鎌倉古民家シェアハウス‟たけのこ庵”、序章。
作品の紹介
★この記事は、今年2、3月にグリーンズ主催のライター養成講座「作文の教室」に通った際、宿題として制作したものです。
★そこで学んだ「読者に寄り添い、わかりやすく届ける」ことに関する長~い格闘の末に、ようやく絞り出された問題作である、という視点で読んでみるのも、面白いかもしれません。
★現在は、このシェアハウスに暮らし始めて1か月を経ているため、つい実際の経験談も織り交ぜたくなるところですが、がまんして、ここでは内見の際のエピソードを書いています。(本論はまた別の機会に。)
はじめに
春からの新居探しのため、なけなしの金を握りしめ、最後の貧乏学生旅に繰り出したわたしと彼が辿り着いたのは、「これぞ鎌倉」といわんばかりの個性豊かな古民家シェアハウスだった。(かくいうわたしの鎌倉に関する知識は、堺雅人と高畑充希主演の映画『DESTINY 鎌倉ものがたり』だけである。)
鎌倉山の麓にひっそりと佇む、築120年あまりの古民家たけのこ庵は、その立派で古風な門を筆頭に家全体が、わたしたちを優しく出迎え、まるでおばあちゃんのよう。脇には車を何台も置けるスペースと、その先に広がる自然豊かな庭が見える。
玄関に入ると、センス良くかけられたいくつかの絵画に、一面に広がる木の壁のにおい。古都鎌倉に移住するにあたり漠然と夢見ていた、古くても手入れの行き届いた古民家で暮らす妄想が、一気に現実のものに感じられた。
▼風通しのよい入り口
しかし、続く内見の中で、異質なものを徹底的に排除し、快適さを追い求める現代社会に漬かりきったわれわれにとって、そんな古民家ドリームは一面に過ぎず、引き受けなければならない現実があることを、ことごとく理解させられるのであった。さらに驚くべきことにわたしたちは、そのような困難を理解した上で、入居を決断したのだった。
それは、地域社会とのつながりと人の輪の広がりを目指すたけのこ庵の可能性、もっと言うと、わたしが期待する「‟未知なる仲間”とのつながり」の可能性を信じられたからである。そうして入居を決心したこのシェアハウスの魅力を、内見時の驚き鮮やかなうちに、初心のままにお伝えすることを試みたい。
‟住人”という関わりだけではない。古民家再生を軸に多世代がつながる
出迎えてくれたのは、住人兼シェアハウス運営代表の中村繭子さん。「スパイス商人」と称する彼女のスパイスに対する熱量は、内見時のやりとりの要所からも受け取られた。好きなものを無邪気に語る大人がいる暮らしは豊かだーー。
彼女が説明する住人は、みなバラエティに富む。住人中の誰より恋多く、息をするように料理をする70代の女性ーー毎月約1万円を支払うことで食べられる彼女の昼と夜のごはんは、都会から離れて健康な暮らしを渇望する住人の心身を、栄養と愛情によって満たしているのだろう。また、朝4時頃からヨガをする習慣を持つ女性の話にも花を咲かせながら、ここに暮らす人々は、自然との調和をはかり、丁寧に暮らすという叡智に集っている、と感じられたのだった。
家への愛着の強さのあまりか、この家で出会い・結婚式を挙げ、子育てまでした夫婦がいたというエピソードからは、住む人を惹きつける強い魅力と、多様性を受容する家の寛容さが伺える。
▼居間で結婚式を挙げる住人夫婦
そんな個性的な「人」を引き寄せるたけのこ庵は、住まいと人の多様な関わり方を模索する場なのだ。古民家を住みつなぎ遺していく使命のもとで運営されるこのシェアハウスでは、定期的にワークショップとして建物各所の修繕がなされたり、近所の凄腕大工さんが屋内のDIYをちょちょっとやってくれたりするのだ。また、修繕に限らず、人のつながりを大切にする交流イベントを自由に開催することもできる。
そんな中で、「本住人」「休日住人」をはじめとし、宿泊日数がフレキシブルな「たけのこ会員」という制度や、修繕活動をしたら500円の宿泊費が無料という制度など、多様なつながり方が設けられている。コロナ前には、牡蠣食べ放題イベントのためにわざわざ遠方から鎌倉に訪れた人もいたという。
▼漆喰塗りのワークショップの様子
‟生態系”を家の中で観察。虫との共生から仲間の概念を広げる
仲間は人間に限らない、ということは、この家を知って最大の気づきだった。
「古民家なので、虫は覚悟しなければなりません」
部屋の内見を終え、われわれを居間に腰掛けさせ、補足的に家の説明を始めた中村さんは、早速こう言ったのだ。たしかにその通りかもしれないが、大の虫嫌いなわたしは、まだ心の準備ができていなかった。
「きのうもこの辺にゴ〇ブリが出ましたね」
中村さんは、何の気なしに説明をつけ足す。心なしか楽しそうに話しているように見える。もしかしたら中村さんは、虫が好きなのかもしれない。げんなりするゲストはさておき、興奮気味に話を続ける。
「この家の中では、生態系が観察できるんです!」
やっぱり、この人は虫が好きなのか・・・!
逃れられない古民家の現実への怯えと、人間の友人しかいない自分と異なり、虫をも仲間にしてダイナミックに生きる中村さんへの憧れに、心は大きく揺れ動いて止まなかった。
▼畳の上で発見した蛾の死骸をいきいきと観察する中村さん(※本入居したのち撮影)
塞いだ耳から確かに聞こえてくるのは、古民家は室内も屋外もつながっているも同然だという言葉だ。だから、ゴ〇ブリホイホイやム〇デ、ゲ〇ゲ〇を寄せ付けて殺す手法は、外に広がる森の虫たちを呼び寄せることになるので逆効果だという。だからどうするのかというと、害がないものは、Let it beである。
一方筆者は、残念ながら、パソコンに打った虫の名前の羅列を見ただけで、足元に違和感を感じてやまないのだが、わたしは本当にここに住めるのだろうか。
それでも、虫に対する気持ち悪さが未知のものだからこそ、その感情に向き合った先にある新しい発見の可能性もまたある。虫と仲良しになるとまでは言わずとも、共生できることで、より豊かな人生になるのだろう。
▼玄関を入ってすぐに現れる広々とした土間は、屋外の自然と屋内の一体感の象徴
庭にはお墓に防空壕。‟歴史”とのつながりも心強さに
最後に紹介するのは、もはや目には見えないつながりである。廊下の奥に広がる庭を指し、中村さんは口を開いたのだった。
「庭には、もともとお墓だったところに、戦時中防空壕が作られたものがありますね」
またもや、さらっと発せられた言葉にことごとく反応してしまう。トイレと寝室をつなぐ廊下は、常夜灯だけがついていて、夜はとても薄暗い。(かくいう筆者は霊感がない。)
その防空壕でどんなことが繰り広げられたのかもわからない。それでも、虫に対峙するときと同じように、得体の知れないものへの恐怖がわたしを襲い、妄想は止まらない。一方でやはり、その存在を恐れて過ごすのではなく、受け入れ、調和し、共生して穏やかな心でいられる時間を増やす努力をしたい。
だから、もし仮に霊的な何かがいたとしても、むしろ友達になろうとしたり、先輩のように頼ってみたらいい。それが難しければ、ガンを飛ばしてこちらの生命力を見せつければよいだろう。
生を謳歌する。ただそれだけで、何も恐れる必要はない。今生きていないものの存在を感じることは、わたしたちがさまざまな命の生と死の繰り返しの上に生かされていることを思い出させてくれる。
そんなことを文字にしながら、その日以降「防空壕 幽霊」などと検索するか否かを迷い続けているのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
▼左手の居間、右手の寝室などから右奥に位置するトイレに行くための廊下
「たけのこ庵」の不思議な力に誘われて
内見を終えたわたしたちは、彼女らに感謝の言葉を告げ、すっかり暗くなった外に出た。鎌倉の夜は、不思議な雰囲気が漂っていた。
ここ最近はコロナの影響で関東郊外に移住する人が急増し、特に人気の移住先となっていた鎌倉では、空いては埋まる物件の波に乗ることが極めて困難になっていた。
さらには、貧乏学生のわたしたちが安心して暮らせるお手頃な物件は必死に探しても数えるほどだったし、そのくせわがままにあれこれと気になることが出てくる性分のため、2人が同時にいいと思うことはまずなかった。
にもかかわらず、「たけのこ庵」は、諸々込みで「1人月4万円以内」という予算や、栄養たっぷりの手作り晩ごはんが月約1万円で食べられるなど、ありがたいことにわたしたちの願望にきれいにフィットしたし、何よりちょうど4月からの入居が2枠空いていたのだった。
そんな不思議なご縁に誘われたような感覚で、わたしたちは入居を決めた。ついでにチーム名を「ゴ〇ブリーズ」と命名し、図太く生きていくことを当面の生活のテーマとして掲げた。
「未知との遭遇」がある生活とは、どんなものだろうか。少し恐ろしくも、その先には新たな喜びも知ることができるかもしれない。世界を少しずつ広げる、そんな刺激のある住まいはいかがだろうか。
▼どの四季でももれなく美しい、たけのこ庵に遊びに来てね
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