第4話 『護衛艦いずもと山口多聞』
2025/1/20(令和7年1月20日) 夜
日没までに洋上の第1護衛隊では救助活動が終わりを迎え、各艦連動して負傷者の治療その他を行っていた。本来であれば戻ってハワイに寄港し、米軍の協力を受ける等の措置が行われるかもしれない。
しかし幸いにして命にかかわる緊急手術を必要とする者はいなかった。常識では考えられないイレギュラーな出来事のため、隊司令の小松はこのまま日本へ帰ろうと決断したのだ。
小笠原諸島の父島には海上自衛隊の基地があり、補給に対応できる。
小松は一連の事象を『特定秘密』に該当すると判断した。そのため父島基地司令・横須賀地方総監・海上幕僚長の三者にのみ連絡をして補給しようと考えたのだ。
法の上では『特定秘密』だが、意味合い的にはその中でも『機密』である。
「こちらが作戦指揮所です。最新のレーダーシステムや通信機器を備えています」
小松と石川が案内したのはCIC(コンバット・インフォメーション・センター:戦闘情報指揮所)である。
だが機密事項のカタマリであるCICに、軍人とはいえ部外者の帝国海軍の士官を入れるのはどうなのか?
そういう議論を、あとになって事情を知らないコメンテイターがゴチャゴチャ言いそうだが、そもそも状態が異常なのだ。彼らに現在と過去を認識させ、いまどんな状況なのかを理解させるにはこれが手っ取り早い。
小松に促されるまま、鹿江と旧海軍士官の角野・橋本・重松の3人は艦橋から一段下がったギャラリデッキへと向かった。いずも型護衛艦の心臓部とも言えるCICへと足を踏み入れたのだ。
目に飛び込んできたのは、壁一面に設置された大型ディスプレイ。
そこにはレーダー・ソナー・電子戦情報、そして衛星通信で送られてくるリアルタイムの戦況図などがあった。膨大な量のデータが映し出されている。
鹿江は情報量の多さに圧倒されつつも、ディスプレイから目が離せなかった。
「このCICには、OYQ-12戦闘指揮システムが搭載されています。情報処理サブシステムOYX-1と呼ばれる新COTSコンピューターを採用し、オープンアーキテクチャ化を進めています」
小松は説明を続けているが、当然ながら鹿江はもちろん、帝国海軍の4人は詳細は理解できない。しかしそれらが、なんらかのシステムの名称であり、高度に集約された情報を扱っているのは理解できた。
鹿江は大画面に映る詳細な海図に注目する。
「これほど精密な情報を瞬時に把握できるのですか」
「はい。衛星通信装置を使用して常に最新の情報を受信しています。XバンドのNORA-1C・広帯域用のNORA-7・KuバンドのNORQ-1を備えているほか、アメリカ海軍の通信衛星に接続するAN/USC-42も搭載しています」
小松はうなずいて答えた。
小松は4人に分かりやすく、なるべくシンプルに答えているつもりだ。しかし『衛星とはなんだ?』という人間にイージスシステムを簡潔に説明するのは難しい。
角野が通信機器に目を向けた。
「これらの装置で、艦隊全体と情報を共有できるのですね」
「そのとおりです。戦術データ・リンクを使用して、これはリンク11とリンク16といいますが、艦隊内で情報を共有しています」
石川が補足する。
「また、このCICの隣には旗艦用司令部作戦室、FICがあります。そこでは統合任務部隊司令部を設置でき、約100名規模の幕僚が活動できます」
鹿江たちは感嘆の声を上げた。CIC内を歩きながら、彼らは最新の指揮統制システムの能力に驚きを隠せなかったのだ。
「このいずも型護衛艦は、艦隊の中核として機能することを想定しています。単艦での戦闘能力よりも、ごらんのとおり空母……指揮統制能力とヘリコプター・戦闘機の運用に重点を置いています」
小松は続けた。
鹿江は理解を示しつつ質問する。空母の防御力が脆弱であることは先刻承知の上だ。
「では、この艦の防御はどうやって?」
「最小限の自衛火器を装備しています。主にSeaRAMとファランクスCIWSです。艦隊全体での防御を前提としているのです」
CICの高度な技術と艦の役割の変化に、鹿江たちは深い驚きと感銘を受ける。現代の海上戦の複雑さと、それに対応する技術の進歩を実感したのだ。
「では次に、格納庫にご案内しましょう。CICはもちろんの事、回転翼と固定翼、どちらも運用できるのが『いずも』の強みなのです」
小松は飛行長の川田政一二等空佐に艦内電話で連絡する。
『いずも』の航空管制室は艦橋の後部にあり、飛行甲板を一望できた。この航空管制室で両方の運用を司っているのだ。
――『CIC-医務室』――
――『はいCIC』――
――『隊司令もしくは艦長いらっしゃいますか』――
――『司令も艦長も在室です』――
短い通話であったが、医務室からCICの小松へ連絡が入った。山口多聞と加来止男の意識が戻ったとの知らせである。
「なに! ? 司令官が! 艦長も!」
知らせを聞いた鹿江はもちろん、他の3名も飛び上がらんばかりであった。小松は鹿江たちの驚きの反応を見て、落ち着いた声で説明を加える。
「そうです。山口司令官と加来艦長の意識が戻ったとの連絡が入りました。すぐに医務室へ向かいましょう」
「まさか……司令官と艦長も、私たちと同じで……」
鹿江は興奮を抑えきれない様子で言葉を続けたが、角野が代わりに問いかける。
「時空を超えて来られたのですか?」
「はい、間違いなく司令官と艦長も私たちと同じ状況にあると考えられます。詳しい状況は医務室で確認しましょう」
小松はうなずきながら答えた。
4人の旧海軍士官たちは互いに顔を見合わせ、複雑な表情を浮かべる。喜びと困惑、そして不安が入り混じる中、彼らは小松の後に続いて医務室へと向かった。
CICを出て廊下を進みながら、重松が小松に尋ねる。
「司令官と艦長には、現在の状況をどう説明するのでしょうか?」
「嘘を言っても仕方ありません。皆さんと同じように説明するほかないでしょう」
小松の言葉に4人は沈黙した。医務室への廊下を進みながら、彼らの表情には複雑な思いが浮かんでいる。
「全員で入室しましょう。司令官と艦長にとって、皆さんの存在が大きな支えになるはずです」
「心の準備はいいか。私たちは経験を共有して、司令官と艦長を支えるのだ」
医務室の前に着き、小松の言葉に鹿江はうなずいて他の3人に向かって言った。
ドアが開くと山口と加来の姿が見え、鹿江たちは感情を抑えながら、ゆっくりと二人に近づいていく。
「司令官、艦長、私です。鹿江です。ご無事で何よりです」
鹿江は山口と加来のベッドの間に立ち、静かに声をかけた。
山口は振り向いて鹿江たち4人をみると――。
「おお! 副長! それに攻撃隊の君たちもあの渦に! いや……しかしよかった。生きてまた会えるとは、夢じゃないな」
え?
豪放磊落な山口の姿がそこにはあった。
次回予告 第5話 『山口多聞と飛龍乗組員』