内視鏡検査と美人女優
夫(通称下のおじさん)には、私と娘達の両手両足の指全部使っても足りないくらいの、迷惑千万な悪癖がある。大きいものは二十八個くらいしかないが、小さいのは結構な数にのぼる。
その中で、地味に迷惑なものがいくつかあって、代表的なやつが「誰彼かまわず、私と娘達の職業をバラす」ことだ。
私の新刊『赤パンラプソディ』の中に事の詳細を書いたが、私は夜中に激しいめまいと嘔吐で救急搬送されたことがある。
意識朦朧とした状態で病院の診察台に寝かされた直後、下のおじさんの声が静かな処置室に響き渡った。
下のおじさん「4分間のマリーゴールドって知っとる?」
看護師「ああ、福士蒼汰さん主演のドラマの」
下のおじさん「あの原作、うちの娘が描いたとですよ。娘は漫画家で母親は小説家」
私は診察台の上でマグロのように寝たまま、舌打ちしそうになった。
その時の私の格好といったら、毛玉だらけのズタボロズボンに、レスキュー隊員の制服を「ど派手」にしたようなショッキングオレンジのモコモコのトップス。その上に泥水色のマタギ風ベストをはおり、猫柄の靴下をはいていた。家族以外の誰にも見せたくない間抜けな姿だったのである。
下のおじさんが余計なことを言ったせいで、処置室にいた医療スタッフさん達の頭の片隅に、私の超絶ダサい姿が刻印されたかもしれないのだ。
万万が一、将来私がベストセラー作家になったら、「福岡在住の作家? そう言えばあの時、変なおっさんが奥さんのことを作家だって言ってたな」と、私の姿を思い出すかもしれないではないか。可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではないのだ。
まあ、これは万万が一のことであるし、せいぜい「あの宇宙一ダサい部屋着で運び込まれた人だ。あの旦那宇宙一口が軽かったなあ」と笑われるくらいだからどうでもいいが、宇宙一口が軽いおじさんのおかげで、結構な被害を被ったことがある。
私は定期的に大腸の内視鏡検査を受けているのだが、下のおじさんがこの病院で同じ検査を受けた時に、私と娘達のことをしゃべりまくったのである。
私が作家であることなど誰も注目しないが、下のおじさんは「4分間のマリーゴールド」や、福士蒼汰さん、横浜流星さんの名前まで出してしゃべり倒すものだから、病院のスタッフの記憶にしっかりと残ってしまった。
自分の個人情報を知っている人にお尻を見られるのは、全く知らない人に見られるより恥ずかしいものなのである。
それにしても、無名の私でさえこうなのだから、本物の有名人や人気女優さんは、この手の検査を受ける時、どんなに気が重いだろう。
しかし美人女優だって、大腸ポリープや痔になることがあるのだ。
内視鏡検査を受ける時、「美人女優でなくてよかった」としみじみ思うのは私だけであろうか。