しあわせなピース
たったひとつのピースがはまったことで、
パズルがタンタンタンッと完成に近づくことがある。
運命とか、縁とか、
そういうのを組み上げている存在があるとすれば、
このパズルに私をはめた瞬間、
ちょっとテンションが上がったことだろう。
浪人するほどお勉強好きじゃなーい。
ひとり暮らしはしてみたーい。
そんなお気楽受験生が、
理系科目が壊滅したセンター試験の結果を
そっと握りつぶしながら
赤本の隙間から見つけてきた、
得意科目一本で勝負できる
家からは絶対通えない距離!の志望校。
そこは、父の母校であった。
合格した時の父のよろこびは相当なもので、
あまりのよろこびように
私が若干引いてしまったために、
わりと仲が良かったはずの私と父は、
家を離れる直前という感慨深い時期を
ちょっと微妙な距離感ですごした。
その微妙な感じを引きずったまま、
新しい、楽しい生活に突入してしまった私は、
しばらく両親に対して興味を失っていた。
ふたりでよく信州に出没してるなぁという
雰囲気を感じながら、
予定が合わずにすれ違ったりしているうちに
両親は両親で旧交を温め、
温泉巡りにはまり、お気に入りの蕎麦屋をみつけ、
学生時代に行った店を食べ歩き、
私の知らないところで信州になじんでいった。
一番よく顔を出していたのは
まだご健在だった和田先生の奥様とかづ子さんのところで、
自転車で15分ほどしか離れていない私より、
両親の方がしょっちゅう遊びに行っていた。
学年が上がって、私が松本をはなれた後、
奥様は亡くなってしまったのだけど、
「もう温泉はいらないから」
と、かづ子さんが手放そうとした引湯権を
父が買ったと聞いた時、
びっくりしたのは私ひとりだった。
かくして父は、
自宅から車で5時間かかる山小屋の管理人に就任した。
そして、この距離をものともせず
足しげく通うことになる。
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