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責任の果たし方。妹は夜釣りに行く。
あれは9月の後半だった。
孤高の人、スナフキンのような我が妹の久方ぶりの転職準備に付き合わされ私は右へ左へ大忙しだった。
あれから3カ月。
私は今、妹の退職を全力支援している。
9月、妹が見つけてきた転職先は出勤初日に分かりやすく地雷が見えているヤバい職場だった。
妹が配属された部署にはお局様が絶対君主として君臨していた。
彼女の許可なしには昼食も、業務の合間の休憩もとることが出来ず、彼女の許可なしに退勤することもかなわない。
君主がお休みの日には、2番手である勤続8年目の男性が我が妹を退勤させて良いかお伺いの電話を掛けるという。
君主から退勤の許可が下りるまでおよそ45分。
ひたすら待機するだけのこの時間なに?
何故何の肩書もない有休取得中の単なる平社員であるお局様に電話してまで退勤の許可を求めなければならないのか。
ああ…分からない。
分からないったら分からない。
その他にも訳の分からぬお局ルールが部署をあまねく覆っており、妹を困惑させた。
以下がその一例である。
・お局様の生誕日にはプレゼントを用意せねばならない
・お局様が嫌っている人物とは口をきいてはならない
・部署の飲み会の人選はお局様が行っている
当然これは明文化されているものではなく、お局様が命令したことではない。だからこそ厄介なのだ。
業務の合間の休憩だって、ランチだってお局様は「自由に取っていいのよ」と言うのだ。
だがもちろん、賢明な皆さんには分かるだろう。
彼女がそれを許すはずもない。
妹が手に入れた転職先の椅子は、上記要因で、埋まっては空きを繰り返していたそうだ。
妹は出社初日に退職の意向を固めた。
妹から退職の相談を受けた私は即賛成の意を表明した。
実はこの私も、過去に一度だけバイトを4日でやめた経験があった。
当時私は長年勤めた会社を退社し、しばらく気楽に遊んで暮らそうと、これまで経験したことのなかった販売のバイトを興味本位でやってみることにした。
お店の責任者の女性は素敵な方で、面接時に私たちはお互いに好感を持った。
たかがバイトの私に「ぜひ私の右腕になってほしい」と真剣なまなざしを向けてくれたことを覚えている。
良い人の下で働けそうだと喜んで出勤した初日に、私は暗澹たる気持ちにさせられた。
そのバイト先では、26歳の正社員の女性が、年配の手練れパートさんと一緒になり、気弱なバイトをいじめているという、今回の環境と似通った構図があった。
バイト初日に、正社員の女性は私の前で年若いバイトさんをバカにするようなことを言って聞かせた。
このバイトさんは虐めても構わないのだと言わんばかりに。
そして、新しくバイトに入った新人の私に自分の力を誇示するように。
やばい…超絶くだらない…
即やめる決断をした。
私には持論がある。
自分に必要な我慢はすべきだが、必要のない我慢はすべきではないというものだ。
人生は短い。
しなくていい苦労や我慢で時間を浪費するなんて馬鹿げている。
例えば仕事を習得するために必要なお叱りや苦労は受け入れるべきだろう。
だが、単なるバイトとして少額のお給料を手に入れるために、この環境に身を置く必要があるだろうか?
イライラモヤモヤで心を曇らせながら私の大事な時間をここに費やす必要が?
小さな小さな井戸の中で女王様然としている小娘が(私もまた当時小娘だったが)40代のパートを味方につけ、気の弱そうな若いバイトの女の子をあからさまに馬鹿にしたり、クスクスと笑いものにしたり、そんな劣悪な環境に我が身を置く理由があるだろうか。
おそらく私が正社員として雇用されたのであれば、この環境を変えるべく働きかけただろう。
だが私はしがないバイトである。
正直この店舗のために我が身を砕くほどの情熱はなかった。
何しろ私は長年勤めた会社を辞めたばかりで心身ともにまだまだ疲れが癒えていなかったのだ。
「辞めます」
そう伝えたとき、面接をしてくれた上司が真剣な顔をして言った。
「あなたが4日で仕事を辞めるような人とは到底思えない。何か店舗に問題があったはず。それを是非教えてほしい」
この上司は当時いくつもの店舗を一人で抱えていたため、一店舗に常駐する時間の余裕がなかった。そのため店舗に常駐していたただ一人の正社員である27歳の小娘が女王として我が物顔で君臨していたのだ。
上司はもちろんその店舗の問題を把握できていなかった。
一瞬迷った。
そこまで正直に伝えてあげる義理もない。
正直に伝えたことで、出来もしない改善の約束と共に引き止められる可能性もある。
だが、私に真摯に向き合ってくれたこの上司へ今私が出来る最大の恩返しはこの状況を余すところなく伝えることだけだろう。
告げ口のようで少しだけ後ろめたい気持ちになりながら私が全てを伝え終わると、上司は私の手を取り「教えてくれて本当にありがとう」と言ってくれた。
たった10日程度の短い関わりではあったが、彼女のことは何故か今でも忘れられない思い出となっている。
妹は1月末で退職することとなった。
妹を採用してくれた専務は好人物で、妹に何があったのか聞かせてほしいと言ってくれた。
どこまで詳細を伝えるべきか迷い相談してきた妹に私は言った。
「全部。事細かに全部」
妹が退職することになったことはお局さまの耳に速やかに届き、今妹は彼女から甘い言葉で足止めをされている。
そのうち甘い言葉が無視や嫌がらせに姿を変えるだろう。
妹は自分が専務と約束した1月末まできちんと務めきれるだろうかという点を心配している。
だが、責任の果たし方を間違えてはならない。
1月末まで仕事を続けることが責任の果たし方でも、恩返しでもない。
お局様の嫌がらせが辛くなったら1月末まで待たずして辞めちゃっていいのだ。
それは妹のせいではなく、お局様の言動が招いた結果である。
真に責任を果たすということは、この現状を専務につぶさに伝えることのみであると私は思う。
悩んだ挙句妹は全てを専務に伝えた。
専務からは「嫌な思いを沢山したね。本当に申し訳ありませんでした」と返事があったそうだ。
問題を全て伝えたからといって何かが劇的に変わるとは思わない。
そこはまた妹の責任ではなく、上司たちの責任の範囲である。
自分に出来ることなんてたかが知れている。
自分の手に負えないものにまで責任を感じる必要はない。
自分に出来る範囲内で出来ることを精一杯したらいいし、それしか出来ないのだ。
そして後は風任せ。それでこそスナフキン的生き方というものである。(スナフキンのこと実はよく知らないけど)
妹は責任を果たし、会社および専務へ恩を返した。
身軽になった妹は今日もまた趣味の夜釣りへいくということだ。
そうやって気持ちよく生きていきたいものだなと思った2022年最後の日。
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