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男女の垣根がなくなる冬の電車

髪をくくって電車に乗っていたら、シルエットがメンズになり、影では男女の差がない季節になってきたななんて思いました。
お花をもらって嬉しいのも実は男女がないのでは?と思うのですがどうでしょうか。

マーチンの足元、格好良くて可愛くて欲しいなぁ、と思いつつ重そうだなと少し悩んでしまって今年もまだ買えなさそうです。でも買うなら早くだよね、どうしよう~


皆一緒なのつまらないと思ってしまう感覚

寒さに負けないように着こみ始めたこの季節、コートやダウンなどファッションがどうしても皆同じような格好に。その同じすぎる一員としておさまるのがなんだかつまらなくて、黒紺でなく少し違う色を着たくなります。目立ちたくなくて結局無難なのを選んでしまうけれど、エレベーターや電車に乗って暗めの色が同じすぎるとうーん、面白くないなと感じてしまう。差し色であったりワンポイントでいいから、個性を感じる何かを追い求めたくなります。だから早くマフラーとか使える季節になってほしい。楽しいから。

幼稚園の頃からずっと、「みんなと同じ答え」になることに対して、少し違和感があるのです。

自分でもすごく覚えているのが、幼稚園卒業の年
「将来の夢はなにになりたいですか?」
って質問がありキーワードと共にイラストを描いて提出をしないといけなかったとき。

幼稚園児が知っている職業なんてとっても少ないじゃないですか。
男の子は「興味のあるスポーツ選手、運転手さん」
女の子はみんな「お花屋さん」か「ケーキ屋さん、パティシエ」がすごく多かった気がする。画力がなかった私は「お花屋さん」もイラスト描きやすくていいな、でも食べることが大好きだから「ケーキ屋さん」もいいなとは思った。けれどあまりにその答えばっかり。皆と同じなのはすごくつまらないと思い、なぜだか自転車のようなバイクを無理やり描いて「婦人警官」と書き両親をびっくりさせたことがあります。

それまで警官のけの字も言ったことなかったし、ケーキ屋さんとお花屋さんはいやだという逆算があって。小さな世界の枠の中から一生懸命考えて、被らないけど私らしさもある回答を明確に導き出せたあの時の答えにはすごく満足しています。自分の名前の由来から確か導き出した答えだったと思うので、名前や由来は大事だし、ちゃんと良いものを上げたいとも思う。

ちなみに現代の幼稚園児のなりたい職業もそう変わっていませんでした。
けどプリンセスとかプリキュアとかウルトラマンになりたいって書いてあるのはすごく可愛いなってほっこりしました。

小さいときから大喜利みたいな思考が強かったのかもしれないし、天邪鬼な気質もあったのかも。でもその頃から何も考えずに同調している空間というのはやっぱり好きじゃなかったんだと思う。ちゃんと好きでそう考えている人たちはよいけれど、何も答えが浮かばないときにうーん、わからないから皆と同じにしておこう。って考えはやっぱり「つまんない」が勝って、自分はその箱の中では嫌だという反骨精神が働いてしまう。わからない中でも自分なりの好きや嫌いという感情と向き合っている人たちが愛おしいです。

だからこそ、今も仕事で企画であったり、開発をする中で新しさであったり好きを求めて仕事をしていたいと思うのです。
ルーティンワークで同じ作業を続けるってことが本当に向いていないと思う。このつまらないって気持ちに戻ってしまうから。必要なことはやらないといけないけどね。得意と苦手な人の業務はあるから協働の気持ちでうまく人事してほしいものです。

ではまた。



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