第818話 『人口増加の必要性』
文禄四年十月二十八日(1595/11/29)
小佐々家ではこの30年の間、台湾への進出を手始めとした南方への入植、そしてインド・アフリカ方面と北方への資源獲得のための進出が相次いでいた。
台湾やフィリピンへの大がかりな入植を始めたころから言われてきたことだが、その規模とスピードが増大するにつれ、当然ながら日本本土からの人口の流出が始まった。
これはすなわち国内(既存の日本)の労働力の低下を意味するが、それは国力の低下に直結する。
そのため10年以上前から戦略会議室では人口増加の必要性を提起され、労働監督庁が労働力不足の実態を報告してきたのだ。その後経済産業省が産業発展のための人口目標を提案し、戦略会議室で総合的な人口増加政策、労働力確保と増加政策が決定されてきた。
「ふむ……」
純正は進行中の議題に対する真剣な表情を浮かべている。
この30年間にわたる南方への進出や大規模な入植がもたらした影響を考慮し、国力の低下につながる人口流出の問題を提起した。この問題については十数年前から論議がされており、定例の会議でもある。
「皆、わが国の人口問題は喫緊の課題だ。然れど単に数を増やすだけでは足りぬ。質をあげてこそ、意味がある」
純正は会議室を見渡しつつ各大臣の表情を確認すると、厚労大臣の東玄甫が口を開く。
「助産師制度を整えることにより、乳児死亡率は約四割減少し、ただ今は一割を切っております。また各県に設立された純アルメイダ大学医学部からは、各校毎年百五十名以上の医に携わる者が巣立っています」
全員に配られた資料には、各地の出生率と死亡率の推移が記されている。それを指し示しながら玄甫は補足する。
「教育と医療の改革は確実に成果を上げております。特に地方での識字率向上は目覚ましく、科学的知識の普及に大きく寄与しています。これにより以前よりありました迷信なども減少の一途をたどっております」
医療改革を主導してきた玄甫は書類の束を手にさらに続ける。
「各県からの報告によれば、旧産婆から助産師への移行もほぼ完了しました。残るは遠く離れ、隔てられた土地での医療体制の整備です」
文部大臣の上泉喜兵衛延利は机の上の地図に目を向けながら発言した。医療改革と教育改革は、厚労省と文部省が省の垣根を越えて行ってきた一大改革である。
「海外拠点においても、現地住民向けの医療施設と教育機関の設置が進んでいます。台湾では既に三箇所の大学が稼働中です」
「うむ。引き続き頼むぞ」
純正は各大臣の報告に満足げな表情を浮かべつつ、さらなる展開を促した。
「医療と教育の改革は順調だ。次は産業の仕組みの改革に着手しよう。入植による人口の流出は、技術開発による労働力の補填である程度は能うが、限りがある。それゆえ医療と教育の改革で人口をさらに増やそうとしてきた。然れど増えればそれに見合う雇用の創出が必要となる」
純正のその発言に反応したのは経産大臣の岡甚右衛門である。甚右衛門は手元の統計資料を広げ、産業別の雇用数の推移を示して言う。
「造船業と製鉄業での需要は増加の一途をたどっています。南方・インド・アフリカ・ヨーロッパ、そして北方からアメリカ大陸までの航路の拡大に伴い、熟練技術者の育成も急務となっております」
ちなみに漢字圏以外の地名は純正がつけている。発見された地名は和名で名付けられるが、結局おぼえるのが大変な純正がカタカナに直し、括弧書きで和名を記す有り様であった。(もしくは当て字)
甚右衛門が示した紙面には各産業の労働力分布の概要が記され、その右端には今後十年の予測値が朱書きされている。甚右衛門はその数値を指で押さえながら続けた。
「然りながら機械化による省力化には限りがあります。この先は新たな産業の創出と、それに見合う人材育成が不可欠かと」
「うむ、その人材育成に関しては如何だ? 如何なる策を為しておるのだ? 各技能を修得させるための専門学校は十五年前から設け、国内に数えきれぬほどあろう」
「はい。専門学校を多数設けるにつれ、技術者の育成は着実に進んでおります。特に造船と製鉄の分野では、徒弟制度と学校教育を組み合わせた独自の仕組みを確立しました」
岡甚右衛門は純正の質問に対し、手元の報告書を整理しながら答えた。
「例えば、長崎の造船所では、実践的な技術訓練と理論教育を並行して行う三年制の学校を設けています。ここでは毎年百名以上の熟練工が育っており、彼らは即戦力として各地の造船所で活躍しています」
「ふむ、その育成の仕組みはつぶさ(具体的)には如何なるものか?」
岡甚右衛門は答える。
「基本的な技能は学校で学び、専門的な実践訓練は現場で行います。学校では数学、物理、製図などの基礎科目に加え、造船や機械工学の専門知識を教えています。現場では、熟練工の指導のもと、実際の船舶建造に携わりながら技術を磨いていきます」
「……では雇用の創出と人材の育成において何の障り(問題)もないではないか」
「は。殿下の仰せのとおり、専門学校では実務に即した教育を供すことで一定の成果を上げております。おかげ様で、基幹産業を支える技術者層は着実に厚みを増しております」
岡甚右衛門は、既に十数年来取り組んできた人材育成施策の進捗状況を報告し、今後の課題として教育内容の高度化、新興分野への対応、そして地域間格差の是正を挙げる。
「然りながら技術の革新があまりにも速く、ただ今の教育の在り方では足りませぬ。より高度な専門知識と技術を備えた人材育成こそ、今後の国力増強の鍵となります」
「うべな(なるほど)。では如何いたす」
じっくり話を聞いていた純正が相づちをうちながらが聞いた。
「まず、ただ今の学校における課程を刷新し、高度なる専門の知識技能を修得せしめねばならぬかと存じます。第二に、機械学、電気学等の勃興せる新分野に精通せる俊才を育成する為、新たなる学校、もしくは学科を設くるを急務とするが肝要。最後に、地方における教育の振興を図り、都会との隔たりを是正するをもって、全国津々浦々より優秀なる人材を輩出するに至ると存じます」
「うむ。あい分かった。良きに計らえ」
医療・教育の改革が、また進んでいく。
次回予告 第819話 『バンテン国王カンジェン・ラトゥ・バンテン』