
「プロ」を名乗るのが難しい時代
こんにちは。
少し前、こんな漫画を読みました。
日本語教師が言われてモヤることを漫画にしてみた(4p) pic.twitter.com/x0nq82j6nE
— 清アラタ/日本語教師による日本語教師のためのイラスト (@kiyomiarata) November 16, 2020
日本語教師じゃない友達たちから、「日本語教師なんて絶対オレでもできる」「私にもできる」「なっちゃおうかな」って言われた主人公がモヤモヤする話なんですが、この「モヤモヤ」、いろんな人が感じてるんじゃないだろうか。
こうなってるのは、何も日本語教師だけじゃないです。
今日はこの「モヤモヤ」の正体を考えてみます。
日本語教師だけじゃない
インターネットが暴いたのは、民間資格など「資格ビジネス」の弱さです。
私もitalkiの「コミュニティ・チューター」にマレー語を習っていますが、実は、何かを教えるのに、資格も入らない時代になりました。もちろん、教え方に差はあるのですが、「それでもいいや」って生徒が増えてるのもまた事実です。
今の不安の正体の1つは、どんな人のどんな仕事も、簡単に代替できてしまうってことだと思う。
学校も、そのうち教員免許なんていらなくなるでしょう。
マレーシアのインターの先生で、教員免許持ってない人なんてたくさんいます。
息子の先生たちだって誰一人免許なんて持ってないんです。元パイロットだったりプログラマーだったりです。
医療分野はアップルやGoogleが本気で取り組んでます。
そのうち医師の仕事は大幅に減り、ITが医療をするようになると言われます。
弁護士はすでに難関だった試験そのものが簡易になり、稼げない人が増えてきました。カウンセラーも百花繚乱で、もはや「国家資格」なんて無視されつつある。
表現分野もハードルが下がりました
こんな風に、さまざまな職業がコモディティ化しつつある。
今や一億総クリエイターの時代です。
1990年代の終わりくらい、多くのカメラマンに言われたこと、それは「デジタルカメラが進化しすぎて仕事が減った」です。
高価な機材なしに撮れなかったハズの写真が、素人にも撮れるようになって、多くの媒体で、編集者やライターが自分で撮影する時代になりました。「こんな程度の写真で良いのかい」と、「細心の工夫をして、高い機材でやっていた努力を無視されたようで辛い」といっていたカメラマンもいます。
しかし実は、編集者だってライターだって同じです。今どき誰でも「ライターです」「編集者です」って名乗れます。かつて、雑誌の編集者になるのは狭き門だったのです。
ここから先は

これまで数百件を超えるサポート、ありがとうございました。今は500円のマガジンの定期購読者が750人を超えました。お気持ちだけで嬉しいです。文章を読んで元気になっていただければ。