欲しいのは過剰な励ましでもド派手なエールでもない
笑顔の多い日ばかりじゃない
こんなにもストレートに、そして心に入り込んでくれるタイトルの楽曲をいわゆる「ヴィジュアル系」と言われた人が歌うのか。「生きてく強さ」に匹敵するようなタイトルだが、こういうところがGLAYの素敵なところ。
そして、学生の時に聴いた「笑顔の多い日ばかりじゃない」よりも、社会に出た後に聴く「笑顔の多い日ばかりじゃない」の方が、心の拠り所になっているということ。音楽は映像だけれども、映像に対する感情も、場合によっては映像そのものも年を追うごとに変化しているということ。歳を重ねても、ある楽曲に心を救われ、心を癒され、心を動かされる経験ができることの幸福さに今も尚、浸っている。
正直、初めて聴いた時は、こんなにも長きにわたり、自身の心の拠り所になる存在になるとは思ってもみなかった。ストレートな言葉の中に散りばめられているリスナーへのエールを捉えきれてなかったのかもしれないし、ポップさがなんとなく、その重みを消してしまっているように感じられたのかもしれない。しかし、このポップによって、ある意味では言葉に一層の重みというか、重要さを持たせているようにも思える。あえてのポップさ。エンタメへの昇華。だからこそ、その楽しい雰囲気の中にあるストレートなエールの言葉たちが心の隙間にすっと入ってくる。
ツインギターがどちらかがメインを張るということではなく、それぞれがお互いを立てながら、それでも自分の仕事をきっちりと全うしている感じ、その優等生感もまた、楽曲がポップでありながらも、心に寄り添ってくれる一助になっているように感じる。
エールと表現しているものの、歌詞だけ見てすぐ理解できる言葉としてのエールでは決してない。そこが、年齢を重ねた時に響いてくるポイント。上っ面の励ましの言葉ではなく、「そうそう、そうなんだよ」と一緒に愚痴ってくれるような、積み重ねの中で重くのしかかるものに対する煩わしさのようなものをそっと横で振り払ってくれるような、時には何も言わずにすっと隣に座ってくれているような、そんな歌詞。だからこそ、社会の荒波に揉まれた時に、そばにいてもらいたい曲。派手なパフォーマンスはいらないし、過剰な共感もいらないから、せめてこの楽曲は、自分の味方でいてもらいたい。そうすれば、今日は早めに寝て、また明日から何気ない顔をして1日を始められる。
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