第2話 『昭和17年・飛龍からの来訪者』

 2025/1/20(令和7年1月20日) 太平洋 ミッドウェー海域

 護衛艦『いずも』の艦橋では、艦長の石川と隊司令の小松が驚きの表情を浮かべていた。目の前の海上に、突如として現れた数百人の遭難者たち。

 さまざまな格好の人間が遭難していたが、誰しもが血の臭いとでもいうのだろうか、普通の遭難者とは違った雰囲気をまとっていたのだ。

 服装には統一感があり、なんらかの作業着、もしくは制服のようだった。


 石川は艦橋の窓から海面を見つめながら、冷静に指示を出している。

「救助活動の進捗状況は?」

 航海長が即座に報告する。

「現在、内火艇2隻が既に海上に展開し、第一陣の遭難者に接近中です。SH-60ヘリコプター1機も発進準備完了、あと2分で離艦可能です」
 
「よし、救助活動を継続せよ。衛生科長、医療態勢の準備状況は?」
 
 石川はうなずき、さらに指示を続けた。

「はい、艦内の医務室に加え、格納庫にも臨時の処置スペースを設置しました。200名規模の受け入れ態勢が整っています」

『いずも』には、自衛隊中央病院から派遣された医官(2等海佐)である衛生科長(医務長)の桐生巧を中心に、看護長の斎藤香をはじめとする約10名の医療スタッフが配置されていた。

 その中には、MEDIC(2名)も含まれているが、彼らの所属は衛生科ではなく飛行科である。2人は准看護師および救急救命士の資格を有しており、そのスキルを活かして医療チームの一員となっていたのだ。

「よし、速やかに収容と必要な治療ができるよう準備しろ。CIC、船務長、付近に類似の現象はあるか? 遭難信号、またはその可能性のある通信は?」

 石川はCICの責任者である船務長に向けて確認するよう指示を出した。

「艦橋-CIC、レーダーおよび無線通信で半径50海里以内に異常は検出されていません。遭難信号も確認されておりません」

 船務長の小堺英二が即座に応答した。

 石川は状況を整理しながら隊司令の小松に向き直る。

「司令、この状況は普通ではありません。遭難者の服装や様子が……なにもかもおかしい」

「ああ、まるで……」

 小松は深刻な面持ちで応じた。

 なにか言いたげではあったが、それを言ってしまうと現実から目を背けている、指揮官としてあってはならない見解だ、と受け取られかねない。

「司令、現実を直視すれば……。彼らの服装は軍服に見えますが、わが海自の制服ではありません。階級章から判断すると軍関係者か公職者と推測できますが、全員日本人なので米軍ではないはずです」

 外見に関する情報は救助を開始した時から入っていた。

 おかしい、と。

 

 続々と遭難者が収容されていたその時、MEDICの一人が報告のため艦橋に駆け込んできた。

「艦長、遭難者は簡易身体検査では異常はありませんでした。しかし……」

「しかし?」

「はい、ただ……全員が驚くほど均一な身体状況で、年齢層も極めて限定的なんです」

「どういう事だ? どう限定的なんだ?」

 MEDICは報告を続ける。

「遭難者全員ではありませんが、ほとんどが20歳から30歳の男性です。40代から50代の男性もいますが、それを含めて全員が体格も似通っていて、全員が良好な筋肉質の体型を維持しています。さらに、彼らの歯の状態も驚くほど良好で、現代の歯科治療を受けた形跡がありません」

「なんだって? 歯医者に行った人間、その形跡がまったくないのか? 1人もか?」

 石川は息をのんだ。

「はい艦長。現代の一般的な歯科治療の痕跡、例えば金属製の詰め物や歯列矯正の跡が全く見られません。むしろ彼らの歯は驚くほど健康で、徹底的な口腔こうこう衛生管理を受けているかのようです」

 石川はこの報告に困惑の色を隠せない。彼は小松と視線を交わし、状況の異常さを確認し合った。

「艦長、ちょっとこっちへ……。これから突飛な事を言うが、聞いてくれるかね?」

「なんですか、司令」

 こういう話しぶりだが、小松の同期で親友でもある石川はなにかを察知した。

「君は、漫画は読むかね?」

「漫画ですか? ええ、まあ。人並みには読みますよ」

「……これはまるで『かわもとたいじ』の『空母ひよう』みたいじゃないか」

「え? 司令、いったい何を……」

 石川は耳を疑ったが、小松が言う『空母ひよう』は『かわもとたいじ』作の人気漫画のタイトルである。

 ストーリーは現代の護衛艦である『ひよう』が訓練中に1947年(昭和17年)のミッドウェー海戦が行われた海域にタイムスリップする物語だ。

「あれの逆バージョンだよ。そう考えれば納得がいくのではないかね?」

 小松はそう言ったが、突飛も突飛、およそ護衛隊の司令たる者が発して良い言葉とは石川には思えなかった。

 石川は小松の言葉に戸惑いを隠せなかった。現実離れした状況に直面し、冗談とも本気ともつかない提案を聞かされた彼の頭の中は混乱していたのだ。だが、目の前の事実は否定しようのない。

「司令、確かに状況は異常です。しかし、タイムスリップはさすがに……」

 石川がそう言うと、MEDICが新たな報告を持って駆け込んできた。

「艦長、遭難者たちの中に、艦の指揮官に会わせてほしいと言っている者がいるのですが……」

「なんだって?」

 遭難の状況といえば、明らかに単艦でのそれである。

 周囲に救助する艦艇も航空機もおらず、要するにほとんどの人員が海に放り出された状態で、内火艇やカッターに乗れるのはけが人で、その他は救命胴衣をつけてそのまま海へドボンである。

 極限状態とも言える状況下で救助されたにもかかわらず、指揮官に会いたいと言い出すのは、同じく指揮官クラスではないかと容易に推測できた。

「司令、この遭難者たちの中に指揮官クラスの人物がいるようです。会って話を聞いてみましょう」

「そうだな。直接話を聞けば、状況がはっきりするかもしれん」

 小松はうなずき、同意した。

「その遭難者はどこだね?」

「はい、治療が必要な者は医務室におりますが、その他の士官は士官室にて休んでもらっています。もちろん基本的な検査は終わっています」

「わかった。では案内してくれ。艦長、行こう」

「はい」



「副長、ここはいったいどこなのですか? 飛龍は敵の攻撃を受け、甲板に直撃弾を食らって大破炎上していたはずです。しかしこの艦は被害どころか……帝国海軍の艦に似てはいますが……」

 そう聞いているのは、ミッドウェー島攻撃に参加した角野博治大尉(海兵65期・24)である。左足に被弾したが片足で操縦し、爆撃を敢行して帰還した猛者であった。

 左足には止血のための包帯がグルグル巻かれ、松葉杖をついている。

「そうです。見かけは私たちと同じ日本人ですが、まるで戦時下とは思えない落ち着きようです」

「私もそう思います。そもそもあの海域に空母は飛龍しか残っていなかったはずです。翔鶴や瑞鶴どころか、こんな空母みたこともありません」

 同じく攻撃隊隊長の橋本敏夫大尉(海兵66期・24)と戦闘機隊隊長の重松康弘大尉(海兵66期・24)も続いた。

「オレにもわからん。オレたちはカッターに乗って飛龍から離れる最中に暴風雨に巻き込まれた。それに、あれは真夜中だったはずだ」

 副長の鹿江隆大佐(海兵48期・42)も混乱する頭をわずかな情報をもとに整理している。

「しかし見てみろ。ここがどこかわからんが、あの時計では昼の13時20分過ぎだ。昼と夜がいつの間にか逆転するなんて……これをどう説明するんだ? オレがこんなことを言ってはいかんのかもしれんが、訳がわからん。……だから、この艦の指揮官に合わせてくれるよう、医官に頼んだところだ」

「……では、その指揮官を待つと?」

「その通りだ」

 角野の言葉に鹿江は静かに答えた。



 士官室の扉が開き、小松と石川が入室した。

 部屋の中にいた旧日本海軍の将校たちは一斉に立ち上がり、反射的に敬礼する。

「第二航空戦隊、空母飛龍副長、鹿江隆大佐です。まずは救助していただき、感謝いたします」

 鹿江が前に進み出て自己紹介したあと、角野・橋本・重松も順に自己紹介をした。小松は深呼吸をし、冷静さを保とうと努める。
 
「第一護衛隊司令小松一佐です」

「護衛艦いずも艦長、石川一佐です」

「護衛艦……いずも……ですか? 帝国海軍ではない……。ここはいったい……。我々はいったいどこにいるのでしょうか」

 鹿江は混乱した表情で尋ねた。

 

「皆さん、信じがたいかもしれませんが、今日は2025年、令和7年の1月20日です。ここは太平洋のミッドウェー海域です」

 小松は言葉を選びながら答えた。

「れ、令和……? 2025年だと……?」



 鹿江たち4人は青天の霹靂へきれきだったが、小松と石川もまた、鹿江が空母『飛龍』の名を挙げ、4人が自己紹介をしたことに驚きを隠せないでいた。



 次回予告 第3話 『遭難者たちの正体』

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