労働者代表CEO!?
「人新世の資本論」という本をご存知ですか?日本のマルクス経済学者である斎藤幸平が著書で世界的にベストセラーになりました。彼は「脱成長コミュニズム」を著書で紹介していますが、その提案の中で生活必需品の公共インフラ(ガス・電機・水道)は国有化や民営化ではなく、共同体で所有する事。ガバナンス強化のために市民代表を理事にする事というものがあります。ソ連型国家資本主義のような体制や資本主義も前者は消滅し、後者も、もはや修正は不可避。その3番目の道として共有財産化を訴えました。さらに市場や株式会社は漸進的に廃止。これもまた共有化を目指す「ワーカーズ・コープ(労働者協同組合)」による所有を目指すという事を対案として出しました。実現性があるかどうかは置いておいて、現代ではもうめっきりと数を減らしてしまったが、新しい理論を打ち出してきたマルクス経済学者からの現代資本主義に対する修正案。斎藤幸平の名前はそこで売れて、なんと日本人で唯一の「プログレッシブ・インターナショナル」に加入しました。この「プログレッシブ・インターナショナル」は私も設立当初からずっと彼らの動向を気にしていた存在で、斎藤幸平やヴァーシャ・ガンディコタ・ネルトラなどの加入や共同代表に就任するなど世代交代が始まった感もあります。本当はもっと語りたいのですが、今回はこの話が主軸ではないので、ここまでです。
斎藤幸平の試案にはワーカーズ・コープ重視の考えが示されていますが、ワーカーズ・コープも結構まだ発展途上の形態で、全員が経営者なのだから事実上労働者なのに労働基準法の適用が曖昧になるのでは?というものがあります。ただこの提案の良さはマルクス・レーニン主義のように独裁肯定、暴力、集団化の強制に比べれば現実的なコミュニズムとして示した事です。当然実現には相当ハードルが高いですが、革命だ!といってほとんど共産主義を理解していない組織に比べるとかなり前向きな提案です。
最近私も労働組合内の後輩からインターネットからにおいても多く質問されるから、noteにもよく取り上げるトマ・ピケティは斎藤と違ったアプローチを試みています。まず非営利法人組織の社会的所有・自主管理。そのため非営利法人組織は株主の取締役会の議決権の縮小、また営利法人においては従業員代表や従業員の一部にも経営に参画させる、また労使共に二分の一ずつ共同決定権を持たせ経済民主化を推進する。これがピケティの「参加型社会主義」の一部です。労使対決や労使協調とも違うこれもまた第3の道。労使共同運営の形です。さて、これにも問題点もあって長年続いた労使交渉において、労働側は経営のノウハウはなく結局経営陣の主導になるのではないか?という懸念点もあります。ただ企業もコンプライアンスが問われる立場になり、ある電機メーカー大手のように資産を食い潰され破産に追い込まれる最早ハイエナと化したファンドや企業が増えている現状で労働組合が職場を守るために経営側の一員となる。資本主義は真の意味に置いて民主化が必要です。
労組を活かす経営とは
2015年に東京証券取引所と金融庁が導入した「コーポレートガバナンス・コード」は,ドイツの共同決定制を念頭において従業員代表(例、労働組合)の取締役会への直接参加を強調した「労組を活かす経営」を発表しました。例えば日本において社外取締役をやたらありがたく思い多額の役員報酬を与えますが、社外取締役は基本的に社長の人脈で起用されるために、むしろメリットとされる産業を知らない事で発見できる気づきよりも経営の権力をさらに強める方便に使われると同じ役割を果たします。与党が野党の賛成票をもらい「我が政策は野党の信任も得た」という一種の茶番劇が企業経営においてもよく行われます。そんなお友達に囲まれた社外取締役など例え高邁な人でも企業のコンプライアンスを守れるのか?とトマ・ピケティと同じような解決法を考えたのは、労働経済学の重鎮でもあった小池和男です。基本的に日本の雇用制度を容認する立場でしたが、猫も杓子も「アメリカ流経営」という、実態なき経営方針を日本でも採用される中で、産業を生涯の職業にした従業員代表が経営方針にも意見を述べる機関が必要なのでは?という問題提起を行います。日本の労働組合は基本的に雇用を重視し、長期雇用が前提なら労働者代表が経営に参画するのはむしろ雇用を守るというのが小池の主張です。例えば企業がそれこそ国際競争力に勝つには、設備投資が重要でありその決定には基本的に取締役会などで決定され労働側には決定権どころか情報もない場合があります。それならそうした重要な決定を行える機関に労働組合も参加し、真に現場に必要な事は何か訴え決定権についても、労働側の意見が採用されるような意思決定機関であるべきだ。
前述したドイツの共同決定制は中規模以上の企業は「監査役会」を設置、構成員の1/3(中小企業)、または1/2(大企業)を労働者代表としなければならない。という法制度があります。経営に参画できる労働組合であるため、人員削減についても退職パッケージをあらかじめ労組と交渉し、退職者は志願制によって決定されるので人員削減のストライキが減少すると同時に、賃上げ交渉に集中できるのでドイツの労働組合は組織率がそれほど高くなくても影響力は大きいのです。さらにフォルクスワーゲンでは工場をアメリカ移転を決定する際、いち早く従業員代表が反対し経営者も議決できず翌年満場一致になる程労組も経営陣も粘り強い交渉を続けましたが、業績は良好でした。中長期的な雇用を望む労働組合と投資先として投資のリスクをできるだけ回避しようという株主側と思惑が一致し、企業は資金確保も収益もプラスになる。小池和男の提言は、筋が通ったものでした。こうしたピケティや小池和男の提言は「経済民主主義」と呼ばれます。「民主主義は工場の門前で立ちすくむ」そうした場面貴方も経験した事はお有りではないでしょうか?こうした提言は労働側にとって一つの道標となっています。
JAM大阪の闘争
労働組合の数を減らしている要因に労組の求心力低下もあげられますが、金融不安や企業の合併による労働組合の減少もまた大きな課題になっています。特にリーマンショック以降企業のガバナンス欠如というものが顕著になっています。現在のテック企業、買収と投資を繰り返し収益が上げられなくなったら売却し下請け企業はいざとなればバッサリ取引を打ち切り、それでも独自のプラットフォームを持ち企業のブランド力は国民啓蒙・宣伝省で自社の優越性を垂れ流す。独裁国家のような企業も多いのですが、こうした企業がこれ以上の独占を防ぎ、パイを分け合うために必要な事が「経済民主主義」という考え方です。さてリーマンショックは製造業中心に大ダメージを受けました。特に中小企業を組織化するJAMにおいて、数々の会社が「合理化」を選択。しかしJAM大阪は事前協議同意約款を締結した企業には労働組合が会社のリストラ案に対して逆に再建プランを提示。次々と会社の存続、企業の再生に貢献しました。こうした事前協議同意約款いわば共同決定の協約はJAM大阪において4割ほどが締結しています。
こうした経験からJAM大阪は労使共同運営の法制化を全国に拡大すべきであるという提言を全国の労働組合に向けて発信しました。
①企業再編についての事前協議(同意)約款の締結である。少なくとも公式発表前に労
働組合に対して,公式・非公式に関わらず,企業再編に関する情報が開示されること
が是非とも必要である。
②労働組合組織の存続を保障させることである。勿論,この保障は上部団体への所属も
含む。手続き的には,既存の労働協約(特に債務条項)を包括的に承継させることで
ある。
③事業体の存続と発展を保障させることである。この場合,労働組合が自らの立場から,企業の存続・発展に関する基本的な考え方を確立しておくことが必要である。
④雇用を承継,保障させることである。このことは第三の要件の目的となる。
⑤労働条件を承継させ保障させることである。変更が必要な場合,労働組合との事前協
議・同意が必要であることを明確にしておくことである。
⑥以上のことを移転元だけではなく移転先経営者とも交渉し,確認することである。
JAM大阪は日本コンベヤ闘争で、当事者となった地域産別です。この闘争についてはJAMが多く発信しており、現代の企業の労組潰しの方法をしっかりと記憶に残ると思います。今USスチールや日本製鐵の問題でようやくマスコミというよりテレビなど映像メディアで放送がされています。この買収劇の正否は今回は問題にはしません。ただ私達は日本製鉄側になり得るかもしれないし、USスチール側になるかもしれない。たまたま今回の件は国を超えて行われたものであるため、政治問題になりましたが、国内のM&Aについては深刻な労働者いじめが行われているのに、政治も報道もダイナミックな企業買収の方ばかり追いかけてしまい、肝心の足元が崩れかかっているという事が気づいていないのか、気づいているのに今は見ないふりをしているのか?「経済民主主義」の導入はこうした企業のルールさえ守れば何をやってもいいという態度に抑止力になるものと期待しています。
どうなる?連合の「労使協議制」
JAM大阪の意欲的な発案に、普段は前例踏襲も多い労働組合組織のナショナルセンター連合も「労使協議制」といういわゆる「労組を活かす経営」について前向きになっています。ですが、船井電機の破産を見るように、普段は労使協調でやってきたのになんの兆候も発見する事なく、というより経営の疑問点が多い買収などチェック機能が働いていないのに「労使協議制」を導入したところで、意味があるのか?という指摘も受ける事があります。これは本当に私達も職場を守るため経営を勉強した方がいいと強く感じています。労使の共同運営は、そもそも働く職場を失わないため、ある意味最大の労使協調であり、そして働く人の権利を再確認できる機会になります。現場さえ見ていれば、自分の働く職場がいかにして運営されているのか全く見えないし考えることもできない。視野狭窄に陥りやすいと思います。なぜなら私がそうだったからです。現場で働けば現場が1番偉いと思うようになり、営業で働けば営業マンが売り上げを稼いでいると思うようになり、技術者は技術しか見えないようになり他人の仕事に敬意を持てなくなる。誘われた労働組合で多少全体を見えるようになり、私は初めて自分の仕事が多くの人のおかげで成り立ち、当然人はそれぞれ悩みには種類があり、誰もが働くことで富豪になる事は無理でも豊かに暮らしたいと思っている。そういう意味において自分の働く職場がどういう状況にあるのか深く考える機会は必要であり、連合の打ち出したものはJAM大阪に比べると若干値下げもした部分もありますが、その分中央が打ち出すメリットがある部分はしっかりと付加価値をつけてきた提案です。まずはここを叩き台にして、少しずつ労使の共同所有化についても考えていきたい、強く運動していきたいと思っています。
最近ではUAゼンセンやJP労組など従業員持株制度を活かした運動に積極的です。労使協議制がまだ法制化されていなくても会社の経営方針について物申すことができる。これがチェック機能というものです。誰もが自分の仕事を心から好きではないかもしれないけど、今の職場は失いたくないという人も大勢いるはずです。失いたくないなら私達も相手のことを知らないといけないです。現場の視点では見えない事も多くありますが、現場だからこそ見る事ができない光景もあります。それを活かすには、私達は「参加」する事が重要になっていきます。もっと自分の職場を知り、もっと自分達の給料がどこから発生するのか?Twitterではたまにとんでもない人が現れます。医者と本人は言っていますが、なぜか社会保障費の削減を訴えています。本当に医者かどうかは別として、医者の所得は大半が社会保障費から出されているのに、その投稿をした人は根本的に労働についてあまりに無頓着だと感じました。自分の仕事も分かっていないのだから、平気で人の仕事に対して削減を訴えるようになる。そうした現状はまず「参加」した私たちが多くの人を「参加」させ、大衆運動を起こすことでそうした勢力の声を縮小させたいと思います。彼らは最終的に略奪する事しか考えないようになる。ニック・ランドの加速主義はついに日本も「加速」させようとしています。私達は「参加」をする事でそうした封建体制に断固としてNOを突きつけなければいけない。
塩田武士さんという小説家をご存知でしょうか?グリコ・森永事件に関心を持った新聞記者という前歴を持つ塩田さんは「罪の声」という大作を書き上げ、映画化されました。そして塩田さんは実は神戸新聞社の労働組合出身だったという経歴から自身の経験を活かした小説を書き上げています。労働組合にとってはよく聞く言葉です。でもこの言葉ほど強く社会運動に飛び込むきっかけになる求心力も感じます。今回はその塩田さんの小説のタイトルで締めたいと思います。