アニメ『呪術廻戦』#9の名場面
私は孤独時間の楽しみとしてアニメをよく見る。
休みの日は一日中アニメを見て過ごすことも少なくない。
シーズン3くらいまでのアニメなら一日で見終わってしまうほどだ。
もう癖になってしまっているのだが、
何のアニメを見たか、お気に入りのシーンはどこか、どんな言葉が印象的だったか、すぐにメモするようにしている。
そうすればいつでも必要な言葉を、熱量を、
自分にチャージできるような気がするからだ。
そんなことはさておき、
少し流行りに乗り遅れた気はするが先日、
コロナ禍でお家時間が増える中、『鬼滅の刃』同様人気を集めたアニメの一つでもある『呪術廻戦』を見た。
そしてまんまとファンになったわけだが。
どこが私をそうさせたのかというと、なんといってもあの名シーン、、
アニメ9話の中で、元人間の呪霊を祓う際、
サラリーマンと呪術師の人生経験をもつ
ナナミンこと七海先生こと七海建人が、
虎杖を子どもとして扱い、放った言葉が印象的だった。
君はいくつか死線を越えてきた。
でもそれで大人になったわけじゃない。
枕元の抜け毛が増えていたり、
お気に入りの惣菜パンがコンビニから姿を消したり、
そういう小さな絶望の積み重ねが、
人を大人にするのです。
七海先生よぉ、、大人やなぁ、、、。
私自身はどんな小さな絶望を積み重ねてきたんだろうか、そう振り返らずにはいられなかった。
私の小さな絶望というと、
フェイスラインにできたニキビ(吹出物)の治りが遅かったり、
自分の誕生日に疎くなったり、
クリスマスが楽しみではなくなったり、
そういうところだろうか。
世の大人たちは、どんな小さな絶望を積み重ねてきたのだろうか、、、。
共感し合えるのだろうか。
そもそも大人とはいつからかを定義するものってあっただろうか。
選挙権をもち、成人式も行われることになった18歳か、
それとも、お酒や煙草が合法になる20歳か、
将又、社会人として働き始め、社会の厳しさとやらを知った時なのか。
大抵は成人したらという共通認識を持ってはいるだろう。
しかし、
大人になったと定義するものが、それぞれの感覚で変わってくるというのも事実で、
自分は本当に大人になれたんだろうかと、ふと考える瞬間がある。
そういう曖昧なものに、
人生の中で起こる大きな節目よりも、
歳を重ねる中でこそ気づく小さな絶望に焦点をあて、大人になるとはどういうことかを分かりやすく教える七海先生の言葉に惚れたのだ。
自分を大人だと自覚し、
人生の先輩としての余裕ある背中を見せつける、
そんな姿に惚れたのだ。
また好きな人物が増えた。
こんな孤独時間はいいなぁ、そう思った。