第45話 『槍太救出』
2024年11月29日
「おい、なんだコイツら?」
「あ? どーした?」
「いや、あの……間違いないと思うんですが、例の古代から来たって言う3人と、過去と現代を行き来したって噂の6人がいるんですよ。いま研究室にいるヤツの仲間です」
「はあ?」
ロシアのIIA(Institute for Irregular Anomalies:異常現象研究所)工作部隊長ディミトリ・ヴォルコフは、監視員の報告に疑問の声をあげた。
ディミトリは監視員の報告を聞き、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべた。彼は椅子から立ち上がり、ゆっくりと窓際に歩み寄った。外の景色を見つめながら、状況を整理しようと試みる。
「どういうことだ? なんで検体Aの仲間が集まっているんだ?」
監視員は緊張した面持ちで報告を続ける。
「わかりません。この研究所の場所を突き止めたとは考えにくいですが、どちらにしても間違いなく何かを嗅ぎ回っています。見てください。辺りを見回しながら、手分けして探しているとしか思えません」
「ふん」
ディミトリは鼻で笑い、続ける。
「まあ、なんでもいい。他の検体が捕まえる前に向こうからやってきたんだ。飛んで火に入る……なんと言ったか? 日本のことわざで……」
「夏の虫ですか?」
「そう! それだ。確保するぞ」
「えっ! まずいですよ! 所長に報告してからじゃないと」
「ナタリアへの報告は後だ。いま報告すれば、情報収集だ様子を見るだ、面倒くさいことを言うに決まっている。いいな、オレの部隊で捕獲にいく、絶対に言うんじゃないぞ!」
「は、はい……」
ナタリア・メドヴェージェヴァはこの研究所の所長であり、ディミトリの同僚でもある。事ある毎に反発しているが、なぜか毎回作戦はうまくいき、常にセットのように配置されていたのだ。
ディミトリは作戦室に部下を集め、急ごしらえの作戦を説明する。
「目標は9名。うち3名が古代人、6名が現代人だ。生け捕りを基本とするが、抵抗する場合はケガをさせてもかまわん。容赦なく制圧しろ」
部下たちは無言でうなずく。ディミトリは地図を指し示しながら続けた。
「我々は3つの小隊に分かれる。A(アー)隊は正面から、Б(べー)隊は裏口から、В(ヴェー)隊は横から接近し、同時に襲いかかって一気に対象を確保する」
作戦説明が終わると、部隊は素早く移動を開始した。
一方、修一たちは廃工場の周辺を探索していた。壱与が残念につぶやく。
「槍太がここにいるのだな。早く助け出してほしいものだ。吾等には何もすることがないとは、情けない」
「そんなことはない。藤堂さんがいったじゃないか。杉さんのチームが突入して、必ず槍太を取り返してくれるよ」
修一が周囲に注意を払いながら壱与に返した。
「みんな、伏せろ!」
大声と同時に全員が伏せ、修一たちは男の指示に従って物陰に隠れた。
「大丈夫です、心配いりません。Bチーム長の近藤です。杉とは同期です。あいつにばっかり良い格好はさせられませんからね。安心してください」
説明の直後、銃声が響き渡った。
修一たちは近藤チームに守られ、おとりとして行動を開始した。彼らの目的はロシアのIIAチームの注意を引きつけ、施設から遠ざけることだ。
近藤の素早い判断で一行は安全な場所に身を隠したが、銃弾が頭上をかすめていく。修一は壱与を守るように抱き寄せ、イサクは本能的に剣に手をかけた。
銃撃戦の緊迫感が高まる中、修一たちは息を潜めて状況を見守る。
短い言葉、素早い動き、鋭い視線のやり取りが、この危機的状況をより一層際立たせていた。近藤は無線機で状況を確認しながら、小声で指示を出す。
「杉のチームが施設内に突入しました。我々はここで敵の注意を引き続けます。皆さん、大丈夫ですか?」
修一たちは無言でうなずいた。近藤チームの役目は、藤堂と土方から事前に説明された作戦の概要に従って修一たちを守りつつ、おとりとしての役割を全うすることだ。
「残り10分だ。頼むぞ杉……」
そう近藤は願いつつ、銃撃戦は続く。
修一たちは息を潜めて状況を見守っていた。近藤チームの素早い対応により、一行は何とか安全を確保していたが、緊張感は一向に緩む気配がなかった。
「侵入者です!」
所長室で執務していたナタリア・メドヴェージェヴァは監視員の報告に驚く。
「なんですって! ? 簡単に侵入を許すなんて……。ディミトリは! ディミトリは何をしている?」
工作部隊長、いわゆる実動部隊の隊長であるディミトリを探させるが見当たらない。
「そ、それが……例の古代人と、過去に行ってきたというヤツらがいたらしく、現在確保に向かっています!」
「! 私は何も報告を受けていないわよ!」
「そ、それが所長には言うなと口止めされていまして……」
「バカな! 捕らえられればいいけれど、失えば全て終わりなのよ! すぐに撤収させて」
ナタリアはディミトリを撤収させて侵入者にあたらせた。
「槍太くん、無事か! ?」
「す、杉さん……? 良かった。これで助かった……」
槍太は半泣き状態で杉に返事した。主力の工作部隊が不在のため、槍太が軟禁されている研究ルームまでは通常の警備員しかいなかった。比較的容易に到達できたようである。
「ここからが本番です。歩けるか?」
「はい! なんとか踏ん張ります!」
モルモットにされそうになった槍太である。火事場の馬鹿力というやつだろう。
――本部、状況は? 脱出経路を教えてくれ。――
杉の無線機から本部の声が響いた。
――了解。……最短経路はD通路を抜けて裏口だ。ただし、敵の部隊がA通路を最短で向かっている。3分以内に脱出しないと出口まで100mのところで衝突する! 急げ! 3分だ! ――
杉は槍太の肩に手を置いて前進を促した。二人と部隊員は薄暗い廊下を進み、D通路を走って裏口へ向かう。脱出できれば近藤のチームと合流でき、ディミトリの部隊とも互角以上の戦いができる。
損失は免れないだろうが、退却は可能だ。
杉と槍太は息を切らしながらD通路を駆け抜けた。施設の壁に取り付けられた蛍光灯が不規則に点滅し、二人の影をゆがませる。槍太の足取りが怪しくなり始めたとき、杉は彼の腕を掴んで引っ張った。
「あと1分だ。踏ん張れ」
槍太は顔をゆがめながらも必死にうなずいた。通路の突き当たりに、大きな鉄扉が見えてくる。
突如、警報音が鳴り響いて赤いランプが点滅し始めた。杉は舌打ちし、無線機を取り出した。
――本部、状況は? ――
――敵部隊が予想以上に速く移動している。30秒以内に脱出しないと。――
杉は槍太を見た。苦しそうに息をしながらも、懸命に走っている。
「行くぞ」
二人は最後の力を振り絞って走った。
「止まれ!」
ディミトリの声が響き渡るが、鉄扉まであと10メートルだ。
杉は瞬時に判断を下して『槍太、伏せろ!』と叫ぶやいなや、ポケットから閃光弾を取り出してディミトリたちに向かって投げつけた。
まばゆい光が通路内を包む。
「今だ!」
二人は混乱に乗じて鉄の扉をこじあけると、その向こうには近藤たちが待機している車が見えた。
「急げ!」
近藤の声に促され、杉と槍太は車に飛びこむ。
砂煙が舞うなかで後ろから銃撃を受けながらも、エンジン音とともに車は研究所を後にした。槍太は後部座席で深く息をつく。
「杉さん、ありがとうございます」
「まだ安心するな。これからが本当の戦いの始まりだ」
杉はほほえんで答えたが、市街地に入るまでは油断できない。
――ディミトリ、撤収しろ――
――はあ? 何言ってんだ! これからだろうが! 今ならまだ奪い返せる! ――
――本部からの命令だ。奪還された時点で我々の負けだ。これ以上事が大きくなれば日本政府も黙っていない。――
――はんっ! 腰抜けの日本政府になにができるって言うんだ! ――
――いったい誰のせいでこうなったと思っているんだ? いいか、所長命令だ! これ以上逆らうなら、貴様も軍法会議にかけるぞ! ――
――ちっ。わかったよ。――
「おい、撤収だ!」
「しかし……」
「撤収だ!」
次回予告 第46話 『顚末』