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第7回職員のための空間

 連載「新しい教育のために学校の空間的環境を変える」の第7回です。オランダのイエナプランスクールの教員研修などをされている、ヒュバート・ウィンタースさんに全12回にわたって学校空間に関してお伝えいただきます。翻訳・解説は、オランダ在住の教育研究家、リヒテルズ直子さんです。

筆者 ヒュバート・ウィンタース Hubert Winters
 ヒュバート・ウィンタース氏(1952年オランダ生まれ)は、オランダで小学校教師の経験を10年、小学校の校長経験18年を経たのち、1999年に学校および現職教員のためのサポートを行う研修会社JAS(イエナプラン・アドバイス&スクーリング社)を設立し、以来、主としてオランダにあるイエナプランスクールの教員のための現職研修および、学校の教職員チームを対象とした教育支援事業を行ってきた。
 レオワルデンの聖パウロス小学校で校長をしていたときに、学校改築事業で、「子どもたちのための優れた学習環境の創生」という観点から教育学的な視点でこのプロジェクトにかかわり、さまざまな学校空間のアイデアを実現した。2003年より、JASの事業の一環として、学校の新改築プロジェクトでファシリテーターの役割を担う。すなわち、学校の教職員および他のすべての関係者が持つ、空間的ニーズを調査し、学校側のこれらの願望を空間的環境へと翻訳する立場にある建築家に対して仲介する役割である。
 現在までに、ウィンタース氏は、約50の新改築プロジェクトにファシリテーターとしてかかわり、本連載のテーマである学校空間についてのいくつかの記事もオランダ語の媒体を通して執筆、発表している。

職員のための空間

 世界中で大流行したコロナのおかげで、多くの人が、これまでのように一つの建物に集まって一緒に仕事をするのではなく、自宅で勤務することが多くなった。

 オランダでは、コロナが収束し始め、人々が徐々に仕事場に戻り始めている現在、自宅勤務の経験を経た人々は、職場環境や職員のための空間のあり方について、もっとよりよいものにできないかと考え直すきっかけにもつながっているように見える。こうしたなかで、人々が同じ仕事場でともに働き、お互いが出会うことの意義はなんなのか、これまでよりももっとよい業績を生むというだけではなく、さらに、職員がみな健康で、より幸せになれるようにインテリアとはどういうものかということを、人々があらためて考え直すようになった。

 職場環境に関する調査からも、いくつかのことが明らかになった。

創造性・協働・コーチング

 職員たちは、お互いから学び合うために、お互い同士で専門職者としてコンタクトを取ることを欲している。何かわからないことがあったら、ちょっと誰かに相談してみるとか、さっと何かの打ち合わせをするとか、近くにいる誰かとの対話を通して知らなかったことを学ぶなどということは、新しいアイデアを生み出したり、何かを学んでいくうえで極めて重要だ。また、二人ずつでパートナーとして会話したり、コーチと会話をするなど、職員のために学びのチャンスを意図して用意する場合もある。

 しかし、「みんなが一緒に座って話をする」ことが職員にどれほど求められているかの度合いは、人によってそれぞれ異なる。

会議のように予定されない日頃の接触

 協働作業は、普通は、自分がよく知っている人とならうまくできると考えるものだ。しかし、そうだとすれば、職員同士がお互いによく知り合えるためのプロセスが必要だ。

 職員は誰しも、他の職員と何らかのつながりを求めているものだ。多くの人は、コロナ感染が広がりロックダウンによって自宅を出ることが制限されるようになって、同僚とのつながりが徐々に減っていったことを残念に思っている。
 とくに、その組織に新しく入ってきた人にとっては、他の職員と実際に対面して触れる機会があることは重要だ。コロナ感染による規制がなくなった今、互いが接触する機会を持ったり、維持しておくことは、不可欠のことだと多くの職員は言っている。

コーデイネーションとコミュニケーション

 コロナの規制で職場で同僚と出会うことができず、自宅でひとりで仕事をしていたが、そうした経験を経て職員たちは、職場で一緒に働いていたときに無意識のうちにしていた、一緒に何かについて考えるとか、何らかのネガティブな感情を分かち合うといったことができないことを苦痛だと感じたようだ。

 会議をするときには、目標を明らかにして、明確な約束事をして、さっと的確に終えるようにすれば、後になって何通ものメールやチャットで説明し直さなければならないというような事態を避けることができる。職員チームは、どういうコミュニケーションの道具が最も使いやすく、どういうメッセージが効果的に伝わるかをよく考えておくべきだ。

集中

 同僚と打ち合わせや会議をするということのほかに、人は時々、一人になって仕事に集中したいと思うものだ。しかし、このように、自分一人で集中して仕事をすることは、同時に、これまでに述べた3つの他者との共同的な仕事と直接関係があって行われている。
 何よりも、一人で別の場所で仕事をするというのは、一人で静かにさせてくれ、ということではない。仕事場(や家庭)で集中を妨げるのは、何か本当に雑音などがして騒がしいからではなく、(周りに仕事とは直接関係のない育児や家事など)気を散らせる何かがあるからだ。

外部からの訪問者との接触

 学校の空間的印象は、その学校の顔となる。学校は、生徒、保護者、教材や郵便物などを運んでくる人、訪問者など、学校外の場所からやってくるさまざまな人たちとの出会いをいつも繰り返している。
 さらに、目に見える学校の姿は、その学校をまだ知らない人、未来の生徒、未来の職員、そして、場合によっては未来の経営者や監督者など、すべての人たちにとって「名刺」のような役割を果たしている。

 誰かが初めて学校に入ってきた瞬間に、その学校の第一印象が決まる。この印象は、その後も学校に対して大きな影響力を持つ。

健康

 多くの職場では、人は長時間座って仕事をしており、運動不足になりがちだ。雇用者は、職員たちのライフスタイルを変えるように強制することはできないが、せめて、職員たちが健康な労働スタイルを保つように奨励することはできる。

 たとえば、エレベーターの使用を控えるように促したり、仕事机の下などに小さなトレーニング器具を置いたり、歩行トレーナーで歩行練習をしながら電話をかけるようにするなどのことはできるだろう。
 また、会合を会議室だけではなく、散策中に行うとか、会議中に必ず小さな休息時間を設ける、健康なライフスタイルのためのトレーニングやコーチングの機会を設けるなどといったことも可能だ。

仕事場のインテリアを考える

 多くの職員は、チームをつくりそのなかで仕事をすることが、どれほど大切かを身をもって知っている。自分たちが属す組織の質を向上させるのに役立つ方法は、お互いに問いかけ合う、知識を交換する、問題を一緒に分析するといったことを通して、創造的・共同的に生み出されるものだ。
 教育とは、子どもたちが、社会に出ていき、その社会のなかでなんらかの自分なりの役割を見出すことを目指して行われるものである。それならば、その教育にかかわる人たちが働いている場所もまた、今の時代にふさわしい、機能的で健康的な仕事場になっていなければならない。学校にいる大人たち、すなわち職員が、学校で子どもたちに自らよい模範を示せる場所でありたい。

 さて、では私たちが、すでによく知っている既存の学校校舎のイメージを一旦頭の中から追い出し、上にあげた観点からもう一度よりよい校舎のあり方、また、職員にとってのよりよい場所はどうしたらできるだろうか、と考えてみてはどうだろう。

 下記に示している例は、職場のインテリアについて、関係者の想像力を引き出し活性化するためにあげてみたものだ。職員たちが、いつも職員室に閉じこもってしまうのではなく、生徒たちの身近にいて、周りからも職員同士が共同して仕事を進めている様子が見えるとすばらしい。

 ここで押さえておきたい原則だが、人は、自分の仕事が最善の形で進められそうだと考える場所を探し、そこに行って仕事をするもの、ということだ。仕事はいつも誰かが決めた仕事場でするとは限らない。

座っても立っても仕事に取り組める、
お互いが打ち合わせをしたり相談したりする場所

机や作業台の置き方・使い方

出会ったり、相談したり、
新しいアイデアを生み出したりするための空間

健康的な環境を生み出すための配慮:豊かな緑と新鮮な空気

ある中等教育の学校の内部の様子

翻訳者より リヒテルズ直子

 労働者の権利が尊重されているオランダでは、企業・組織・学校など、ありとあらゆる職場で、職員が気持ちよく、しかも健康に過ごせる労働条件を整えることが意識的に求められている。
 とくに、職員の就業時間は厳しく守られ、中休みや昼休みには、事務机を離れ、足音のしないようにカーペットが敷かれ、室内植物が飾られ、壁には(リースの場合がほとんどだが)大きな絵画が架けられ、茶菓子類が常に置かれている部屋で、ソファに心地よくゆっくり座って同僚とおしゃべりをする。そんな姿は、大抵の職場にあるものだ。

 学校も同じで、職員室は、教室で授業をしていた先生が一旦戻ってきて、ホッと気分転換をするための場所だ。子どもたちの表情や様子をしっかり観察しながら授業に集中していた先生が、魂が抜けたような表情でコーヒーカップを手に、ソファに沈み込んでいる。
 そして、その短い休みが終わると、またキリッとした表情で立ち上がり教室に向かっていく先生の姿を私は何度も見てきた。

 だから、職員の部屋で仕事をする先生はほとんどいない。グレーのスチール机を背中合わせに並べ、まるで砦のように積み上げた書類の後ろで口も聞かずに黙々と仕事をして、疲れた、あまり機嫌のよさそうでない表情で教室に向かっていくという日本の学校とはまるで様子が違う。

 本記事は、そうした職員室の姿から、さらにもう一歩先に進めてみようという観点から書かれている。

 今から20年ほど前、中等教育(中学・高校)の学校の様子がすっかり様変わりしたことがある。生徒たちはそれぞれ、期間ごとの課題をファイルに持っており、自分で自分の学習を計画して進めるように指導されるようになった。授業は行われているが、出席するかどうかは本人次第。まず何よりも、自分で自分の学習を進めていくのだ。そのために、教室の外には、生徒たちが座れる場所がたくさんつくられた。教室の中の席に座る必要はないのだ。
 また、それまでの図書室は、メディアテークと呼ばれるコンピューター室(情報室)に様変わりした。子どもたちは必要に応じて、調べ物をするときにはそこに行って仕事を進めるようになった。

 こうした変化は、その後、このような場で学んできた生徒たちが、やがて大人になり職場に出ていくようになると、職場環境を一気に変えることとなった。「ニューワーク」と呼ばれる仕事場の考え方が普及していったのだ。

 それまでのように、職員が決まった部屋、決まった席で仕事をするのではなく、
 ・一人で仕事ができる場
 ・数人が座れるテーブルについて仕事をする場
 ・ソファのようにリラックスして座って仕事をしたり相談したりする場
 ・立ったままでコンピューターを置いて仕事ができる高い机
 ・ドアを閉めて静かに会議ができる場
 ・プレゼンテーションをする場
 ・訪問客と相談する場
 ・コーヒーやランチをとりながら相談する場
などなど、さまざまな機能と雰囲気を備えた場が複数存在するオフィスが増えた。職員たちは、携帯電話を使って自分が行きたい場所を予約し、そこで仕事をする。必要に応じて、いろいろな場所を動きながら、さまざまな同僚と出逢いながら、仕事ができる場所だ。

 もちろん、固定された場所で仕事をすることに慣れてきた古い世代の職員には、とまどうことも多く、慣れない人もいたようだ。そのため、ニューワークは、徐々に、伝統的な固定的な仕事場と折衷的な形で改良されていった。

 実際、私たちは、家庭にいるときには、そこでしようとしている仕事にふさわしい場所を選んでするものだ。学校は、生徒にとっても職員にとっても、1日のうちの大半を過ごす場所だ。「心地よくしていて当然だろう」というオランダ人の声が聞こえてくる。 

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