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新卒で入社した会社を退職した。二度目の春を待つ。
新卒入社した会社を退職した。
仕事をしたのはたったの3ヵ月だった。
昨年末のとある日、私は両親と退職の手続き(+最後の挨拶)をしに待ち合わせ場所へ向かった。
「なんで両親も?」となるかもしれない。いやなるだろう。私だってそう思う。
重度のうつ病と診断されたあと、先生に会社との連絡を断ち切って欲しいと言われた。
当時の私は復職することしか選択肢がないと思っていたため、「無理です、断ち切ったら退職まっしぐらです。連絡は取ります」と返した。
それでも先生は引かず、ダメですと何度も押してきた。
結局、私の母親が会社と連絡を取ることになった。その日から今日まで私は直接上司と会うことも 連絡を取ることもなく、世間から見れば「甘々な新入社員of娘」とみられる立場で、私はそれが情けなくて嫌だった。
退職手続きをする当日の朝、私は相変わらずお腹を壊していた。前日は食事も制限してなるべく次の日に影響でないようゼリーで済ました。それでもこうだ。知らず知らず私はストレスや不安を受けている。お腹に出る症状の全てが私の行く先々を狭めていく。悔しくてトイレの中で泣いた。
会うだけでもいいと先生に言われていたため、その言葉にべったり甘えて挨拶だけすることになった。
久しぶりの感覚で足も震えてくる。寒いからって理由じゃ間に合わないほど、震える。でも今日の気温は昨日より低いし、寒いからなのかもとカイロをお腹に貼る。夏からお世話になっているカイロと腹巻は私の生活に欠かせなくなっていた。
行き道で 「前みたいに笑えるかな」「普通に話せるかな」「言葉が出てくるかな」と悶々と考える。普通にも、前みたいにも私にはなれないのに。ましてや しんどさを隠して笑ってたからこうなったのに。
少し早めに到着した二分後、向こうの道から二人の上司が来るのが見えた。心臓がどくん、どくん、どくんと鳴って止まらない。お腹も同じリズムで突き刺すように痛くなる。
『体調が悪いのにごめんね。九夏さんが働きやすい環境を作れなくて申し訳なかった。』
私が謝る前に 上司に頭を下げられる。
入社する前からずっと体調が悪かった。
それは自分ではどうしようもできないことで、なんでこんな時にと自分を沢山沢山責めた。元々嫌いな自分のことがもっと嫌いになった。
通勤中に泣くことが増え、どうすることも出来ず欠勤の連絡も増えていった。それでも無理して出勤することもあった。朝は薬を飲むために子ども用ゼリーを一口食べて、昼はゼリーで済ませて、夜もカロリーメイトゼリーで過ごす日々だった。周りが半袖になり始める6月に、私はまだ長袖にカーディガンを羽織っていた。
今、目の前にいる上司に『体調管理も仕事のうち。君はもう社会人だから。その調子で遅れて出社されても迷惑だから。』と言われたことがある。
上司はその日の言葉を含めて私に頭を下げたんだろうか。急に申し訳なくなる。
「私の方こそ、こんなに会社を休んでしまい、結果的に退職という形になって申し訳ございません。でも、もう体調は回復してきてるので…」
笑ってしまう。朝だって全然良くなかったのに。給食を決めた日の朝、通勤通学で賑わうロータリーでひとり嗚咽しながら泣き崩れてたというのに。毎日死にたいと思っているのに。毎日同じような嘘をつく。
『身体、大切にしてね。』
すみません、ありがうございます、すみません。しか言葉が出てこない。
頷きながら私を見つめる上司の表情と、少し距離を置いて何も言わずただ見守ってくれる両親の真ん中で、機械みたいにまた「ありがとうございます、すみません」と繰り返す。落ちそうになる涙は何とか堪えた。バレていないはずだ。
5分ほど話し、上司と両親と別れる。
帰り道の風が行き道より強くて冷たくて、腹痛に耐えながら整えた前髪は少しも残っていない。
入社当時の私みたい、と思いながら家に帰り、上司にお礼のメールを送る。部屋着に着替え、安定剤を少し多めに飲んだらいつの間にか夕方になっていた。
スマホを開き、届いていたメールを見る。
上司からの返信内容に、胸が詰まりそうになる。
私は本当にこの会社を辞めて良かったのだろうか。選択肢は合っていたんだろうか。この先どうしたらいいんだろう。この先また病気が再発したら次は何を失うんだろう。わからない、誰か教えて欲しい、無責任でもいいから大丈夫と言って欲しい。
一部の社員がきっかけで心が不調になっていったのも事実だ。でも、優しい人はそれ以上にいた。「裏切り者」の鎖が全身を縛り始める。そういえば、高校で部活を辞めた時も同級生に裏切り者って言われたっけ。
それでも、私は会社を辞めた。自分の意志で辞めた。もう引き返すことは出来ない。
生きたくないけど、明日にでも消えたいと思うけど、私のところにだけミサイルが飛んで来いと毎晩思うけど、雫サイズの希望を落ちないようギリギリのラインで守っている。もし零れてしまったら、その時はその時なんだろう。
二度目の春を迎える準備を。