法廷通訳人という仕事
最近、「外国人が不起訴ばかりになる」という話題をインターネットでよく目にするようになった。
しかし、外国人が逮捕され、取り調べや裁判を受ける際に欠かせない存在がいることをご存じだろうか。それが「法廷通訳人」だ。彼らは、被疑者や証人が母語で話した内容を正確に裁判官や弁護士に伝える重要な役割を担っている。しかし、この法廷通訳人をめぐる課題が、日本の司法における深刻な問題につながっている。
そんな司法における大事な要素のひとつである法廷通訳人を知ってる人は、正直多くないだろう。
私が考える問題点、AIは代わりになるのかなどを書いていきたい。
そもそも法廷通訳人とは何なのか
裁判や取り調べの場で、日本語を十分に理解できない被告人や証人、被害者の言葉を正確に翻訳する「法廷通訳人」という仕事がある。彼らは、司法の場で言語の壁を越えるために欠かせない存在であり、司法手続きの公平性を保つ重要な役割を担っている。
法廷通訳人の仕事は単なる翻訳とは大きく異なる。裁判の場では、専門的な法律用語や微妙なニュアンスを正確に伝えることが求められる。たとえば、「自白」や「供述」といった法律用語を、日本語を話さない人が理解しやすいように訳すのは至難の業だ。さらに、話し手の文化的背景や価値観を考慮した調整も必要になる。
法廷通訳人には高度な日本語能力と対象言語のスキルだけでなく、法律の知識、中立性、そして心理的な強さが求められる。なぜなら、通訳する内容には暴力事件や性犯罪など、精神的に負担のかかるものが含まれることも少なくないからだ。リアルタイムで行う通訳では一瞬の判断力が求められ、正確さが結果に大きな影響を与える場面もある。
法廷通訳人が足りないとどうなるのか?
法廷通訳人が不足している場合、日本語がわからない、話せない被疑者の取り調べが非常に困難になる。言葉の壁があると、被疑者が自分の意図や重要な情報を正確に伝えることができず、その結果、不正確な供述や誤解を招いてしまうことになってしまう。
さらに、仮に翻訳機を使って取り調べを進める場合でも、単純な言葉の翻訳だけでは問題が解決しない。翻訳機は言葉の意味を直訳することはできるが、微妙なニュアンスや文化的背景の違いを反映することは難しいのが現実である。
特に法的な文脈では、言葉に込められた意図や感情を正確に伝えることが求められます。もし翻訳機に頼ることになれば、その調書がどれほど正確で公平なものになるのか疑問が残ってしまう。
その結果、裁判においてその証言がどれほど信頼できるのかという問題が生じ、裁判の公正さが危ぶまれる可能性が出てくる。言葉の壁によって誤解が生じると、正しい判決を下すことが難しくなり、司法の信頼性にも影響を及ぼすことになります。通訳人の不足は、ただの人手不足の問題ではなく、法的な公正と正義を守るために解決すべき重要な課題だと言えるだろう。
なぜ人手不足がおきているのか?
これに関しては一つの理由だけではなく、いろんな要因があると思うが主に考えられることを4つ挙げる。
1.専門知識の習得が必要
一般的な言語スキルだけでなく、法律用語や裁判手続きの知識が必須。また、文化的背景の理解も求められ、誤訳が許されないプレッシャーが大きい。
2.報酬の割に負担が大きい
通訳の質が裁判の公平性に直結するため、準備や責任の重さが大きい仕事である。しかし、ほかの通訳業務(ビジネス通訳や同時通訳)に比べて報酬が低いため、あえて法廷通訳を選ぶ人は正直少ない。
3.キャリアパスが限られる
法廷通訳人は案件ごとに働くケースが多く、長期的な雇用の安定性に欠ける。他の分野(翻訳や教育など)の通訳業務では、より多様なキャリア形成が可能。
4.精神的な負担
犯罪やトラウマに関わる話題を通訳する場面が多く、精神的に消耗することがある。こうした環境で働くことを避けたいと考える人も少なくはないだろう。私もそうである。
2の報酬の割に負担が大きいというのは、個人的に大きな位置を占めていて、そこを変えないと私はやりたくないし増えないだろうなとおもっている。
たとえば、商談や国際会議での通訳(ビジネス通訳や同時通訳)では、時給が数万円に達することもある。また、仕事内容も法廷通訳より多様で、働く場所や案件を選びやすいのも魅力。キャリアにもなる。
こうした魅力的な選択肢がある中、わざわざ低報酬かつ負担の大きい法廷通訳を目指す人が少ないと個人的に思う。
司法における大切な役割の一つであり、素晴らしい仕事であるが、それだけでは人間は生きていけない。
どうすれば法廷通訳人は増えるのか
現状の問題点を私なりに挙げたところで、どうすれば潤沢に法廷通訳人が増えて円滑に取り調べや裁判ができるのか考えてみたが、なかなか非現実的ではある。
1.報酬の大幅引き上げ
責任と専門性に見合った適切な報酬があれば、優秀な人材を引きつけられる可能性が高まる。兎にも角にも金である。
2.資格制度の確立とキャリア支援
資格制度を導入し、法廷通訳人の地位を専門職として明確にする。個人的には国家資格化してもいいと思う。
また、長期的なキャリアパスを提供できるよう、研修や継続教育の充実を図る。
3.社会的認知の向上
法廷通訳人の重要性や専門性を広く社会にアピールし、仕事への理解と敬意を深めてもらう。
現状では、スキルのある通訳者にとって法廷通訳は「選ばれにくい職業」であるが、待遇改善や制度改革が進めば、もっと多くの人が目指す道になるかもしれない。それが結果的に司法の公正性や効率性の向上にもつながるのだ。
法廷通訳人の報酬について
人手不足の原因として挙げた理由の中で、私が特に強調したいのは報酬の低さとキャリア形成のしにくさである。
1.単価制の報酬
日本の法廷通訳人は案件ごとに報酬が支払われることが多く、日当は1~2万円程度が一般的。通訳内容の難易度や拘束時間に対して、適正な報酬が十分に支払われていないケースが多い。
2.拘束時間に見合わない
裁判や取り調べに伴う拘束時間が長いにもかかわらず、報酬は時給換算すると非常に低くなる場合があります。さらに、準備時間(専門用語の調査など)は報酬に含まれないことがほとんど。ブラックすぎる。
3.専門性に対して不十分な待遇
法律用語や専門的な知識が必要で、スキルの習得に時間と努力が求められるにもかかわらず、他の専門職(医師や弁護士など)と比べて圧倒的に低い報酬水準。
なぜ給料が安いのか?
1.法的な位置づけが曖昧
法廷通訳人は「国家資格」ではなく、裁判所が依頼する「登録制」のため、正規雇用ではない。そのため、安定した収入を得るのが難しい状況におかれる。
2.予算の制約
裁判所の予算が限られているため、通訳人への報酬が抑えられる傾向がある。裁判所は案件数が増えても予算を増やすのが難しく、経費を圧縮する方向に進むことが多い。
3.認知度の低さ
法廷通訳人の重要性や専門性が一般に広く理解されていないため、待遇改善の声があまり上がらない状況がある。
法廷通訳人の不足は、裁判や取り調べの遅延を引き起こす原因にもなっている。通訳者が足りないことで、必要な場面で通訳が提供できず、手続きが予定通り進まないことがあるだろう。
さらに、通訳の質が低下すると、誤訳や不十分な通訳が被告人の権利を侵害するリスクを高めることになる。特に法的な場面では、一言一句が重要であり、微細なニュアンスが誤って伝わるだけで、大きな問題を引き起こすことになる。
その結果として、不当な不起訴や冤罪につながる可能性も出てくる。正確で公平な通訳が行われなければ、司法の公正性が損なわれ、誤った判断が下される恐れがあるため、通訳人の不足は決して軽視できない問題である。
AIが代わりになり得るのか
将来的には、AIが法廷通訳を担う可能性もあるが、完全に人間を置き換えるのはまだ難しい部分が多い。
ただし、技術の進歩により、一定の役割を果たせるようになる可能性は高いとは思っている。
AIが法廷通訳を担う可能性
1.言語処理技術の進化
自然言語処理(NLP)や翻訳アルゴリズムは急速に進化している。すでにDeepLやGoogle翻訳などが日常的な翻訳で高い精度を示しており、法的な専門用語への対応も進められている。
2.大量データによる学習
過去の裁判記録や法律用語を学習させることで、AIは法廷で使われる特定の言い回しや表現に適応することが可能。
3.リアルタイム通訳の実現
音声認識と同時通訳技術を組み合わせれば、リアルタイムでの通訳が可能になる。たとえば、Zoomなどのオンライン会議システムでは、すでにAI通訳が試験的に導入されている。
4.コストの削減
AIは長時間働くことが可能で、通訳者不足や報酬問題を解消する助けになる。
AIが抱える課題
1.ニュアンスや文脈の理解
AIはまだ人間のように微妙なニュアンスや文脈を理解することが難しい。特に、曖昧な発言や文化的な背景に基づく表現を正確に訳すのはチャレンジング。
2.倫理的・法的問題
誤訳が発生した場合の責任は誰が負うのかという課題がでてくる。AIを使用してミスが起きた際、被告人や証人の権利をどう守るのかが議論の焦点。
3.中立性と信頼性
AIが公平で中立的な判断をするプログラムであると証明するためには、透明性が必要。しかし、アルゴリズムのバイアスやデータセットの偏りが課題。
4.非言語的要素の欠如
話し手のトーンや感情、表情から意図を汲み取る能力はAIにはまだないだろう。これが裁判での重要な要素になる場合、人間の介入が必要。
5.未知の言語や方言への対応
世界には多数の言語や方言があり、AIがそれら全てを高い精度で対応するのは現時点では難しい。
AIと人間の共存が現実的
AIが法廷通訳の完全な代替となるのではなく、人間の通訳者を補完する役割を果たす方向が現実的。
・事前翻訳や予備的な通訳
AIが証拠書類や調書の下訳を行い、人間の通訳者が最終確認をする。
・言語サポートツールとしての活用
通訳者が未対応の言語に直面した場合、AIがサポートする。
・リアルタイムの補助
AIが簡易的な通訳を行い、人間がその内容を補足・修正することで、効率を向上させる。
最終的な展望
AIが法廷通訳の大部分を担える未来が来る可能性はありますが、「完全に人間を排除する」よりも「人間と協働する」形が現実的。特に、重要な裁判や複雑な案件では、最後の責任を持つのは人間であるべきだという意見が多い。
技術が進歩することで、法廷通訳の現場が効率化し、人材不足やコストの問題が緩和されることを期待できるが、それでも「人間の判断力」と「倫理観」が求められる領域は残り続けるだろう。
文化的背景を理解する必要性
法廷通訳人が文化的背景を理解する必要があるのは、単なる言葉の翻訳だけでは十分に伝わらない微妙なニュアンスや社会的・文化的な文脈が存在するから。
特に、法廷のような公式で重要な場面では、言葉の選び方や発言の意味が結果に大きな影響を与えることがあるため、文化的な理解が不可欠となる。
そこをどうAIで解決していくかは、今後のAI活用における問題の一つであると考える。
1. 言葉の意味が文化によって異なる場合がある
同じ言葉でも、異なる文化圏で異なる意味を持つことがある。例えば、日本語で「申し訳ありません」という表現は、謝罪の意味を強く持つが、他の言語(例えば英語)の「I’m sorry」は、謝罪だけでなく、感情を表現する場面でも使われることがある。このような文化的背景を理解しないと、通訳が誤解を生む可能性がある。
2. 非言語的コミュニケーション
言語に依存しない**非言語的な表現(ジェスチャー、顔の表情、身体の動き)**も文化によって意味が大きく異なってくる。
例えば、ある文化では目を見て話すことが信頼の証とされる一方、別の文化では目を見つめることが失礼と見なされることもあります。法廷では、発言者が使う非言語的なシグナルも重要な意味を持ち、通訳者はその違いを理解して伝える必要がある。
3. 法的システムや社会的背景の違い
文化的背景によって、法的な概念や社会的な慣習が異なる。例えば、ある国では自白の強要が法的に問題視される一方、別の国では捜査や取り調べでの慣習が異なる場合があります。通訳者は、その国の法制度や文化における「常識」や「理解」を考慮して、話し手が伝えようとしていることを適切に解釈する必要がある。
4. 言い回しや敬語の使い方
特に日本語などの敬語を使う言語では、敬意を示すための言葉遣いや表現方法が厳密に決まっていますが、他の言語では敬語の概念がなかったり、使い方が大きく異なったりする。
例えば、日本では目上の人に対して過度に遠慮した表現を使うことが一般的ですが、他の文化ではそれが過剰に感じられる場合があります。法廷ではこのような敬意を払う言葉を文化的に正しく伝えるために、通訳者の理解が欠かせない。
5. 訴訟当事者の心情や価値観の違い
異なる文化圏から来た被告人や証人が発言する際、その心情や意図を適切に理解しないと、誤解を招く可能性がでてくる。例えば、ある文化では、自己防衛のために強い言い回しや反論を行うことが一般的でも、他の文化ではそれが挑戦的・不誠実と受け取られることがある。
通訳者は、発言の背景にある文化的価値観や社会的文脈を理解し、適切な翻訳を行う必要がある。
6. 文化に基づいた偏見の可能性
文化的な背景を理解していない通訳者が、無意識のうちに文化的偏見や誤解を翻訳に反映させてしまうリスクも考える必要がある。
例えば、ある文化で尊敬されている行動が、別の文化では不快に思われることがあるだろう。通訳者は自分の文化的偏見を取り払い、発言者が何を意図しているのかを公正に伝える責任がある。
諸外国に法廷通訳人はいるのか
外国にも法廷通訳人は存在するが、国や地域によって制度や運用方法が大きく異なる。
以下に、主な国々の状況をまとめました。
アメリカ
・制度の整備
アメリカでは「法廷通訳人認定プログラム (Court Interpreter Certification Program)」が各州で整備されています。連邦裁判所には**国家認定法廷通訳人制度 (Federal Court Interpreter Certification Examination, FCICE)**もあります。
・必要性
アメリカは移民が多いため、多言語対応のニーズが非常に高く、スペイン語通訳が最も求められています。他にも中国語、ベトナム語、アラビア語など多様な言語が必要です。
・資格と待遇
法廷通訳人になるには厳しい試験をクリアする必要がありますが、報酬は比較的高め(時給40~150ドル)であり、専門職としての地位が確立されています。
イギリス
・専門的な登録制度
イギリスでは「国家通訳者登録サービス (National Register of Public Service Interpreters, NRPSI)」に登録された通訳者が法廷で活動します。
公共サービスの一環として扱われており、警察や裁判所での通訳が含まれます。
・待遇
通訳料は1時間あたり約25~35ポンドとされていますが、近年では予算削減の影響で低報酬や非専門通訳者の採用が問題視されています。
ドイツ
・法廷通訳人の国家認定
ドイツでは「法廷通訳人登録制度」があり、国家試験に合格した通訳者が裁判で通訳を行います。
通訳者は裁判所に正式に登録されており、信頼性が高い。
・言語の多様性
ドイツも移民が多く、アラビア語やトルコ語などの通訳が特に求められています。
・待遇
1時間あたり50~70ユーロ程度とされており、比較的安定した収入が得られます。
フランス
・裁判所公認通訳者制度
フランスでは「裁判所公認通訳者(traducteur interprète assermenté)」という資格制度があります。この資格を取得すると、公的な通訳業務ができるようになります。
・資格要件
フランス語と対象言語に堪能であることに加え、法律の知識や通訳技術の試験に合格する必要があります。通訳者は裁判所の名簿に登録され、必要に応じて呼ばれます。
・課題
他国と同様、予算削減や低報酬の問題があり、一部では質の低い通訳が裁判の公平性を損なう懸念が指摘されています。
日本との違い
1.報酬と待遇
海外では通訳人の報酬が高めで、専門職としての地位が確立されている国が多い。日本では報酬が低く、専門性に対して評価が不十分。
2.制度の整備度合い
アメリカやドイツでは国家試験や認定制度が整っており、質の高い通訳が保証されている。一方で、日本では通訳人の資格制度が法的に義務付けられておらず、基準が曖昧。
3.多言語対応の文化
多民族国家であるアメリカやヨーロッパでは、通訳は司法だけでなく日常生活にも根付いており、日本よりも社会的な需要が高い。
まとめ
法廷通訳人の不足は、単なる人手不足にとどまらず、司法の公正性や信頼性に深刻な影響を与える問題です。取り調べや裁判において、外国語を話す被疑者や証人が自分の意図や重要な情報を正確に伝えられないことは、その後の判決に大きな影響を与える可能性がある。
通訳の質が低下すれば、誤訳や誤解を招き、不当な不起訴や冤罪に繋がるリスクも避けられません。
日本はこれから移民政策を進め、ますます多文化・多言語社会が進行していく中で、法廷通訳人の役割はますます重要になるでしょう。現状、日本では法廷通訳人という職業がまだ十分に認知されておらず、その待遇や支援が不十分であることが、制度としての整備が遅れている要因です。
しかし、これは解決しなければならない問題です。
外国では、法廷通訳人の制度が整備され、専門職としての地位や待遇が向上している国が多くあります。それに対し、日本では通訳人の待遇が低く、仕事量やプレッシャーに見合った報酬が支払われていない現状があります。これから多様性が進む社会で、法廷通訳人の役割がますます求められる中で、専門職としての地位向上や制度の整備は急務であると言えるでしょう。
司法の公正を守り、誤解や不当な扱いを避けるためにも、法廷通訳人が安心してその職務を全うできる環境を整えることが重要です。司法の透明性と信頼性を保つためには、今こそこの問題に真正面から向き合い、より良い制度作りが必要だと強く感じます。