桐衣朝子

46歳で福岡大学入学、52歳で九州大学大学院入学。 61歳で小学館文庫小説賞受賞。 著書「薔薇とビスケット」、娘たちの漫画「4分間のマリーゴールド」ノベライズ。 新刊「僕は人を殺したかもしれないが、それでも君のために描く」(小学館)発売中。

桐衣朝子

46歳で福岡大学入学、52歳で九州大学大学院入学。 61歳で小学館文庫小説賞受賞。 著書「薔薇とビスケット」、娘たちの漫画「4分間のマリーゴールド」ノベライズ。 新刊「僕は人を殺したかもしれないが、それでも君のために描く」(小学館)発売中。

マガジン

  • 僕の息子になってください<BL小説>

    母子家庭で育った秋臣は、苦労した母に親孝行をすることを人生の目的にして生きてきた。しかしある日突然母の余命を知らされる。 母の最後の願いはたった一つ。 「智夏に会いたい」  秋臣はゲイであることを隠して結婚したが、それが発覚して、一人息子の智夏が二歳になる前に離婚した。息子は元妻の再婚相手が父親だと信じて、秋臣が会うことは叶わない。 母の最期の望みを叶えるために秋臣が取った行動とは――? 毎週月曜更新。

  • エッセイ

    還暦デビューの小説家が、漫画家の娘たちとサイコパスの夫との日々を書き綴ります。

  • 最愛猫

    猫にまつわる短編。

  • スピンオフ

    既刊の未収録センテンスやスピンオフを公開します。

  • 前期高齢者作家の昔話

    子供時代、学生時代、結婚前の恋、今は亡き両親のこと… 70年近い人生の様々な思い出を書き綴ります。

最近の記事

再会

第十三章  目印の百日紅の大木は枯れ木のような枝を寒々と伸ばしていた。この木を初めて見たあの日は、まだ群がり咲く花の蕾が初々しく開花し始めたところだった。目がさめるような鮮烈な紅色がまざまざとよみがえる。  二階の角部屋には灯りがついていなかった。叶人はもうここに住んでいないかもしれない。  秋臣は木の下に佇んで鈍色(にびいろ)の空を見上げた。肩にも胸にも雪片が舞い落ちて一瞬で消えてしまう。低い空から振り落ちる雪は勢いを増し、止みそうにない。さっきまでのサラサラした粉雪がし

    • プロフィール写真顛末記 

       七月三十一日に発売された新刊『赤パンラプソディ』の特設サイトを開いて、私は絶句した。 「……???」 皆さま、ぜひこのサイトをご覧になって下さい。https://dps.shogakukan.co.jp/akapann 著者のプロフィール写真が、猫って……。なんでこんなことに? 理由は全くわからない。もしかしたら担当さんが「本人の写真載せても全く集客力ないけど、器量の良い猫ならワンチャンあるかも」と思って、そのワンチャンに賭けたのかもしれない。 このサイトを見た人が「あら

      • ブーゲンビリア

        ああ、雪になりそうだ。全くこんな寒い日にどうしてお玉を外に出してしまったのだろう。新しく雇った女中には、口を酸っぱくして「猫を外に出すな」と何度も言ってきたのに、返ってくるのは生返事ばかりだった。  俺と女房のお菊にとってお玉がどんなに大切か、いくら言葉を尽くしても、あの小娘は右から左に聞き流してしまう。子供のいない俺たち夫婦にとってお玉は我が子と同じなのに。 俺が板前をしていた料亭に下働きとして雇い入れられたお菊を見染めて所帯を持ったが、子宝には恵まれなかった。俺は何の不満

        • 内視鏡検査と美人女優

           夫(通称下のおじさん)には、私と娘達の両手両足の指全部使っても足りないくらいの、迷惑千万な悪癖がある。大きいものは二十八個くらいしかないが、小さいのは結構な数にのぼる。  その中で、地味に迷惑なものがいくつかあって、代表的なやつが「誰彼かまわず、私と娘達の職業をバラす」ことだ。  私の新刊『赤パンラプソディ』の中に事の詳細を書いたが、私は夜中に激しいめまいと嘔吐で救急搬送されたことがある。  意識朦朧とした状態で病院の診察台に寝かされた直後、下のおじさんの声が静かな処置室に

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        • 僕の息子になってください<BL小説>
          23本
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          37本
        • 最愛猫
          15本
        • スピンオフ
          1本
        • 前期高齢者作家の昔話
          9本

        記事

          心配性の次女

           うちの次女は、超が十個くらいつく心配性である。ほとんど障害と言っていい。  特に「私と長女と猫」に対する心配は常軌を逸していて、夜中に、私と長女が生きていることを確認するために髪を引っ張ったりする。本当に迷惑でしかない。  猫に毒だというチョコレートを食べた時など、食べ終わったら間髪を入れず全神経を集中して床を這いずり回り、かけらが落ちていないかをチェックするという念の入れようだ。  そして心配の対象は私たちだけに留まらない。もしかしたら全人類(悪人以外)の心配をしているの

          心配性の次女

          アラン・ドロン

           そうか…。アランドロンさん亡くなったんだ…。胸の奥がチクリと痛む。  世紀の二枚目、ハンサムの代名詞。私が若い頃は誰もが普通に会話の中で彼の名前を使っていた。 「アランドロンみたいなハンサムじゃあるまいし」とか「アランドロンの十分の一でもハンサムだったら性格悪くてもいいけど」などと。  高校時代、友人が「私、先輩のA君が好きなんだ。アラン・ドロンも真っ青になるくらいハンサムなのよ」と言ったことを覚えている。  私は「バッカじゃなかろうか。この高校にアラン・ドロンみたいなハン

          アラン・ドロン

          見せパンと見せないパンツ

          「こんなパンツはいてる女、絶対モテない」  我が家の洗濯係(上の娘)が、私のパンツを洗濯機から取り出しながらこうぬかした。 「モテなくていいもん」  私は即答した。大丈夫。「万が一」の時は、なんとかごまかす。っていうか、もう万が一はないから!  元銀座の高級クラブ「姫」のママであり、直木賞作家であり、有名作詞家(よこはま・たそがれ等多数)でもあった山口洋子さんが、パンツについて書いていらしたのを覚えている。  確か「年を取ってからは、綿のはき心地の良いパンツしかはかなくなった

          見せパンと見せないパンツ

          私の新刊『赤パンラプソディ』 今日発売!このけったいな小説についてのあれやこれや

           今日は私の新刊『赤パンラプソディ』の発売日である。  新刊発売の日って、他の作家さんはどんなことを思うのだろう。聞いてみたい。  私はというと、普段と全く変わらない。ただ、朝から心臓がずっとバクバクして食欲もなく、「快、不快」のどちらかと問われたら「快」ではなく、漠然とした不安も感じているので、漢方薬を飲んだくらいだ。  この作品を書くきっかけは、担当編集者さんからの何気ない提案だった。 「桐衣さんを主人公にした小説、書いてみませんか? 桐衣家って、なんか面白いじゃないです

          私の新刊『赤パンラプソディ』 今日発売!このけったいな小説についてのあれやこれや

          「老い」の幸せ

          「老いにはお金がかかります」  樋口恵子さんがエッセイの中で書いていらした。本当にそう! 歯、耳、目。まずこの三大金食い虫が、貯金通帳を食い荒らすのだ。  当たり前と言えば当たり前だが、だいたい「良いものは高い」のである。歯だって、補聴器だって、メガネだって、白内障の手術で使う「目のレンズ」だって良いものは高い。数十倍違ったりする。  最近補聴器を買ったのだけれど、これに新刊の印税が飛んでしまった。しかも、補聴器の寿命はたいたい六年だという。  安いものでもいいかなと思ったの

          「老い」の幸せ

          母の遺言

          第十一章  外に出たら、ビルの隙間を走り抜ける冷たく乾いた風の出迎えを受けた。 厚手のロングコートを着ている秋臣はさほど寒さを感じなかったが、犬養は「うわっ!」と叫んで、ベージュのトレンチコートの襟を立てた。  秋臣はカシミアのマフラーを外して犬養の首に巻いてやった。 「えっ、いいんですか? ありがとうございます! めっちゃあったかい」  犬養はその手触りを楽しむようにマフラーをさすった。 「さっきは嬉しかったなぁ! 商品開発から携わったのって初めてなんで。実際に店に並んで

          固定電話の想い出

           我が家に固定電話がなくなって久しいが、これと言ってなんの不自由もない。勧誘の電話くらいしかかかってこなかったし、友人達はスマホにかけてくる。固定電話をなくすことに少し躊躇していたのが不思議なくらいだ。  子供でさえ自分専用の電話を持つようになった今、昔は一家に一台しか電話がなかったことを思い出すと、時代が変わったんだなあとしみじみ思う。一家に一台どころか、私が幼い頃は、電話がない家がほとんどだった。我が家に電話がついたのは中学生の頃。近所の人が電話を借りにきたり、近所の人の

          固定電話の想い出

          漫画原作のドラマ化について

          『セクシー田中さん』問題に関する日テレの調査報告書が公表された。 原作者の芦原妃名子先生が急死なさった時、私も娘達(漫画家キリエ)も大きなショックを受け、今でもまだ胸の中に様々な思いがくすぶって消え残っている。 芦原先生の無念と孤独を思うと、漫画家の母として胸がえぐられるようである。   娘達原作の『4分間のマリーゴールド』(小学館)がTBSでドラマ化され、私もこの作品をノベライズした経験を持つ身として、あの時のことを綴ってみようと思う。  作品が映像化される場合、「自分の作

          漫画原作のドラマ化について

          別れ

          第十章  母の葬儀の日はここ数日の猛暑がおさまって、秋の訪れを告げるように爽やかだった。  秋臣は火葬場の火葬炉の前で最後の時を待っていた。涙は出てこない。悲しみで満たされているのに、母が逝ってしまってから、涙は一滴も出てこないのだ。  棺の覗き窓を開けてため息をついた。もともと美しい人だったが、この世の憂いも苦しみも脱ぎ捨てた顔は平和そのもので、ひっそりと野に咲く百合のように清らかだ。  白手袋の職員が喪服の人々を見回して「それでは、よろしゅうございますでしょうか」と頭を

          天使と猫

           ものすごい轟音が空から降ってきた。どうやらヘリコプターがすぐ近くまできているようだ。  芽衣(めい)はベランダに出て、愛猫の小太郎を抱きしめたまま薄墨色の空を見上げた。小太郎は茶色い毛を逆立てて震えている。何か恐ろしいことが起こっていると感じているのだ。  この家に来て十四年間、小太郎は一年に一度、動物病院での健康診断の時だけしか外に出ることはない。「変化」とか、いつもと違う何かがものすごく苦手な小太郎にとって、この状況はどんなにか大きなストレスだろうと思うと、芽衣は小太郎

           秋臣が縁側で涼んでいると、寿美子と叶人が手をつないで入ってきた。 それまでシンと静かだった庭に風が立ち、夏草と地面の匂いが虫の声を乗せて部屋の中に飛び込んできた。  スズムシ、アオマツムシ、ケラ、夏の虫達が一斉に鳴き始めた。リッリッリッリッ、カナカナカナカナ、ジージー、リーンリーン。 「あら、素敵! お庭のオーケストラね」  息子の隣に座った寿美子は少女めいたうりざね顔で楽しそうに微笑んだ。 「智夏君、せっかくだから、ここで演奏を聴きましょうよ」 「いいね! おばあちゃんも

          本当の叶人

          第九章  「先輩、本当に申し訳ありません!」  犬養がこんなにもしおれている姿を見たのは初めてだった。大事なクライアント二社に対してダブルブッキングをしてしまったのだ。日時は明日の午前中の十時。両方とも重要なオリエンテーションで多くの人間の予定をやっと合わせてのことだった。 「いや、君だけの責任じゃない。僕も気づかなかったんだ。ちゃんとチェックしなければならなかったのに……」  秋臣は、最近仕事が身に入ってない自覚はあった。気づけばつい叶人のこと考えて手が止まることもしばし

          本当の叶人