暑さの中に涼しさを感じた瞬間
INNOCENCE
ライブの7割バッター「彼女の”Modern・・・”」のカップリング。当時は、なぜ「INNOCENCE」が表題曲ではないのかを言われたなんて話を聞いたことがある。失礼な発言だと思うけれど、多くの人の理解を得られそうなのは、「INNOCENCE」の方だろう。ただ、ヴィジュアル系と呼ばれるバンドの楽曲としてはいささか尖りのなさを感じる。パンチに欠けるというやつか。でもそれもあくまで、ヴィジュアル系であることを前提とした話。純粋に良い曲だと思う。そして、この楽曲20代前半で作り、演奏することができるのもバンド力があってこそだと思ったりもする。
TERUの伸びやかな声がスーーーーと伸びていく感覚はあるが、激しく緩急のある楽曲ではなく、どちらかというと、楽曲の進み方は割と凹凸が少なく、ライブでノリが難しい楽曲。ただ、少々淡々と凪の状態で楽曲が進展していくため、ここという盛り上がりもないので、それこそぼーっと空を眺めていたい時のBGMとしては大変秀逸だと思う。
そして、この記事を書くにあたり、あたらめて「INNOCENCE」を聴いた時にグワッと24年前の記憶の映像が戻ってきた。そう、この楽曲の時、まだまだ陽は落ちていないものの、ちょっと雲で霞みがかった空が夕日で綺麗で、そんな雰囲気に泣きそうになったことを思い出した。ちょうど、そのくらいの時間帯の夏の空を眺めながら聴くことが涙腺を刺激する。セットリストの「INNOCENCE」の置きどころもそう思うと見事だと思う。歌詞の「浮かんで消える」という表現まで含め、すべてが一直線につながっているようにすら感じる。
イントロのギターが静かに一音一音を奏でていくスピードと、空が時間の流れによって少しずつ深い色に変わっていくスピードがちょうど同じくらいに感じられるからこそ、ちょうど夕暮れ時の時間の流れに身を任せて痛い時間にマッチしていると感じられるのか。無駄に抑揚がなく、すーっと流れていくメロディは、華美ではないが、引き算の美学のようなものさえ感じる。
麗しいほどにきらびやかな美しさだけではなく、主張はしないが心を穏やかにしてくれる存在は、心の奥にもスッと入り込んで、穴を埋めてくれる。だからこそ、いざという時に立ち上がれる強さを手に入れることができる。
音楽の構造的な秀逸さはわからないが、この楽曲ができることを世に知らしめることができたGLAYは、もうその時から、大衆を相手にしていかねばらない運命のようなものを背負ったのではないか。
この楽曲そのものは、GLAYの代表曲とはいえないが、GLAYがもつある側面を伝えるには、十分すぎる役割を「INNOCENCE」は担っていると思う。
MVもまた、嵐が去ったあとのような穏やかな時間を想像させる内容になっている。恥ずかしながら、これを書くにあたり、初めて観ました・・・
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