私的デジタル教材開発史(2)苅宿実践と脳の鏡
苅宿実践
JAPETの一員として港区立神応小学校で苅宿俊文氏の授業を拝見したことがある。
「学校の授業とは、学習指導要領に定められた教科内容に基づいて行うもの」という意識からは、とても理解し難い授業でした。
「教育科学研究」第13号 1994年7月号で法政大学の坂本旬氏が「情報教育」と生活主義ーー「苅宿実践」は何をもたらしたかーーで苅宿実践が何かを報告されている。
■1学期はビデオカメラとコンピュータを使った実践、2学期は「こだわり地図」という地域の地図をコンピュータでつくること、12月には海外との交流ーーハイパーカードでクリスマスカードをつくって交換する。
今思いだすと、私が見た授業はこだわり地図をつくる前に、各自がこだわっているものは何かと発表をしている段階だったと思われる。
■苅宿はこのことを「自分そのものをコンピュータにする、自分がもう一人の自分を演じきっていこうというようなこと」と述べている。
情報処理 Vol.53 No.3 Mar. 2012の「ペタ語義」で『情報教育をめぐって: 「苅宿実践」と「近藤実践」の意味すること』(https://www.ipsj.or.jp/magazine/9faeag0000005al5-att/peta5303.pdf)で、本人が苅宿実践をどのように評価しているかを紹介している。
■そこで,20 年来の疑問「果たしてあの実践はよかったのか」をぶっつけてみた.答えは「分からない.その生徒がそれ以降に受けた教育や環境の影響のほうが大きいから」.確かに,ほかの先生も,あのような形ではなくとも,自分なりの工夫をして,生徒が自分の価値を見いだす教育をしていただろう.
次の本に実践の内容がまとめられているようだが、古書として高額で手が出ない。
ソフト開発委託事業
文部省の時代、1994年から5年(7年だったか?)にわたって、「ソフト開発委託事業」が行われ、毎年10チームが採用された。私は初年度に「缶と環境」をテーマに採用された。
文部省のソフト開発委託事業 10グループが決まる
作成したソフトウェアは受託企業で商品化できた。
脳の鏡
何年目かは分からないが、大東文化大学助教授であった苅宿氏は、「網の鏡」で同事業に採用され、商品化された。
私は研究室を訪れて「脳の鏡」はどんなソフトウェアなのかをお聞きしたことがある。
■「脳の鏡」は、自分が描いた作品を、書きはじめから終わりまで再生してくれる再構成型描画ソフトで、本団体の代表である苅宿俊文が開発に携わったものです。
Heu-LE:メディアを通じて学ぶ 脳の鏡ワークショップ
今のように4ギガのメモリが積んであれば造作もないことですが、当時のパソコンのメモリで無限アンドゥ・リドゥを繰り返すのは大変だったと思う。
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「ソフト開発委託事業」は教育用ソフトの質を向上させた事業でした。2000万円の事業費を開発に投入できました。
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