枯渇

何を食べても満たされない
空腹が怖い
空いた胃袋はそのままわたしの脳みその空白になる
どんなものを食べても本質的に
満たされない

***

蛍光灯が埃っぽさを殊の外引き立てる改札を抜ける。
我が家は歩いて1分の至近にあるアパート。
ひとしきり一人で飲んで、食べて、六千円払って帰ってきたのだ。
居酒屋のメニューを前菜からメイン、シメまで一通りなめて、まあ大したことない味だからそのままかきこむように吸い込んでは、ビールで流し込んだ。
枝豆わさびとかネギトロフランスとか、
白身魚のフリットとか、
ハラミの炙りとか焼き味噌おにぎりとか、
名前だけは洒落ているけどどこに行っても同じようなものが胃の中に入っている。

…なんか食べたいなあ…

そう思って、同時に、本気か、と思う。

お腹空いているわけじゃないけど、
満たされない、
食べていなかったら、何もすることがない。退屈がこわい。

家とは逆方向の路地に足を向けてしまう。
個人経営の飲食店が片身を寄せ合うその路地に。

食べて、食べて、気がすむまで、
でもいつになったら気がすむのだろう?

特別なスパイスで煮込まれたカレーや自家製燻製を、強いシェリー酒とともに。
シェリー酒なんて、いつから飲み始めたのだろう。
酔わなければ、外食する意味がない。
ずっとずっと食べて、飲んで疲れ果てるまで。

ひとしきり食事が途絶えたところで、奥のトイレにいく。
腹部がぱんぱんに膨れた不快感。
胃を押して、喉の奥の方から、空気を引きずり出す。
ゲーッ。ぇーっ

たまに外に聞こえるのではなんて、思うけど。
こうなったら止まらない。
飲み込んだばかりのカレーのスパイスが喉を焼いて、
ボタボタボタッ
便器を黄色く汚す。
う、ぇえっ
喉に引っかかるようにして、ビーフジャーキーも。
飲み込んだばかりの食べ物たちは、まだ胃酸の味もしない。その温度も保ったままだ。

だんだん固形のものが出てこなくなるまで、胃の奥から絞り出した。

ふぅ…

涙と、胃液混じりのヨダレだらけの顔。
入念にトイレットペーパーで拭って、石鹸であらいながす。
少しカレーの匂いがかすめる。

ああ、またこれで食べられる。

その店の勘定は、8,000円を超えた。

**

お腹いっぱいに食べたい時は、食べて吐いて、それを繰り返して、美味しいものを、飲み込む快感を何度もあじわう。
そうやっていれば空白はやがて時間とともに過ぎ去り、眠りの時間だけが暇を忘れさせてくれるのだから。
輪郭がボヤけたような自分の体は、アルコールと食べ物の消化で忙しく、膨張して、熱くて、汗をかいている。

酩酊した視線を、輪郭のボヤけた白い月が横切る。
今日も私はこの路地で、私の世界は全て裏返ってしまって、この狭いところから抜け出す方法もない。


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