする人もたまにいて、ふざけるなと思う。優しい人が損をする世界が憎い。私の母の優しさは人を救うものであって、利用されるものではない。私は間違いなく母に救われ、背中を押されている。今も。
今日は午後から雪が降りだした。地元では滅多に降らないから、ちょっとテンションが上がる。
自宅のベランダに出て、寒空に向かってカメラを構えた。
SNSに投稿するよりも先に、一番に母に写真を送った。
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これも母の話。
こんな寒い日には…(母の影響で自分も松山千春が好きになった)