ロバート・リン・ネルソンの珊瑚礁
今日、娘を外で遊ばせた後に実家へ寄ったのだけれど、本棚に青い書籍があった。
その本棚は、母が孫である娘のその時の年齢に合わせて選んだ、十冊にも満たない即席の本棚だ。
古いいわさきちひろの絵本から、童話を解析した大人向けの分厚い本まで、飽きの来ないライナップを揃えている。
流動的で、いつも行く度に一、二冊が入れ替えられている。
その本棚に今日は、見かけない、でも懐かしい画集が置いてあった。
青い青い表紙裏表紙背表紙。イルカが泳いでいる。…クリスチャンラッセン?
…ちがう。ラッセンじゃない。
開いてみると、実家に居た頃、特に十代の頃に良く見ていた画集だと、記憶とそして畏敬に近い感覚が蘇った。
…画家名を見る。これは、ロバート・リン・ネルソン。
若い頃は、その名前を意識してすらいなかった。ラッセンとか、みたいな、すごいイルカと海の絵を描く、超人の絵。
ラッセンも好きで、今も家で一番大きなカレンダーはラッセンだ。ラッセンの絵のほうは、これまでの人生何度も観る機会が多くあった。だから、すぐにラッセンではないとわかった。今見ると、まるでタッチが違う。
ラッセンは、イルカと水と光を描いている。まるで透明感そのものだ。イルカと水だけではなく、魚も珊瑚も、みんな光っている。絵の中に入ってゆきたい。それができたらどんなに幸せだろう。
でも、ロバート・リン・ネルソンの海は、違った。
イルカと波が生きている、でも目が離せないのは珊瑚礁だ。
ロバート・リン・ネルソンは珊瑚を描いている。
ざらざらとした、珊瑚礁の質感。珊瑚礁の、目にするだけでどうしようもなく伝わって来る質感は、それに留まらず魚や波肌、そして陸の岩肌、神々しい山々に続いている。
私は昔、マリンアート(海の水面の下と上の世界を一枚の絵に描く構図技法)の先駆者であるこの画家の描く珊瑚礁は苦手だった。あまりにも精細すぎ、種類が多く、広大で、硬く痛そうで、生命が密集していることが伝わってくる。
一方で、海へと繋がる滝と川と岩肌が好きだった。
そして、その滝と川を指でなぞって、河口を辿り海へ出れば、珊瑚礁に辿り着き、陸の水が流れる生物の表皮のような岩肌の源泉が、珊瑚礁にあることを今は知る。
彼は珊瑚礁を描いている。
珊瑚、珊瑚礁。
何故、私は今珊瑚礁を見ている?
私は紙面が揺らめくのを感じた。
私は昨晩、「珊瑚を踏む」という小説を読んだばかりだった。
リリースされて話題になり、すぐに気になって仕方が無かったけれど、私は読む「刻」を待っていた。リリースの一ヶ月後の昨夜、読む「刻」を感じたので、購入して読んだのだ。
私はその生きた物語に共感し、現実と少し離れた場所にある空気が震えるのを感じた。
私は著者に感想文を書いた。フォーム上限500文字のうち499文字を送りつけてた。
その中に、「私も、《そこ》に触れる気がします」などと、図々しいだろうと少し迷ってから、書き記した。
私は内心、こう思っていた。
「このようなことはある」
「だけど多分、そこは私は関係はない。私は遠く、触れる権利もない」
だけど何故かな。
何故今ロバート・リン・ネルソンの珊瑚礁を、捲り続けているのだろう。
「あの物語を読んだから、つい海の画集を手に取った?」
「いや違う。あの物語を読んでいなくても、この画集が目に入れば私は必ず開いていた。そして引き込まれていた、頭の奥まで、こうして」
珊瑚、珊瑚、珊瑚。
それだけではない。ロバート・リン・ネルソン、貴方は一体何を描いているの?
何を見た?
彼の絵はあまりに語りかけた。
何度夢に出てきただろうと思う。そしてそれを啓示的だと感じていた。その絵を見たことがある、そのこと自体は忘却されていたのに、自分の長い長い夢と化していたのか。
彼の絵は私の忘れていた二十年前後の間、深層意識にずっと強く影響していた。
だから私は、この時この場で彼の画集を紹介していたはずだ。
例えあの小説に出会っていなくても。
けれど、ほんの前夜に、私は「珊瑚を踏む」を読んでいた。
私は、抗うことができない。
私はきっと、関係が無いんだ、憧れたとしても、私はそこに関係できる人種ではないんだ。私などが触れてはいけないと。
今もそう思っている。
けれど、「そこ」は本物だ。
だから、こうして、今貴方が読んでいる。
貴方が読む必然性があって、私はここに、ロバート・リン・ネルソンと、珊瑚を踏む物語のことを書いている。
正直決して、誰にでも読んでもらいたい物語ではないと思う。
けれどだからこそ、貴方はこの物語を読むことを、待っていただろう。
物語が読まれることを、ではなく、貴方が物語を。
この物語が、貴方に何をもたらすかはわからない。
薦めるのがとても怖いとすら思う。
けれどそれでも貴方が、何かを探しているなら。
きっと良い人生の旅をと、私は手を振る。
Special Thanks.
*Sさん
https://note.mu/sleeepy
小説「珊瑚を踏む」著者。当紹介文の公開前のお目通し頂いております。ありがとうございました。
*さんごのみやこさんhttps://note.mu/sango_no_miya_ko
*Robert Lyn Nelson公式
著作権保護の観点から当投稿において、画集の内容の写真は画質を落としています。
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