見出し画像

「思い出なんかいらん」

「思い出なんかいらん」
古舘春一原作・集英社『ハイキュー!!』に登場する、兵庫県代表・稲荷崎高校のスローガン。

一見、乱暴で粗雑、「過去の思い出なんか捨ててしまえ」といったような、無鉄砲な言葉のように見える。
最初に読んだ時は、随分と尖ったスローガンやなぁ、くらいにしか思ってなかった。

けど、原作を何周も読んで、稲荷崎のメンバーの生き様に触れて、少しずつ咀嚼することが出来たような気がする。

今では、名言の宝庫とも言える『ハイキュー!!』に登場する言葉の中でも、上位に入るくらい好きな言葉になった。

自分が大事にしている、大学時代の監督がいつも言っていた「現状維持は衰退」に本質的に近い言葉。
そう思うようになってからは、自分の人生でこれからも大事にしていくであろう言葉のひとつになった。


©集英社/古舘春一『ハイキュー!!』ジャンプコミックス32巻 28頁・29頁より

稲荷崎高校・黒須則宗監督が、理石平介(りせき へいすけ/ 1年・WS)にかけた言葉。

控えの1年生ながら強力なジャンプサーブを武器に持つ理石をピンチサーバーとして投入したものの、中学時代もずっと控えだった彼は春高全国大会という大舞台にビビって、「確実に入れていく」弱気のサーブを見せてしまう。
その理石に、もう一度チャンスを与えるべくベンチに呼んだ時にかけた言葉。

※春高…毎年1月に開催される「ジャパネット杯 春の高校バレー 全日本バレーボール高等学校選手権大会」、通称「春高バレー」のこと。


「世界一の奴らかて 同じことずーっとやっとったら すぐ世界一から引きずり下ろされんねん」

まさに、「現状維持は衰退」を具体的に示した言葉。
例え世界一の選手・チームであろうと、次に進むことから逃げて現状維持を続けていたら、進化することを躊躇わない奴らにすぐに抜かされる、といった具合だろうか。

「日本一にもなってへん俺らが 去年を・昨日を守って明日何になれる?」
「何かひとつでいい  今日  挑戦しいや」

世界一であっても、進歩を捨てて守るべきものなんてない。なら、日本一にすらなっていない自分らに、守るべき「去年」や「昨日」なんて無い。
「昨日」にすがることなく、「今日」に向き合って、「今日」挑戦しろ。

監督として、「思い出なんかいらん」を平易かつ具体的な言葉で選手に伝えた場面。

この試合、2度目のピンチサーバーとしてこの言葉と共に送り出された理石は、「今日 挑戦しいや」を脳裏に浮かべながら強烈なサーブを繰り出し、見事なノータッチエースを決める。

※ノータッチエース…相手選手が触れることなく、サービスエース(サーブによる得点)となること。

©集英社/古舘春一『ハイキュー!!』ジャンプコミックス32巻 30頁・31頁より

後日談として、最上級生となった3年次の春高では、ベストサーバー賞を受賞したことが描かれている。
彼はきっと、この経験を機に、「今日」と向き合って挑戦し続けたのだろう。


監督や理石だけではない。
この言葉を大事にし、体現し続けたことを描かれている選手がもう一人いる。

「高校最強ツインズ」と言われた双子の片割れ、宮侑(みや あつむ/ 2年・S)。

©集英社/古舘春一『ハイキュー!!』ジャンプコミックス32巻 41頁・42頁より

夏に行われたインターハイで全国準優勝を果たした稲荷崎高校だが、それは「昨日のこと」だと割り切る侑。
全国大会準優勝は紛れもなく誇れる成績であり、「俺らは全国2位なんや」という自負、あるいは驕りがあったとしてもおかしくない。

けれど、侑にとって、稲荷崎のメンバーにとっては、それはもう「昨日」のこと。「昨日」はすべて「過去」のこと。

「"昨日"はもう消化した  "たくさんの昨日"はもう筋肉になっとる」
「"今日"何をする?」

彼らにとっての「昨日」は、今を生きる自分の血肉となっていて、自分の一部となった。だから、今見ているのは過去のことなんかではなく、「明日」の未来のこと。考えているのは、「今日」何をするか。

侑や稲荷崎のメンバーにとって、インターハイ準優勝という「思い出」は「昨日のこと」であり、それは今を生きる自分を形づくっている一部でしかない。

「思い出」=「昨日」であり、それは同時に「今日」のこと。綺麗な思い出のまま大事にとっておいても、それは単なる過去のことでしかない。
でも、ただの過去として今と切り離して考えるのではなく、それはもう自分のものにしたということ。
だから、彼らが考えているのは「昨日」ではなく「今日」のこと。



冷静に物事を俯瞰して見ているような描写が多い双子の治(おさむ/ 2年・WS)と対比するように、お調子者で突っ走りがちな性格であるように描かれている侑だが、この言葉に対しては理性的に向き合っているように見える。

©集英社/古舘春一『ハイキュー!!』ジャンプコミックス44巻 143頁・144頁より

プロになった侑が、この言葉をより噛み砕いて、自分のモノにすることができたであろうことが伺える場面。

「バレーボールの「思い出」なんか1個もない」
「ぜんぶ ここにあんねん」

きっと、彼なりに向き合い続けて出した答え。
「昨日のこと」である「思い出」なんか無い。「思い出」はもう過去のことではなく、ぜんぶ、「今日」この瞬間を生きる自分そのものである。
だから、過去に置いてきた思い出なんか1個も無い。全部、今ここにある。

「思い出なんかいらん」と言っておきながら、「思い出」を捨てているわけではない、むしろ自分の一部として「思い出」を大事にしている。
「昨日」というのは「今日」と繋がっていて、「昨日」があるから「今日」がある。

矛盾しているようだが、冷静に噛み砕いていくと実はそうではない、奥が深い言葉。
感情的なようで、とても理性的な言葉。


漫画の中の世界の彼らは、今この瞬間も「今日」を生き続けている。

「思い出なんかいらん」から、「昨日」のことは全部「今日」の自分の力に変えて、「明日」どうなりたいかを考える。

落ち込んだ時、前に進めない時、今と向き合う大切さを教えてくれる言葉。

さあ、「今日」も頑張ろうか。今を生きようじゃないか。
「今日」は、何をしようか?「明日」は、何者になる?

©集英社/古舘春一『ハイキュー!!』ジャンプコミックス33巻 193頁 「番外編2」より

#ハイキュー
#古舘春一

#思い出なんかいらん
#稲荷崎高校
#宮侑

#昨日
#今日
#明日
#今を生きる

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?