澤村が一から拓く、新時代
”読売ジャイアンツ
第1回選択希望選手
澤村拓一 22歳
投手 中央大学”
2010年10月にその指名アナウンスを見届けてから10年の月日が経つ。
巨人の澤村がロッテの澤村に。
まさか”あの”澤村が千葉ロッテのユニフォームを着て投げ込むことになるなんで誰が想像できただろう?
「佑ちゃん世代、成り上がりの星」の如く現れた中央大学ドラ1候補投手はそれはそれはキラキラと、いやギラギラと訝しく輝いていたと記憶してる。
佐野日大から中央大学へ入学。高校時代は無名ながらも、”Mrストイック”と呼ばれるほどの徹底したトレーニングで鍛え上げられたその体躯。そしてその鍛え抜かれた体から放たれるボールは気持ちよさそうにキャッチャーミットに収まっていく。
まるで”水を得た魚”、いや言うなれば”指を得たボール”。
ボールが空気を切り裂くその音はもはやボール自身の喜びの声。
そのくらいの圧倒的で制圧する投球スタイルが印象的だった。
【何か好きなものを一つ見つけて、それをとことんやりなさい】
これが自分自身が親に言われた言葉の中で一番強く印象に残っている。
当時の澤村自身の生き様を見たときに、初めて自分はその言葉の意味を再確認した。そんな個人的なエピソードも相まって”気になる選手の一人”であった。
そして【ロッテ澤村】となってからの大活躍。
もちろん本人の本当の胸の内は知る由もないが、彼自身も今の環境は大満足じゃないか。そう思っている。
なぜなら【好きなものをとことんやり続けている】から。
以前にも別途書いたことはあるがあくまで野球選手は【株式会社日本プロ野球】に就職していて、チームはいわば”配属先”であるのだと。
だから見方によっては”同じ会社の違う部署への異動”という捉え方ができる。ただその”異動の仕方”自体が過去と違っているだけ。
例えるならば、誰もが憧れるエース部署からちょっと牧歌的な部署へ異動する、、、みたいな感じ。
一昔であれば「あー、あいつもこれで出世コースから外れたな。」的な趣が漂ったのかもしれないが、今はもう令和の新時代。
そうではなく「自分にフィットする環境があるなら、それはアリだよね。」という風潮に変わりつつあるように思う。
ある種プロ野球というのは社会を写す鏡的な役割もあるとするのであれば、個人的にはこういう”多様性の許容”が感じられたのは、一般のいちサラリーマン社会で生きる自分にとっても心強く感じるところである。
コロナという未曾有の社会的変化に対応するために色々と試行錯誤が続く世の中の中で【好きなことをとことんやり続けている】澤村の姿から学べるべきことも多い気がしている。
そして入場制限が動員数の50%までOKとなった今、早く「ロッテ・澤村」の勇姿を見に行きたくてソワソワしている。
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