美味しすぎない「冷やし中華」
前職の同僚は、旧NHK仙台の向かいにあるこの店の冷やし中華を「中の下」と称していた。平均(中)よりは若干下回るが、決して不味く(下)はない。家で食うよりは若干美味いが当然「好物」と言うほどではない。ましてや遠くから遊びに来た友人に食べさせるほどのものでは決してない。むしろ客が帰った後にゆっくりと味わうのが、中の下の冷やし中華なのだ。
青葉区本町に店を構える「藤や」。看板や暖簾には「だんご」の字が踊るが、大抵の人はかつ丼やカツカレーや冷やし中華を食べる。そしてどのメニューもが「中の下」を見事にキープし続けている。
夏休みの店内は、勤め人や、コロナ禍での帰宅でテンションが上がり気味の家族が賑やかしている。密な人間の熱気と、少し遅れてきた東北の夏の湿度が入り混じる。鴨居にぶら下げられた風鈴はチリンとも言わず、心許ない家庭用のエアコンが店内で頼りなく唸っている。
暖簾越しに、表の道を宮交バスが忙しなく行き交う。入り口から稀に届く些細で生温い風が、首振り扇風機での風のインターバルのようだ。蒸し暑い店内で必死に風を集める。日本の夏だ。昭和の夏はこうだった。
もう既に蛇足なのだが、今日のオーダーは冷やし中華(700円)。この店で「50円増で」とコールすると、つまり大盛りが配膳される。若ければ100円でも200円でも増せばいいのだろうが、大人は謙虚に50円ぐらいが丁度いい。
色素の薄いキュウリと薄焼き玉子。主張が強い練り辛子が喉元を突く。この時勢の咳やクシャミは気を使う。しかも食事中だからマスクもなくノーガードだ。思わず手で口元をおさえる。
だが周りの客は、そんな戸惑いを気にすることなく冷やし中華を一心不乱にすする。みんなそそのかされているようだ。隣に座ったお爺は150円増をコールした。ついつい流されているのだろう。結局暑さで参っているんだ。誰のせい?それはアレだ、夏のせいだ。