ヤザワキョウ

ヤザワキョウ 今はただの社会人です。私は中学校に1年ほど通学した後不登校になりました。引きこもりも経験しましたが、何も持たずに社会に出て、高認を取得し、自分が見る事の出来る世界をどんどん広げていく事ができました。高認取得ややり直しのススメ。黒歴史を書きなぐってます。

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ヤザワキョウ 今はただの社会人です。私は中学校に1年ほど通学した後不登校になりました。引きこもりも経験しましたが、何も持たずに社会に出て、高認を取得し、自分が見る事の出来る世界をどんどん広げていく事ができました。高認取得ややり直しのススメ。黒歴史を書きなぐってます。

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  • スタンドバイミー症候群

    漆黒の歴史。エッセー。私小説。

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【学び直しのすすめ】気にするなかれ 元不登校なんて言わなきゃわからない

高卒認定の取得や、大人になってからの学び直しを考えている方へ ちょっと私の事 こんにちは京@kyou_brodyと申します。 私は中学校2年生の時に学校に行くことを止めました。 なんで不登校という選択をしたのかという事は自分でもよく解らなかったりするのですが、それはまた別のところで記しておこうと思っています。 不登校で引きこもりのまま中学を卒業し、16歳になる年に近所の飲食店で働き始めました。私にとって、人生で初めての職場です。私は18歳までこの飲食店で、朝から晩まで働

    • 【私小説55】死んでもボールで遊ばない

      中一の私。部活動に色々と違和感を覚えていた事に加え、この頃さらに強敵と出会う事となってしまった。体育教師の井出秋江。人生で何番目かは分からないけど、私の中の悪い人、敵、こういう大人になっちゃいけないと思う人。クソ(結局) 井手氏は現代では減ってきたのではないかと思われる、いわゆるスパルタというか(スパルタ氏に失礼)怒鳴り散らかして怒るタイプの教師で、皆が恐れていた。私は運動が壊滅的に苦手で嫌いだったので当然好かれるわけもなく、井手氏からの風当たりは非常に強かった。(理不尽!

      • 【私小説54】奇天烈

        人生の七不思議について思い返していたら、もう一つ思い出した事がある。 小学生の頃の事。高学年になってからの事だと思うのだけど、私はその日クラスで誰だったか女の子とお喋りしていた。するとやはり同クラスの波田という男子がわざと何かを投げてきたんだかぶつかってきたんだか、忘れたけどとにかくふざけて私たちにちょっかいを出してきた。 3人ケラケラ笑いながら波田氏もさらにおちゃらけて「すまんすまん」と謝ってくれたので、私達もふざけて「まったくもう、土下座もんだよねw」と笑った。 すると波

        • 【私小説53】人生の七不思議

          私は中一の時、英語の塾に通っていた。その塾と学校のクラスでも同じクラスだった、山下、という男の子がいた。いたのだが私はほぼ、と言うかおそらく全く接する機会がなく、たぶん一度も会話をした事はなかった。だが、何故か、それなのに山下氏は私の事が嫌いなようだった。横を通る時にうざそうに舌打ちしてきたり、プリントを配る時私にだけうざそうに渡してきたり。本当なんなん?一回も話した事ないのに嫌われるって顔が嫌いって事?ひどない?私も気分悪いので、私だってあんたとなんか関わりたくねーんだよ!

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          53本

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          【私小説52】戦いたくない病気2

          いよいよ戦ってばかりの集団に所属している事がきつくなり、私は部活を辞めた(生まれてきてゴメンナサイ)どうせ辞めるなら夏休み前に辞めておくんだった。夏休みほとんどつぶされたから。 クラリネットを持っていた私は他のクラリネット担当の1年生より少しだけクラリネットが上手だったので、ソロパートを与えられてしまったのも嫌だった。好きでもないのに。 やっぱり音楽部入部自体が間違っていたんだ。 退部届を出しに行くと先輩の一人に 「今はキツくてもここを乗り越えたら楽しくなるから!」 と退部を

          【私小説52】戦いたくない病気2

          【私小説51】戦いたくない病気

          音楽部は音楽と歌、どちらもやらなくてはならなかったけど、歌う事は好きだったので合唱は比較的楽しんでやっていた。知らない国の何言ってるか解らん合唱曲なんかも今でも覚えている(歌詞の意味不明だけど) 中学生になって音楽部として初めてコンクールに出た時の事。出演したチームにはそれぞれ、金、銀、銅賞のいずれかが与えられるのだが、我が音楽部は銅賞であった。平たく言うと下手くそという事だと思う。その結果を聞いて音楽部の部長が泣き出した。私は心底不思議で仕方なかった。私は結構楽しんで歌えた

          【私小説51】戦いたくない病気

          【私小説50】部活の話

          私は姉が中学生の時、音楽部でクラリネットを吹いていたため、自宅にクラリネットがあったし、吹いたこともあった。ただそれだけの理由で音楽部に入ってしまった。なんであの時もっと自分の気持ちに素直に帰宅部を選ばなかったんだろう。部活に入るのが普通だったとしても、別に普通じゃない方で良いですって言えればよかったなぁ。後からわかった事だけど、音楽部なんてめちゃくちゃ体育会系だし(一番嫌いなやつ)、せめて美術部とかにしておけばなんか変わったかな。図工好きだし。 (いやなんも変わんねーよ帰宅

          【私小説50】部活の話

          【私小説49】カタストロフィーの序曲

          まあ、そんなこんなで私は小学校を卒業した。 中学校に入学した日の事は何故だか全く覚えていない。全く。 市立濃海中学校。 ただ、ここが地獄の始まりであった事は間違いない(確信) 一般に、3年間って何日?と尋ねられて答えを即答できるだろうか? 私はできる。暗算が得意だからではない(むしろ苦手だ) この生活は地獄だ。地獄が3年続くんだ。 そう思った時、計算したから知っている。 私の中学校生活に、地獄の1095日と名付けたからだ。   365×3=1095 Q.E.D   まず、幼稚

          【私小説49】カタストロフィーの序曲

          【私小説48】小学校を卒業した日の事

          「あの日の事を!」 「決して!!」 「忘れません!(1人)」 「忘れません!!!(全員)」 とか、一人や皆で絶叫する謎の儀式を乗り越え。 出席した保護者に 「ありがとうございました」 と言いながら手製の造花を手渡す、というサブストーリーもクリアした。 ちなみに私の担当絶叫セリフは 「みんなで行った!!!!」 であった。 母に花を手渡す時、母の目はちょっとウルウルしていた。 実は私もちょっと泣きそうだったので 「ありがとうございました」 は口パクした。喋ると泣いちゃうからね。

          【私小説48】小学校を卒業した日の事

          【私小説47】流転

          問題は、小学校を卒業する事そのものにあった。 信じてもらえないかもしれないけど、私は小学生の頃、自分は小学校は卒業しないと思っていた。ただ何となくじゃなくて、きちんと考えたうえで6年なんていう永遠にも匹敵するような月日が自分に流れるわけがない、と確信していた。 だから卒業式の練習が始まった時は心底驚いた。 誰の葬式で、どの死体を見た時よりも強く、私の人生もいつか必ず終わる事を感じた。   今思えば6年なんてっボーっとしていようがほおっておけば流れているような、寒いからストーブ

          【私小説47】流転

          【私小説46】ウイルス

          私は小学校の6年間で何度か高熱を出して長く学校を休む事があった。そのうちの1回はまだ低学年の頃、扁桃炎をコジラセタ時なのだが、強く記憶に残っているのは6年生の修学旅行後の事だ。大嫌いな修学旅行、しかも3泊。小学校生活最後の修学旅行、私達は新幹線に乗って長野へ向かった。夜、私は小さく電気をつけて寝たいのだが、誰かさんの 「私真っ暗じゃないと眠れないから」 の一言で終了した(こういうやつ何なの)ただこの時はそれを上回る問題があった。スキーの練習中にレスキュー隊が出動するレベルの吹

          【私小説46】ウイルス

          【私小説45】血潮

          ある日小学校から帰宅すると、酒乱の祖父が自慢げにカラスを見せてきた。カラスは怪我をしているのか飛べないようで、どういう風の吹き回しか、祖父が道で発見したものを連れ帰ってきたようだった。祖父はパンを牛乳に浸したものをカラスに与えていた。私は動物が好きなんて言う資格ないけど、でも犬もネコも鳥も可愛いと思うから、だから嬉しくて、カラスを育てる事になった事が楽しくて仕方なかった。そのカラスには私が名前をつけた。カラスだからカロールという名前にした。当時カローラⅡのCMがよく流れていた

          【私小説45】血潮

          【私小説44】懺悔

          小学校高学年の頃の事だった。 父親がゴルフ場で犬の子供を拾ってきた。 すぐにおしっこを漏らすのでチッチという名前を付け、わが家で育てる事になった。 しかし我が家にはすでに桜がおり、チッチは大きくなるタイプの犬、という事で外で育てる事になったのだが、今でもそれを許していた自分自身が本当に憎たらしい。 何故断固拒否、絶対に室内で育てるべきだと主張しなかったんだろう。 無理なら里親を探して我が家では育てるべきじゃなかった。 結局チッチは死ぬまで外で暮らした、やって来て間もなくチッチ

          【私小説44】懺悔

          【私小説43】本音を言ったらさようならの続き

          その後いつだったか放課後の教室にかなピーとゆかいなうんこ達がいた。私は廊下に居て、教室に忘れ物を取りに行きたかったのだが、教室に入るのが少し怖くて(ボコられそっ)理由は告げずに当時担任だった丹波氏に忘れ物を取ってきてくれないか、と頼んだ事があった。なんて横着なんだと思われるところだが。丹波氏はこう言った。 「あなたが自分で、あの子達とこういう風になりたくてこうなったんだから自分で行かなきゃダメだよ」と(え、そうなの?つかこの一連の揉め事知っとったん?だったらなんとかできんかっ

          【私小説43】本音を言ったらさようならの続き

          【私小説42】本音を言ったらさようなら。

          私は無視がとても嫌いだ。誰かに対して、死ぬほど腹を立てていても無視だけは絶対にしないしできない。それだけはやっちゃいけないと思ってる。   小学生の頃、かなピーに意地悪をされていたのに従っていたのは、従わないと無視をされるというのがあったから(ありがちやねぇ) やはり、家と学校しか知らない子供にとって、学校での無視はキツイものがある。だから家庭内での無視なんてさらにきついよね。 かなピータイプの人間の問題は、無視をしてくる事以上に 「京ちゃんの事無視しようよ」 とほざいて回る

          【私小説42】本音を言ったらさようなら。

          【私小説41】ロゼッタ

          いつからだったろう。幼稚園児の時、私がお遊戯会で代役を務める事となった土井晴美ちゃん。その晴美ちゃんがクラスでいじめられるようになった。私もかなピーとその取り巻きにはかなり嫌な思いをさせられたが、さらに辛い思いをしていたであろう晴美ちゃんを、私は助けてあげる事ができなかった。 晴美ちゃんは植物に明るく、植物博士と呼ばれていた事があった。そのあだ名がプレッシャーになったのだろうか、植物の事を訊ねられた時、自身が答えられない内容だと 「私今日忙しいから」 と姿をくらませたり、遠足

          【私小説41】ロゼッタ