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【アートのミカタ15】ルーベンス Peter Paul Rubens

【人物】超王道インテリ

17世紀で最も国際的な名声を得たバロックの画家、ルーベンス。
貴族画家として肖像画や神話画などを描いていただけでなく、建築家・外交官など、彼の才能は多岐にわたり発揮されたと言います。
絵に描いたようなインテリ人生を歩み、絵に描いたように貴族に賞賛され、他の画家とは一線を画した人物です。

「フランダースの犬」のラストシーンでおなじみの画家といえば、多くの方に伝わるでしょうか。


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ペーテル・パウル・ルーベンス「キリスト降架」1633年

しかし、当時の環境を紐解いて見ると、彼が「特別な」画家になったのは、なるべくして成ったことがわかってくるのです。
一流の情報は一流にしか集まらない。現在でも実は起こり得ている現象ですが、当時はそれが如実に現れていたのではないでしょうか。

彼が一流であったからこそ、さらなる一流の情報・環境に触れることができ、益々高みに登った経緯を、お話していこうと思います。

なぜ美的センスをくのか。科学の発展に伴い、心を作る芸術的思考もより広く知ってもらいたい。このブログは、歴史上の偉大な画家たちをテーマに、少しでも多くの人にアート思考を築くきっかけにならないかと書いています。まずはそれぞれの画家の特徴を左脳で理解し苦手意識を払拭するのがこのブログの目標です。その後展示等でその画家に触れる前の下準備として御活用下さい。私たちの味方となり、見方を変える彼らの創造性を共有します。

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ペーテル・パウル・ルーベンス「マルスとレア・シルウィア」1616-17年

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ペーテル・パウル・ルーベンス「肖像画」1623年
目次【人物】超王道インテリ【背景】芸術家はみんなインテリ説【核心】どこを取っても一流と伝わるルーベンス像

【背景】芸術家はみんなインテリ説

ルーベンスがいかにインテリだったかをお伝えするために、まずはこの時代の「芸術家」がどんな存在だったかをまとめておきます。


今でこそ、アーティストとデザイナーの区別が議論されていますが、芸術家含め多くの職業が細分化されたのは19世紀以降(産業革命で機械化が進んだ)のことです。

https://note.mu/lachi/n/n22a5d8079ee3

では産業革命以前の、例えばルーベンスが生きた時代の芸術家とはどのような職業だったのでしょうか。

「アーティスト」だと思いますか?

これは私の言葉になってしまいますが、
アーティストとは「自己表現者」デザイナーとは「職業」です。
様々な文献を漁ると、どうやらこの分類に集約されるようでした。
さらに「自己表現」とは第三次産業に分類されますから、産業革命以降の職業であることがわかります。つまり、ルーベンスが生きた時代の芸術家とは、現在のデザイナーに近い仕事だったと言えるのです。

ルーベンスをはじめ、芸術家が描いた宗教絵画は「聖書を読めない人のために、口伝以外で伝える方法」でした。
当時の聖書はラテン語(私たちが古文を読む感覚)だったので、一般の人には読めませんでした。そのため教会で口伝するための職業(牧師さん)が存在し、絵で伝えるための職業(芸術家)が存在していました。

ここだけでも、芸術家が一般市民より頭がよかったのがわかるかと思います。ラテン語が読めるから、本が集まり、情報が集まる職業、ということです。

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ペーテル・パウル・ルーベンス「ヴァリツェッラの聖母」1608年

さらにいうと、実は「聖書を元に絵を描く」ことは一筋縄では行かない作業なんです。

実は聖書には、絵がかけるほど詳細な内容は記されていません。
昔話の集合体のような形ですから、ハリーポッターみたいに状況説明だけで何ページも描いてないわけです。

にも関わらず、複数の画家(しかも時代も国も違う画家たち)が似たような宗教絵画を残しています。

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例えば、「受胎告知」で検索すると、だいたい似たようなイメージ絵画が出てくると思います。
しかし聖書には『天使がマリアに、キリストを身籠ったとこを伝えに来ました』程度にしか描いておらず、天使がどのような風貌で、マリアがどのような人物なのか、立っているのか座っているのか、などなど、殆ど記されていません。

今でこそ、「天使は羽の生えた人間」のイメージが想像できますが、それまで口伝だった内容を描くパイオニア達が、いかにしてイメージを統一できたのでしょうか。

それは、画家たちが聖書以外のたくさんの書物(福音書と呼ばれる聖書の外伝)を読み、適切な表現で絵を描いていたからです。
(これがアーティストが掲げる「自己表現」であるならば、大変な自体だったでしょう。)

しかもこの大量の書物は、一定の知識層でなければ読むことすらできません。絵を描くためのリサーチができずに、画家としての職務が全うできるでしょうか。


【核心】どこを取っても一流と伝わるルーベンス像

ルーベンスが一流の知識層にいることは、絵画の精度からも伝わりますし、また古代美術のオマージュを多く描いていることからも「歴史を学べる環境であった」こと「上手く取り入れる技術力があった」ことがわかります。

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ペーテル・パウル・ルーベンス「セネカの死」1615-16年

こちらは古代ローマの哲学者の死に際を表した作品です。これの元になっているのは、
「セネカに関する歴史書」
「セネカ(だと思われていた)ブロンズ像」
「顔のモデルとして使用した彫刻」
と、3つのリサーチの結果描かれたものだとわかります。
当時はどれも一流階層にしかお目にできなかった資料です。


さらに先ほど、「外交官」でもあったとお伝えしました。
これは、勉強できる環境の元、古文や外国語を学んだ結果、海外間の政治的領域にも足を踏み入れることが可能になったことが読み解けます。

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ペーテル・パウル・ルーベンス「パエトンの墜落」1604-05年

さらに、宗教絵画には「キリスト教を描いているか」「ギリシャ神話を描いているか」によって、絵画の描かれた背景が大きく違います。

キリスト教(聖書)を描いた作品は「一般大衆向け」
そしてギリシャ神話(歴史)を描いた作品は「貴族向け」
ということです。

ギリシャ神話とは、たくさん神様がいる世界ですから、当時の一般向けには「異教徒」として嫌うよう仕向け「神は一人しかいないキリスト教を信じてもらうよう」していたそうです。

つまりギリシャ神話の内容は、一般市民は知らず、知識層の嗜み(?)だったのではないでしょうか。
この「パエトンの墜落」に登場するパエトーンとは、ギリシャ神話に登場する人物です。

パエトーンが太陽神の戦車を勝手に運転。しかし操縦が上手くいかず暴走させてしまいました。そこで怒ったゼウスが雷を落とし、パエトーンを墜落させたとされています。真ん中で逆さまになっているのがパエトーンなのだとか。


以上の内容から、ルーベンスが一流になったのは、「一流の周りにしか一流の情報が集まらない」背景によるものだったと推測します。
まあ、実際絵の腕が素晴らしいのですが、それは彼のキャリアを築く土台でしかないのかもしれません。恐ろしい一流の世界…。



ここまで読んでくださってありがとうございます。画家一人一人に焦点を当てると、環境や時代の中で見つけた生き方や姿勢を知ることができます。現代の私たちにヒントを与えてくれる画家も多くいます。また次回、頑張って書くのでお楽しみに。

展示会情報

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[企画展示室]
ルーベンス展―バロックの誕生(国立西洋美術館.2018.10.16-2019.1.20)

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らち
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