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香港・戦争の記憶継承に挑む①「入会資格、家族・子孫にも」香港退伍軍人聯会主席 林秉惠氏

戦後77年近くが過ぎ、香港でも戦争体験者の減少に伴って記憶の継承が課題となっている。太平洋戦争中、英国軍として多数の中国籍兵士らも参加し、旧日本軍と戦った。香港の中国返還後、中国籍兵士の多くが「失業」を余儀なくされたが、彼らの拠り所となったのが、退役軍人団体「香港退伍軍人聯会」だ。同聯会主席で、元英陸軍上尉の林秉惠(アルバート・ラム)氏(69)に現状や今後の取り組みなどを聞いた。


香港では、先の大戦に参加し、中国籍最後の英軍兵士とされた蔡彼得(ピーター・チョイ、本名・蔡炳堯)氏が2020年8月に死去すると、戦争記憶の伝承問題が一段と顕在化した。

香港退伍軍人聯会は、中国返還前の1997年3月末、第2次世界大戦に参加した英軍元兵士でつくる「二次世界大戦退役軍人会」と、複数の中国籍英兵の退役軍人組織が合併して発足。今も毎年、追悼行事などを行っている。蔡氏は、二次世界大戦退役軍人会の会長だけでなく、同聯会の会長も長く務めた。 


林氏が昨年9月末、二次世界大戦退役軍人会の施設で、筆者のインタビューに応じた。戦後生まれの林氏は現在(22年2月時点も変わらず)、同会の会長も務める。

――二次世界大戦退役軍人会の現状について教えてください。

「設立は他の中国籍英兵の退役軍人団体に比べてやや遅く1980年だ。当初の会員数は約400人だったが、今は200人ほどで、全員、過去の戦争に参加した経験がない。会員数は年々減っている。規模縮小という問題に直面している」

――課題を克服するために、どんな取り組みをしているのですか。

「会員になるには軍の兵士だったことが必須条件だが、今はごく少数ながら『準会員』や『名誉会員』として一部のグルカ兵(ネパールの山岳民族の兵隊)や、過去に英軍で働いていた職員、会に貢献もしくは資金援助した人も含まれている。90年代半ばに故・蔡彼得名誉会長が過去の大戦に参加していない香港の中国籍英兵にも会員の対象を広げ、支援・管理するようにした」

「現在、第2次世界大戦に参加した退役軍人の精神を伝えるため、退役軍人の家族や親戚、子孫を加入させることも真剣に検討している。そうでないと、会の活動を継続するのは非常に難しい」

インタビューに応じる香港退伍軍人聯会主席の林秉惠氏==2021月9月29日、香港島・銅鑼湾

――二次世界大戦退役軍人会の存在意義とは何でしょうか。

「今後も会を継続させ、残すことに意義がある。第2次世界大戦中、香港防衛のために多くの人が犠牲になった。若い世代に過去の歴史と平和の重要性を知ってもらいたい。犠牲となった先人をしのび、顕彰する気持ちを若い世代に持ってもらえるようにする責務がわたしにはある」

「(取り組みとして)最も重要なのは、日本軍によって受けた傷を彼らに記憶させることでない。平和を手に入れるのは容易ではないということを理解してもらい、平和を大事にし、二度と戦争が起きないよう望んでいるからだ」

香港、英両政府から資金援助なし

――香港政府は軍人会の運営に補助金を出していますか。主な資金源は何でしょうか。

「香港政府は補助金を出していないが、われわれを支援してくれている組織がいくつかある。主な組織が英軍の退役軍人を支援する慈善団体『ロイヤル・ブリティッシュ・リージョン(英国皇家退伍軍人協会、RBL)』だ。英連邦諸国全てに支部がある」

「香港政府からの唯一の支援は、われわれが毎年(追悼行事用に)購入している赤いヒナゲシ(リメンブランス・ポピー)1日分の寄付を承認することだ。だが、これではとても足りないので、一部の大型機関がRBLを通じて、用途を退役軍人支援に指定して寄付してくれている」

 ――英政府は軍人会の運営に何か資金を提供をしていますか?

 「英政府は軍人会の運営に補助金を出していない。ただ、中国への返還で香港を離れる前に、ヘリコプターや砲艦、航空機など一部の武器を競売に掛け、それで得た資金を困窮した退役軍人支援を目的とした『香港本地招募軍人福利基金(LEPトラスト)』の創設に充てた。英政府は非常に公平で、中国人、グルカ兵、英軍に3分の1ずつ配分した。わたしは今、LEPトラストの管理者の一人だ」

 歴代の英軍幹部らについて説明する林秉惠氏

英軍事遺跡、「負の歴史」ではない

――香港内で軍事遺跡の荒廃が進んでいます。第2次世界大戦で日本軍に侵攻された「負の歴史」であったため、英政府が保存に努めなかったとの見方がありますが、これについてどう考えますか。

「まず第2次世界大戦時の軍事遺跡の一部は、英軍が自ら破壊した。(破壊により荒廃しているように見えるが)先の大戦を『負の歴史』と捉えていたからではない」

「英軍が軍事遺跡を破壊したのには主に二つの理由がある。英国には、いわゆる『無権限占領』という法律的な概念がある。英国はトーチカ(防御陣地)のような第2次世界大戦の戦争遺構の無権限占領を懸念し、破壊することで居住などができないようにした」

「二つ目は 50年の朝鮮戦争勃発だ。英国も韓国支援のため参戦したが、すぐにでも利用できるトーチカが香港内に数多く残る中で、英軍の軍事力は不足していた。(中国共産党率いる)人民解放軍が香港に侵攻すれば、それらが解放軍に利用される懸念があった。このため英軍は一部のトーチカなどを破壊した」

城門貯水池付近に残る英軍の要塞遺構=2021年10月、新界地区

「(軍事遺跡の保存に関して)わたしたちは過去に一部の大学の建築学科と第2次世界大戦の戦争遺構活性化について、香港政府に提案したことがある。まず代表的な遺構の修復を行うようにと。たとえば城門貯水池の要塞陣地跡はトンネル通路の保存状態も良く、決して難しいことではない」

「だが、香港政府は主体的、積極的ではなく、『遺跡は民間機関に引き渡して修復する。開始時に少額の資金を提供するが、条件は修復後もこれらの機関がその後の管理責任を負う必要がある』という回答が返ってきただけだった。これらの遺跡の管理は支出が非常に大きく、民間機関が対応するのは難しい」

■対日参戦の英軍関係者、2人だけに

二次世界大戦退役軍人会の施設は、香港島中心部、銅鑼湾(コーズウェイベイ)のビクトリア公園からほど近い「香港中央図書館」の敷地内にある。黄味がかった白壁の簡素な平屋で、高架下にひっそりと建つ。玄関と建物の後方に掲げられた看板が、かろうじてその存在を知らしめている。

筆者が初めて同会を訪れたのは約10年前。同会に足を運ぶのが日課だった蔡彼得氏を取り囲むように元兵士らが集まって談笑したり、定期的に交流パーティーなどが開かれたりしていた頃と比べると、ひっそりしていて隔世の感がある。

近年の香港で起きた大規模デモや新型コロナウイルスの感染拡大による影響を差し引いても、時間の経過による風化が意識されないはずはない。時間は刻々と進んでいる。今回のインタビューに応じてくれた林氏から、落ち着いた口調ながら、そういった危機感がひしひしと伝わってきた。

香港退伍軍人聯会によると、旧日本軍と香港で戦った英軍関係者のうち存命なのは既に2人だけとなった。香港にいる中国籍の元医師と、オーストラリアに移住した英国人の元兵士だという。

ただ、同聯会や二次世界大戦退役軍人会も、手をこまぬいているわけではない。林氏が明らかにしたように、会員資格の大幅緩和を模索しているほか、市民向けの公開講座やワークショップなども不定期に開催している。筆者も昨夏、地元中学生と高齢者向けの公開講座に参加した。クイズ形式を取り入れるなど分かりやすく、参加者から大変好評だった。

初めて来たという人が大半だった市民公開講座=2021年8月、二次世界大戦退役軍人会の施設

今年7月、香港は中国に返還されてから25年を迎える。英植民地時代の記憶も風化しつつある中、戦争記憶の伝承の取り組みは新たな段階に入っている。


林秉惠氏略歴
 
1951年生まれ。元英軍陸軍上尉、香港軍事服務団上尉、英女王委任英軍軍官。96年に大英帝国勲章(MBE)を受章。現在、香港退伍軍人聯会主席、二次世界大戦退役軍人会会長、英国皇家退伍軍人協会副主席を務める。

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「香港では第2次世界大戦が『記憶』から既に『歴史』になったのではないか」という声が、筆者の耳に入ってきました。中国・香港情勢の変化も合わせ、転換期にあるのは事実です。検証も含めて取材活動を続け、随時公表していきます。

(注)見出しの写真は、二次世界大戦退役軍人会の施設の玄関先。




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