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私的デジタル教材開発史(5) KiTとPC9801

■1986年 CAI教材開発に着手

 明治23年(1890年)創業の大日本図書は100周年を迎えるにあたり新規事業の開発を目的として企画開発室を1986年に開設した。開発室といっても編集部のフロアの片隅に机を3つ並べただけで、室長含めて3名で構成されていた。専用のコンピュータはなかった。
 1986年はPC-VANが商用サービスを開始した年でもある。それ以前の無料サービスのときから加入していた私は、企画開発室配属を機に教育に関して情報交換をするシグ(SIG special interest group)であるSTS(教育&ソフト)シグに顔をだすようにした。

■1987年 朝日CAIシンポでKiT開発者加藤譲氏と出会う

 当時、コンピュータを教育に活用することをCAIと称していた。computer assisted(aided)instruction
 1987年に「朝日CAIシンポ」が関西に続いて東京でも開催され、STS(教育&ソフト)シグのブースが設けられた。同シグで知り合った先生方にお会いするために会場に出向いたとき、ブースで「太陽系の惑星」を展示して説明していたのが加藤氏だった。
 その後出版した「KiTパーフェクト」で加藤さんは次のように記している。
 「・・部分画像を表示できる機能を追加し、『太陽系の惑星』をKiTで動くプログラムにして神戸で初めてお披露目しました。最初は教材の善し悪しを評価されたりして、そのシステムについてはなかなか理解されませんでしたが、やっと理解されるようになると、そのシステムでSTS(教育&ソフト)の方が教材を書いていて下さるようになりました。」

■CEC仕様教育用パソコンとアメリカスーパー301条

 朝日CAIシンポが開催された1987年CEC(財団法人コンピュータ教育開発センター)が「学校教育用パソコン規格統一案」を発表した。
 CPUはi80286、OSはBTRONとMS-DOS
 その2年後1989年、アメリカがスーパー301条不公正貿易慣行国に対する報復強化条項を発動したため、TRONは教育用パソコンから外れていってしまった。
 当時学校ではマルチメディアに対応したMSX機を始めとした8ビット機を使った実践が多く行われていたが、CEC仕様が16ビット機とされたために、学校教育市場は、NECのPC9801シリーズが圧倒的なシェアを持つことになった。

■1989年 コンピュータの整備計画と学習指導要領への記載


 1990年~1994年にかけて第一次コンピュータ整備計画が進行して、中学校ではコンピュータ室が作られ学校に22台(2人に1台)のコンピュータが整備されていった。
 1989年(H1)に告示された学習指導要領に初めてコンピュータの活用が記された。小学校では「コンピュータ等に慣れ親しませること」、中学校では技術科に情報基礎が設けられた。(この学習指導要領の実施は小学校が92年、中学校が93年)
 数学科は「各領域の指導に当たっては、必要に応じ、コンピュータ等を効果的に活用するよう配慮するものとする。特に、「数量関係」において実験や観測などにより指導を行う際にはこのことに配慮する必要がある。」
 理科は「各分野の指導に当たっては、観察、実験の過程での情報の検索、実験データの処理、実験の計測などにおいて、必要に応じ、コンピュータ等を効果的に活用するよう配慮するものとする。」

■PC9801のデジタル教材づくりとは


 学校教育市場で圧倒的なシェアをもったPC9801にはハードディスクが搭載されておらず、MS-DOSのシステムを組み込んだフロッピーディスクで起動する仕組みであった。
 AドライブにMS-DOSシステムとアプリケーションシステムを組み込んだフロッピーディスクを入れもう一方のBドライブにデータ用フロッピーディスクを入れて操作する。
 当時のアプリケーション開発は主にBASICとマシン語を組み合わせて開発していて、グラフィックを表示するのは相当に手間のかかる作業だった。
 当時のゲームアプリの開発状況がツイートされている。

PC9801 BASICプログラミング

■画像、アニメーションを使った中学校理科教材の開発


 先に書いたように、93年実施の学習指導要領では中学校数学、理科の教科指導にコンピュータを活用するように記されていた。
 大日本図書ではまず大妻女子中学・高等学校の田仲義弘教諭が作成した中学校理科のプリント教材をデジタル教材にすることにした。
 PC9801シリーズではデジタル8色の表示しかできず、理科教材のイラストを描きアニメーションするのは、当時の技術者にとっては手間がかかり高度な技術が必要でした。
 当初、フリーのプログラマーTに半年の工期で依頼したが期日が迫っても画像を表示するところまでしかできず、アニメーションができるのか甚だ疑問に思ったころに、Tは工期の延長とギャラの増額を要求してきた。

 そこで、加藤氏にKiTでカラー画像を表示してアニメーションにすることが可能であることを確認した上でTによる開発を打ち切ってKiTで教材開発をすることにした。
 夏休み、1週間大日本図書で開発作業、KiTにアニメーション機能をつけて開発したのが中学校理科「体のつくりとはたらき」でした。

KiTによるはじめてのデジタル教材 中学校理科「体のつくりとはたらき」
クリックすると次々と画像、テキストが表示されていく
肺胞で二酸化炭素と酸素の交換(ガス交換)が行われるアニメーション
反射神経とボールキャッチ

■16色表示と小学校理科教材


 中学校教材で見るようにデジタル8色では点描画になってしまう。小学校理科の教材は自然な色が求められる。
 PC9801の表示メモリーの制約なかで、4096色から任意の16色を選択して自然な画像を表示して作り上げたのが小学校理科「わたしたちのからだをしらべよう」だった。
 理科教科書で使用されていた写真や雑誌ニュートンの挿絵を描いていた伊藤一穂氏の人体イラストをスキャナで取り込み画像ごとにパレット変換を行って4096色から最適な16色を選んで表示した。

伊藤一穂氏の人体イラスト「眼球」スキャンオリジナル
4096色から最適な16色を選択した画像(赤黒青白の固定4色を引いて12色で画像を表示した)
うさぎがはねるアニメーション


伊藤一穂氏の細密イラスト
三半規管の説明
三半規管のイラストオリジナル

 このパレット変換には、色彩識別能力が要求され、かつドットごとに行っていくので大変時間がかかる作業だった。パレット変換ソフトは入谷昭氏(ハンドルネーム般若さん)に作成していただいた。
 小学校理科シリーズは、GIGA時代の今から見ても学習者用デジタル教科書そのものではないかと思う。
 理科教材の制作を通して向上し使い勝手も改善され、周辺ソフトが揃って、1994年に「KiTパーフェクト」「KiT教育事例集」をそれぞれにフロッピーディスクをつけて大日本図書から発行した。各地の教育委員会でデジタル教材づくりの研修で使用された。
 実行環境がなくなった現在、この2冊は貴重な史料となっている。

KiTパーフェクト、KiT教育事例集


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