2人のギタリスト同士の掛け合いは必見
傷だらけの太陽
この楽曲は、映像の強さが先にくる。
アルバムツアーの時の演出。間奏のギターは、TAKUROとHISASHIそれぞれがメインを弾き合っていく(こういう手法があるのだろうが、恥ずかしながら知らない・・・・)。その際に、メインを弾いている方を照明が光をもたらすわけだが、HISASHIには赤い光を、TAKUROにも青い光を届け、それぞれのギタープレイをより際立たせる。
※記憶だけでは心許ないので、久しぶりに映像を再度観てみると、イントロから、赤青それぞれの照明が煌々とHISASHIとTAKUROをステージ上に映し出していた。今更ながら、そこから鳥肌もの。
ライブバンドであり、何よりメンバーがバンドが好き、ライブが好き(HISASHIはもともとレコーディングの方が好きだと豪語しているが)なGLAYは、そりゃTERUの歌が一番であることは、他のメンバー全会一致であるが、やっぱりバンドとして魅せることにこだわりがある。他のバンドのライブに行って思うのは、GLAYって本当にギターソロとかベースソロとかの時間/コーナーが極端に少ない。イベント的にやっていた公演があったり、ひとつのイベント的要素としてメンバーの誰かがちょっとした企画をやったりすることもあるが、基本はバンド演奏ばかり。メンバー全員でなければできないことをしっかりと見せる、魅せる。その中で、ギターやベースが中心となりうる楽曲もあり、ライブの盛り上がり要素の一つとなっている。
この時のツアーのギターの見せ場は、圧倒的にこの楽曲だと思う。TERUもアコギを持っているので、それぞれの特徴的なギターの音が、楽曲に深みやユニークさをもたらしている。
HISASHIのギターは、間奏まではずっと一定のリズムで音階を行ったり来たりしている。HISASHIのギターとしては珍しく、キュイーンをあえて封じている感じ。淡々と、でもどんどん感情がのってくるような演奏。TAKUROは、つもながら、HISASHIのギターの裏の方で、玄人たちの好物であるようなギターを鳴らす。ただ、間奏になると、HISASHIのフレーズに対抗するような、でも同じ世界線で闘っているわけではないアプローチで、そのギャップにすっかりのめり込む。そこに、シンプルだけれど、力強いTERUのアコギ。優しい音だけではなく、ちゃんとその背中を示してくれるような信頼のおけるギター。この3様のギターが、楽曲を3次元の全く異なる方向にベクトルを向け、そこに大きな布をかぶせ、その表面積という可能性の広さを感じずに入られなくなる。
そして、ギターだけではない。アウトロ(これはライブver?)の
JIROのベース。この楽曲の中ではHISASHIとのユニゾン(階層が違うか?)ベースを弾いてギターを際立たせたり、曲中でも目立った動きをしないのに、アウトロのベースが、ベースらしからぬちょっとした物悲しさを、儚さを残したようなメロディラインに魅せられる。それも最後の最後に。あそこまでギターギターしている楽曲なのに、最後をベースで固めるセンスよ。
もし、ライブでまたやることがあれば、照明使いにより注目しちゃいます!
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