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秋桜と鈴虫【2350文字】

「招待券の期限が9月末までだから、また行こうか。」
夫がそう言って昨年も一緒にデートへ行ったガーデンにまた誘ってくれたのは、まだ残暑で汗ばむ昼下がりだった。
前回は6月だったから、春の華々しいガーデンの時期は外れていて、春バラの季節も終わりに差し掛かっていた。今回は秋だ。
ホームページを調べると、「ダリアとコスモス」の見ごろの時期らしい。

子ども達を親族に預けて、私たち夫婦は午前中から車に乗って家を早々に出た。高速道路の出口を前回間違えたので下道に降りてから遠回りのようなドライブになっていたが、今回は下調べをして最寄りの出口を確認する。
子どもが好きな少々騒がしく流れるいつもの車内音楽はなく、穏やかな夫婦の会話と合間の沈黙が穏やかで静かな空気として流れている。
昨年と同じ駐車場に到着して、車から降り、入り口で入場招待券を見せて二人でガーデンへ入ると、このガーデンだけでなく、遊園地やジャンボ海水プールといったファミリー向けの娯楽施設や温泉・ホテルを経営するこのリゾート経営主体が60周年を迎えた看板が出迎えた。
スマホを置いて自撮りできる撮影台があり、私たちは昨年と同じように、その入り口で記念撮影をする。

今回はパンフレットを取らずに、昨年1回来ただけの記憶を頼りに園内を散策すると、”まつり”と銘打つコスモス畑が見えてきた。
「わぁ。綺麗ね。」
「まるでコスモスの絨毯だ。」
私たちは広大なコスモス畑に目を奪われた。コスモスの花もピンクや白や薄紫だけでなく、端が一部紫の白いコスモスがあったりして、こんなに種類があるものなのかと感激する。その花々に蝶が蜜を吸いに来て、あちこちを優雅に飛び回っている。
あぜ道のような細い土の道を通って、コスモス畑の中に入ると、ここが天国か極楽のような楽園にいるように感じるから不思議だ。
デジタルカメラを忘れてきたのが悔やまれたが、今は10年前のデジタルカメラよりもスマホの方が綺麗に写真を撮れると気づいてからは、惜しみなくスマホでコスモスの写真を撮った。

色とりどりのコスモスがちょうど見ごろになっていた。



子ども達が一緒だったら、すぐにでも(特に下の子が)退屈してしまって「帰ろうよ」と言いかねない。
でも私たちに夫婦にとっては、親でない時間が貴重なのだ。
季節の花々を味わう時間を楽しく思えるのは、大人になったからだろうか?それとも趣味や感性の違い?

昨年は、年中温度・湿度が管理された南国の花ばかりを育てる温室の花を堪能したが、今年は秋の花の季節で屋外のガーデンそのものを楽しめる幸運に感謝した。

そう、同じガーデンにいながら、昨年と今年はあまりに違う。

コスモス畑を抜けて、少し奥へ行くと、様々な種類のダリアがバラ園のように植えられていた。一輪、一輪の花は豪華で、気品あふれる貴婦人のようだ。
「結婚式によく使われるダリアだけど、本当に一輪だけでも華やかだ。」
「そうね。こうして咲き終わった花や、咲きかけの花を見ると、結婚式で使われているようなダリアは一番華やかに咲いている良い時期のものを使っているんだ、ってよくわかる。」
ダリアのネーミングセンスもいろいろあり、星の名前や、恋にちなんだ名前、秋田県産のダリアには”ナマハゲ”が必ず名前に入っているなど、いろいろと特徴的だ。
こうして咲いているダリアを一輪ずつ眺めていると、気持ちが上向いてくる。花には不思議な力があるんだなぁと思う。


凛とした気品あふれるダリアが咲く。

また少し歩くと、キバナコスモスのオレンジの絨毯が散歩道に沿って続いていた。イチモンジセセリという名前の蝶が花から花へと飛び交っている。
「花は戦略的だよ。こうして一度に飲み切れない量の蜜しか一輪の花からは出さないから、蝶はどうしても次の花へ行かないとならない。その時に蝶の足に花粉がついて、別の花へ受粉させているんだ。
蝶にとっても、植物にとっても、それが生き残るために必要で、win-winなんだ。」
蝶に詳しい夫が、得意げに解説を始める。
隣で静かに話を聴く私の視線は、オレンジ色のあるキバナコスモスへ向けられていた。

蝶は、お気に入りの花だけじゃいけないのね。
あちこち飛ばなきゃいけないのね。

キバナコスモスは近所の河川敷にも咲いているが、ガーデンでは手入れされて綺麗に咲いている。

「昔、学生時代の仲間の一人が、自分の父親はまるで”働きバチ”のようだと言っていたわ。」
私がそういうと、夫は意外な事実を教えてくれた。
「働きバチは、全員メスだよ。人間でいうところの働き盛りの独身女性だ。オスは一匹もいない。働きバチは選ばれし女王蜂のために働き続けて、オスは子孫を残すことしか役割がない。その後は無残にポイと命ごと捨てられるだけだよ。空しい存在さ。女王蜂だけが生き残って卵を産むんだ。昆虫の世界は、人間と違って子孫を残す遺伝子プログラムに忠実に生きているんだ。今の時代にそんな例えで話したら、大変なことになるぜ。」
「え?働きバチはメスなの?それは、知らなかった。きっとその仲間も知らずに言っていたんだと思うわ。」

夫の話によれば、アリも似たようなものらしく、オスは”悲惨な役割を担った存在”だということだった。

「でも人間は違うでしょ?そんな単純じゃないもの。」
「そりゃそうだよ。」

私たちはお互いの顔を見て笑い合った。

ゆっくりレストランで夫婦で時間を気にせずランチをして、その後は日帰り温泉にゆっくり浸かった。
子ども達から解放されて、こんなにのんびり夫婦で過ごした週末も久しぶりだ。

帰宅していつものように夕食を家族で摂り、子ども達が夫と共に床に就いた夜、私は残りの家事を片付けた。
カーテンを閉める前に、少しだけ夜風に当たろうと、庭に面したガラス窓を空けると、おぼろ月の夜に鈴虫が静かに合唱をしていた。


久しぶりに「エッセイと創作の間」の記事作成をしてみました。
今回は、先日夫婦で「なばなの里」へ出かけた日の出来事を下敷きに、フィクションを入れてお届けしております。
働きバチ、働きアリがすべてメスというのは事実です。詳しくお知りになりたい方は、下記リンクをご参照ください。


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