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「当事者意識の欠如」と「心の教育」の関係
日本に戻って強く感じること。
それが人々の「当事者意識の欠如」です。
お上が決めてくれる
誰かがなんとかしてくれるだろう
他の誰かが何かすべきだ
自分は悪くない。悪いのは、**
みたいに言われる方、とても多いです。
しまいには、自分の人生なのに「会社は自分をどこに配属すべき」「上司を辞めさせるべき」などと、他人に期待しています。50代の方でもこういうことをおっしゃいます。
「今、自分がここにいるのは、自分のせいではないのだ」と。
「自分は**世代だから」「実家が太くないから」「性格が○型ですから」ーーキリがないです。
しかし、これなんでなんだろう? と不思議でした。
ヒントとなる思考の本を読んだのでご紹介します。
「当事者意識の欠如」は教育からきている
元麹町中学校の工藤勇一先生と哲学者の苫野一徳先生の対話「子どもたちに民主主義を教えよう――対立から合意を導く力を育む 」です。
工藤先生は、「当事者意識の欠如」が日本の課題だと言います。
工藤 結局ですね、選挙制度や言論の自由など、制度だけみれば日本が民主主義国家であることは間違いないと思うんです。でも「自分たちが社会をつくっているんだ」と思っている大人って決して多くないですよね。相変わらず国政選挙の投票率って50%くらいしかないし、社会をよくするのは政治家や役所の仕事だと思っている人がほとんどじゃないですか。「当事者意識の欠如」こそが日本の課題です。
工藤先生は教育現場に答えがあるとしています。
工藤 しかし、いまの日本の学校は民主主義とは真逆のことばかりしています。
・自律させない(依存をつくる・従順さを求める)
・違いを認めない(同質性を求める・マイノリティを切り捨てる)
・対話の機会を与えない(意見を言わせない)
・対立を理性ではなく「思いやり」「愛」といった「心の教育」で解決しようとする
挙げればキリがありません。
しかも問題なのが、現場の教員たちが子どもたちによかれと思ってこれらを続けていることです。未来の人材を育成する学校現場で民主主義を教えられないために、いつまでたっても日本に民主的な思考が根付かない事態を引き起こしています。 「なぜ工藤さんはできたんですか?」
ルールは「つくるもの」ではなく「与えられるもの」だと学校で教えられるから、学生たちの反応はその影響なんでしょうね。
苫野 まったく反対のことを教えてしまっているんですね。
私もつい最近まで「学校は変わらない」「変えられない」と思い込んでいましたが、どうも民主主義の教育というものは違うらしいということが、最近行ったニュージーランドや前広島県教育長の平川理恵さんとの対話でわかってきました。
「心の教育」がもたらすものとは
なんでこんなことになったのか。
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