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故郷に戻って来る命を繋ぐために

 故郷の表浜海岸には毎年、絶滅危惧種であるアカウミガメが産卵のために上陸する。その海から程近い場所に私の通っていた中学はあった。地域の豊かな自然を守ろうと“海岸クリーン活動”は行事として1985年から続いている。

“本当にウミガメなど、いるのだろうか?”
上陸や産卵のデータがあるとはいえ、実際に見たことのないアカウミガメは中学生の私には、お伽噺のようで近くて遠い存在だった。一方、海に行けば目の前には流れ着いた瓶や缶、アイスのカップや使いかけのライター、ビニール袋。無数のゴミが、そこにある現実。拾っても拾っても、きりが無いと途方に暮れた。

 ぼんやりした対象のもと、厳しい現実を突きつけられる行事を当時の私はただ、こなしていただけだったように思う。

 そんな意識を変える出来事が起きた。大学3年生の夏休み、市のインターンシップに参加したときのこと。環境保全課宛てに「表浜でアカウミガメの死骸が発見された」と連絡が入ったのである。

 初めて見るアカウミガメは息をしていなかった。大人3人がかりで甲羅の下に網をくぐらせ、死骸を移動させる。私はその様子を、ただじっと見ていた。ウミガメの詳しい死因は分からない。しかし、産卵のために上陸したウミガメが目的を果たさぬまま息絶えた事実を目の当たりにした。

 そして同日。奇跡的なことに、表浜の別スポットで「アカウミガメの産卵が確認された」との連絡も入った。私もそのまま、現地に同行させてもらう。情報のあった産卵地点へ行くと、2匹の小さなウミガメが波を目指して砂浜を懸命に進む姿があった。本当に小さな一歩一歩を右左と順番に足を動かし進んでいく。まだ見ぬ荒波に向かう背中は力強くバトンを受け継いでいた。

 その経験以後、私はアカウミガメの情報を調べるようになった。厳しい自然環境の中でアカウミガメの生存率は低い。広大な海を過ごし、生き残ったウミガメは産卵のために“地磁気”を感じ取って自分の生まれた海に戻ってくる。

 故郷の海に戻って来たアカウミガメが無事産卵し、命を引き継げるように、私に出来ることは何なのか。今、私は自分の子とウミガメについて話をし、自身の経験をこうして文章にしている。海を掃除する他にも出来ることは、きっとある。

 今は離れてしまった故郷。それでも、あの頃、近くて遠い存在だったアカウミガメを今では遠くにいて近くに感じている。

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青空ちくわ
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