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美容と野球

昨日まで中学生だったお向かいの少年が、先ほど、愛車と思われるごっつい車の運転席に颯爽と乗り込み低いエンジン音を残してどこぞへ消えていった。

え?

え…?

いつの間にかゴリゴリの青年に進化していた向かいの子のお出かけを横目で見ながら遅い朝食を息子、福太郎の口に押し込む。
「よその子とゴーヤは育つのが早い」の言葉をかみしめる土曜日の朝。

思い返せばお向かいの少年は、暑い日も寒い日も野球のユニフォームに身を包み、うちの前の道路で飽きることなく素振りをしていたものだった。

それにしても少年が青年に成長するほど時が経っているというのに、相も変わらず私の可愛らしいことよ。

そりゃあ厳密に言うと、少年が青年に変わるくらいの期間、この華奢な私の肉体に容赦なく重力がかかり続けているわけで、そりゃあ色んな所が多少なりともその影響を受けてはいるさ(決して詳細に描写はしないが)

美容医療やエステなんかの力を借りるわけでもなく、裸一貫!武器も持たず生身の自分で無防備に、地球の強大な力と対峙しているわけで、そりゃあ色んな所に影響が(以下略)

武器を持て!立ち上がれ!という声も聞こえなくもないが、私の持っている武器は、お休み前15分の「自律神経を整えるヨガ」という地球の重力に対抗するにはあまりにも頼りないもので、正直到底戦える代物ではない。
アメリカ軍相手にさすまたで向き合うようなものである。

そろそろ防衛費を増やさねばならない日が来たようだ。
ということで、先日家計から勝手に増やした防衛費を使い、やっと美容室に行ってきた。
近所に「髪と頭皮を労わる」系の美容室を見つけ、髪質改善トリートメントを体験したのが2か月前。
今回、満を持していよいよカットをお願いすることにした。

これまで長いこと通い続けてきたカリスマ美容師の人気がすさまじく、信じられないくらい予約が取れず、髪が伸び切ってもうどうしようもない感じになっていたので勇気を出し新たな美容室のドアを開けた。

今回はシンプルな形のボブカットなのでそうそう残念なことにはならないだろうという目論見だ。(そもそも顔が可愛いのでね)
オーナーさんの人柄やお店の雰囲気が良かったことにも背中を押された。

加えて何より、今の私の気分がオシャレな髪型をしたい、よりもうるつやの美しい髪を取り戻すことに重きを置いていて、その点が今回の美容室のテイストとぴったり合致していた。

カット、カラーに加え贅沢にも髪質改善トリートメントagain。
結果的にカットは満足いくものであったし、私の髪は今、水分とたんぱく質をたっぷり含みうるうる弾んでいる。

髪を美しくするには当然のことながら頭皮ケアが一番大事だということで、少々値の張る頭皮用トリートメントをお勧めされ、会計時レジの前で長考する。

致し方あるまい。
独断で補正予算を組み、頭皮用トリートメントを購入。
限られた予算を肌ではなく頭皮へ投入する。

バカヤロー!日本の首都は東京(肌)だぞ!地方都市(頭皮)に使う金なんかねえんだ!という野党からの激しいヤジが聞こえた気がしたが、私の今の気分は髪の毛なんだ、だまらっしゃい!!

翌日からバスタイムに「お高級トリートメント、ぐふふ」などとほくそ笑みながら頭皮に塗布し丁寧にマッサージをしていたら、なんだか顔の輪郭がスッキリしたように思える。

そうか!当たり前だが頭皮と肌は地続きなのだ!
頭皮を丁寧にケアし血行を良くすることで、この効果は頭部に留まらずお肌全体にまで波及するのだ。
※せっかくなのでこのあたりのことを上手いこと政治経済に例えてみたかったが、そもそもそちら方面に疎いため力及ばず。

ともかく私は重力に対抗する2つ目の武器を手に入れた。

「最近の私、可愛さ復活してない?」
などと夫へ軽口をたたいていたら、いつの間にか車で外出していた向かいの青年が帰宅していた。

「あの子昨日まで子供だったよねぇ」
私が言うと夫もはっきりと少年に見覚えがあるらしく「毎日うちの前の道路で素振りしてたよね」などと懐かしげな顔をする。
「今日見たら大人になって車乗っててびびったわ」

そんなことを話していたら、一度家に入った青年が再び現れた。
手には野球バットを抱えている。

「うそでしょ…」
私と夫がリビングの窓から熱く見つめる中、ゴリゴリの青年は定位置につき、あの頃と寸分たがわないフォームで素振りを始めた。

夫が笑いを含んだ声で「野球……好きなんやねぇ」と言った。

「変化」は刺激的で魅力的だが、「変わらないこと」は愛おしさである。

よその子とゴーヤは育つのが早いし、私は重力に負けそうで時々切ない気分になったりする日もあるけれど、過ぎ去ってしまったあの懐かしい日と今日は間違いなく地続きなんだなぁと。

なんだか時の流れすら愛しく感じる土曜日の昼下がり。






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