【読書備忘録】「ジュリスト 2024.11 No.1603 特集2 家族法改正」有斐閣
ジュリストNo 1603
特集2「家族法改正」
【家族法改正総論】58~65頁
「2011年の時点で田中通裕は、「現行民法は離婚後については単独親権を強制する法制であり、それを改め共同親権の可能性を開く必要があるという点では学説は一致している。……慎重論も共同親権を原則とすることに反対という立場であり、共同親権制度の導入そのものに反対するものではない」と述べていた」61頁
「なお、今般の改正議論では(中略)、認知された非嫡出子についても、共同親権の可能性が開かれている。学界の立法論も、比較的早い段階から非嫡出子についての共同親権の可能性を念頭に置いていた」61頁
「親の子に対する人格尊重については、すでに令和4年改正法が言及していたところ、加えて今回、父母相互の人格尊重・協力についても明記されたことになる。これについては、要綱案とりまとめの直後、部会長の大村敦志によって、「市民社会における家族の在り方につき中長期的な方向性を示すものとして重要な意味を持つ」と評された」61-62頁
「共同して親権を行使する父母間で意見が一致しない場合について、立法による手当の必要があることは、かねてから指摘されていた。にもかかわらずその手当が行われなかった背景には、実際面では、財産管理についてはともかく、監護教育について、親権者の一方の意見で子に関する決定が行われることに対してそれほど疑問がもたれてこなかったという事情があったのかもしれない。しかし、理論面では「戦後改定が父母による親権の共同行使を法的な原則として真剣に取り上げていたのかどうかについても疑問が生じ」るとの指摘まで登場していたところである」62頁
【家族法改正における親権・監護権の規律の見直し】66~72頁
「部会では、まず、現行法が、離婚後に父母の単独親権しか認めていない点を見直すこととした上で、離婚後の父母の共同親権を当事者間の真摯な合意がある場合以外にも認めるか否かを検討した。最終的には、父母の合意がないことのみをもって父母双方を親権者とすることを一律に許さないのは、かえって子の利益に反するという視点から制度設計がされた。根底には、子の利益のために、父母双方が離婚後も適切な形で子の養育に関わり、その責任を果たすことが望ましいという理念があろう」67頁
「改正により、婚姻中のみならず、父母の離婚後及び子が嫡出でない場合にも、父母双方を親権者とすることが可能となる。もっとも、離婚後に父母双方を親権者とするか、一方を親権者とするか、いずれを原則とするかを定めるものではなく、個別の子の利益を考慮して、当事者の合意又は裁判所の決定によりいずれかに決定するという制度である」67頁
「虐待やDVのおそれがなく、父母の合意がない場合、どのような事案で、裁判所が親権の共同行使を命ずるのか。立案担当者によれば、調停手続の過程で感情的な対立が解消され、親権の共同行使をすることができる関係を築くことができるようになるケースが該当する」68頁
「父母の相互の人格尊重・協力義務違反は、子の利益を害するものとして親権停止・喪失の審判の際に考慮し得るとの指摘は、今後の解釈・運用に際して重要であろう」69頁
「現行法では、婚姻中の父母が親権の共同行使について決定できない場合の規定がないという問題があった。また、父母が親権を共同行使する場合でも、すべてを共同で行使する必要はなく、単独でできることがあるとの解釈も主張されていたが、その内容について条文上は明らかでなかった。改正により、父母双方が親権を共同して行使する場合が増え、また、その際の父母の関係が必ずしも親密ではない場合もあることから、適時に親権行使ができないおそれがある。そのため、子の利益のために、上記の問題への対応の必要性が高まる。そこで、改正法は親権行使に係る規律を明確化した」69頁
(単独で親権を行使し得る”子の利益のための急迫の事情があるとき”について)「具体例としては、DV等からの避難のほかにも、入学試験の結果発表後の入学手続きのように一定の期限までに行うことが必須であるような場合、緊急に医療行為を受ける必要がある場合が挙げられている」70頁
(単独で親権を行使できる”監護及び教育に関する日常の行為”について)「改正法には「監護及び教育に関する日常の行為」の定義や例示はないが、立案担当者は、「日々の生活の中で生ずる身上監護に関する行為で、子に対して重大な影響を与えないもの」とする。具体例としては、子の食事や服装、習い事、子の心身に重大な影響を与えないような医療行為や日常的に使用する薬などが挙げられている。それに対して、子の転居、子の心身に重大な影響を与える医療行為、進学先の選択・入学手続きなどは、日常行為には該当しないという」70頁
「共同親権下で親権を円滑に行使するためには、単独で親権を行使できるとき・事項、共同行使が必要なとき・事項が、解釈やガイドライン等により明確にされることが必要であろう」70頁
「現行法においては、父母の一方が共同の名義で子の代理や同意を行った場合については民法825条に規定があり、また、父母の一方が単独名義で行った場合については、表見代理の法理で紛争が解決すると整理されているが、解釈論の深化・周知等が求められよう」71頁
「離婚後も父母の双方を親権者とする場合に、監護者を必須とすべきかが最後まで議論されたが、必須とはされなかった」71頁
「改正法は、監護者ではない親権者は監護教育に関する権限を失うわけではないと解した上で、監護者と監護者ではない親権者の行為が抵触する場合は監護者の行為が優先することを明示した」71頁
「監護者指定・監護の分掌は、親権とは異なり戸籍への記載がないが、該当事項を単独でできることを第三者に示す必要が生じた場合に不都合がないか・何をもって対応するかの検討も必要となろうか」72頁
「改正法を適切に運用するためには、上記のほかにも、離婚に直面する子への理解を深めるための離婚時の親ガイダンスの実施、濫訴への対応なども必要になろう」72頁
「親権・監護に関する事項について、当事者がどこまで合意で定めることができるのか、それはなぜかという本質的な問いも投げかけているようにも思われる」72頁
【手続法から見た養育費・親子交流の新たな規律】73~78頁
(民法766条の離婚時に決定すること、子の利益を図った定めるものとされていることに関して)「平成23年の民法改正で明文化されたものであるが、実際には、取決めがなされていない例や、取決めがあってもそれに従わない例が依然として多く見られた。そのため、養育費の支払を確実なものにすることや面会交流が安全に実施されるようにすることが求められていた」73頁
「養育費は、基本的に当事者の合意あるいは裁判所によって定められるものであり、発生根拠、主体、発生時期、その額などは民法上定めがあるものではない(中略)。便宜上始期については離婚時ではなく請求時から具体化し、終期は子が成熟するまでの期間とされていた。また、実務上は養育費や婚姻費用については算定表を用いた計算が行われてきており、協議離婚で取決めを行う場合にも活用することが可能であったが、相手方の収入がわからず正確な算定ができなかったり、請求するまでの間の支払が必ずしも保証されているものではないといった限界もあった」73-74頁
「債務名義を取得するためには時間と費用が掛かり、その結果、養育費の回収が遅れたり、面会交流が実施されない時間が長くなり、以降の実施が事実上困難になるという問題もあった」74頁
「履行勧告に従わなくても制裁はなく、実効性には限界があり、履行命令に正当な理由なく従わないときには、家庭裁判所は10万円以下の過料に処することができるが(家事289条5項)、命令を出す例はあまり見られなかった」74頁
「裁判手続による債務名義の取得に時間や費用が掛かるという問題については(中略)、様々な改正で対応がされた。たとえば、認証ADR機関で行われた養育費に関する調停について執行力の付与が可能となったり(裁判外紛争解決27条の3第3号)、家庭裁判所での調停、審判手続のIT化により、オンラインによる申立て、Web会議を利用した期日や離婚の成立等ができるようになった。もっとも、債務名義を取得しなければならない点では、債務者にとっては依然としてハードルは高く、手続のさらなる簡略化も考えられた」75頁
「面会交流については、対面で直接交流する場合以外にも、電話やメール、手紙などの方法で交流することもあるために、広く「親子交流」として取り扱い、家庭裁判所が父母と子との交流に関する事項を定めたり変更するにあたっての考慮要素を明確化する考え方や、子の監護に関する処分の審判前の段階で、試行的に別居親と子が交流することを可能にする仕組みも検討された。後者は、調停や審判手続に時間が掛かり、その間に親子交流が困難になる可能性があることや、実務上も調査官による調査の一環として行われてきたことを踏まえての提案であった」76頁
【家族法改正の施行に向けた課題】79頁~84頁
「ある意味、単独親権制度は、離婚後の父母の葛藤対立を単純に回避できるシステムであることから、離婚後共同親権制度導入を選択するのであれば、離婚する父母の関係を、協力的なものにするための支援(心理的、法的、経済的含め)を伴わなければ、その導入により、子どもの利益がむしろ後退しかねない。つまり、子どもが、離婚後共同親権による利益を享受するためには、父母間の葛藤等という子どもにとってネガティブな影響を、可能な限り予防・軽減するための措置(親子関係維持や養育費請求に関する子どもの権利を担保する制度的保障、親への心理教育や親子それぞれを対象としたカウンセリング、養育費に関する経済的支援等)を併せて講じていくことが必要不可欠である」79頁
「今回の部会においては、法制審議会という枠組みの限界などもあり、部会の議論と同時並行的には施策・支援制度についての検討がなされなかった。そのため、今後、改正法施行までのわずか2年間に、今回の法改正の理念を支える施策・支援制度の整備が進められていかなければならない」79頁
「父母の離婚に伴う子どもの負担を軽減するためには、本来、父母の葛藤は顕在化する前に効果的に予防されなければならないし、また、ひとたび紛争化してしまうと、父母が子どもの利益に立ち返って解決を考えることは容易ではなくなる」80頁
「このように、紛争が高じてしまってからでは対処が難しくなるという実感から、かかる事態を回避するために必要な事項として、本稿では不十分ながら、以下3点について論じてみたい。
①親の責務や親権の性質、その前提としての、子どもの意向の尊重を含めた子どもの権利の周知
②基礎自治体における効果的な当事者支援体制の構築
③裁判所の運用の明確化」80頁
「もっとも、普段、上記のような意識のなかった父母に対し、離婚という段階に至っていきなり親の責務や親権の性質について説き、その理念に従って、子どもの利益について判断することを求めること事態酷でもある。
そもそも、親の責務や親権の性質への理解は、離婚に至るか否かにかかわらず、父母が適切に共同親権を行使していくために必要な事項である。よって、本来、子どもが出生する前の段階から父母に情報提供し、できればそれが内面化されていることが望ましく、少なくとも社会一般の理解として認識されている必要がある」80頁
「なお、そのような理解が必要なのは、父母のみに限られない。例えば離婚後監護親が、実家に子連れで戻ったとき、監護親自身が、親の責務や親権について十分理解していたとしても、そのような理解のない実家親族の下で、その意に反して、自身の理解を貫いて親の責務を全うしていくことは現実的に困難である。また、子ども自身も、自身の権利について理解・体感していなければ、それを行使していくことはできない」80頁
「この点、国連子どもの権利委員会は、家庭における、「意見を聴かれる子どもの権利を尊重する子育てスタイルの発展を支援するため」、「条約に掲げられた子どもおよび親の権利に関する情報を普及する親教育プログラムを推進するよう勧告する」としており、そのプログラムで取り上げる必要がある問題として、親子間の相互尊重関係、意思決定への子どもの関与、家族構成員全員の意見を正当に重視するということの意味、子どもの発達しつつある能力の理解、促進及び尊重、家庭内で意見が食い違うときの対処方法を掲げている」80-81頁
参考文献:国連子どもの権利委員会・一般的意見12号「意見を聴かれる子どもの権利」パラグラフ93, 94
「以上のとおり、今回の法改正施行に向けて、親としての責務や、親権の性質、親権行使方法については、父母の関係性の問題が顕在化していない段階から、父母のみならず社会一般に対し、一定の理解の底上げを図っておくことが重要となる。そして、それは、子どもの意思の尊重を含めた、子どもの権利を踏まえたものである必要がある。それが、離婚の有無にかかわらず、父母の共同親権行使の際に、子どもの利益を判断していく指針ともなりうるし、父母間の紛争が高じた際にも、子どもの利益を踏まえた解決の土台になっていくものと思われる」81頁
「離婚当事者の状況や必要とされる支援はさまざまであるため、離婚当事者の状況を正確に把握し、早期に適切な支援に結びつけるために離婚検討時のインテークが極めて重要となる。多くが協議離婚であるという我が国の実情を踏まえると、漏れなく確実に離婚当事者をインテークに結びつけることができるのは、現状、離婚届を受け付ける基礎自治体をおいて他にはない」81頁
「適切なインテーク実施のためには、相談者の置かれた状況を正確に把握し、どのような支援が適切かを見極めるスキルが求められ、それが、行政の適正な資源配分のうえからも重要である。そのためには、インテーク担当者の育成、法的知識・手続に対する理解や待遇の向上が重要課題である」82頁
「(裁判所の)解釈があいまいなままでは、予測可能性のなさや期待感から無用な紛争を招きかねない。もちろん、改正法施行後の判断の蓄積により、解釈は固まってくるものではあるが、子の利益のための紛争予防という観点からは、法改正後の裁判所判断・運用のあり方が、できるだけ早く明確になることが望ましい」83頁
「監護分掌を定めた場合、それがどの程度養育費額に影響を及ぼすのかについても、明らかになっていない。それによっては、監護分掌を巡って徒に高葛藤化することにもなりかねない。父母間の監護分掌の定めと現実の監護実態に齟齬が出てくる可能性もあるため、判断の指針については、できるだけ早く明示される必要があるものと思われる」84頁
「親子交流の場面では、監護親においては別居親と子の交流実施につき否定的感情を払しょくできない、他方、別居親においては子との交流が一方的に制限されたことにより感情コントロールが困難になるといった心理面の課題が大きく、心理的支援が必須となることが少なくない。改正家事事件手続法152条の3第2項及び改正人事訴訟法34条の4第2項の「適当と認める条件を付することができる」という点に関連し、適時、当事者に対し心理的支援を提供できる制度やそのための経済的支援は急ぎ整備される必要がある」84頁
【家族法改正と裁判実務への影響】85~90頁
「(前略)父母の一方がこの人格尊重・協力義務に違反した場合には、親権者の指定等の裁判において、その違反の内容及び程度が考慮されることが想定されている。これに関し、どのような場面・事案において、どの程度考慮されるかについては事例の蓄積が待たれるが、裁判所における調停・審判等の手続それ自体においても、父母が、子の利益のため、互いの人格を尊重し協力することができるかという観点(相手方の人格を否定する言動をしないなど)が意識されることは、子の利益に目を向けた紛争解決を図る上で有益と考えられる」85頁
「大多数を占める協議離婚において、離婚後の子の親権者、子の養育についてどのような選択がされ、親子関係の在りようや父母に対する協議離婚に向けた公的支援を含めた社会の在り方がどのようになるかは、当然ながら裁判実務に対しても影響を与えることとなると考えられる」86頁
「協議離婚における監護の分掌の在り方が裁判所の調停手続において参考となることも考えられ、具体的な活用の在り方や他の手続との関係について、議論が深められることが望まれる」88頁