おもいで 2

人に暴力を頼むことって、一般的にはどのくらいあるんだろうか。

この話をすると、ほんと意味わかんないって感じのことをよく言われる。別にわかってほしいとも思わないし変人だって言ってほしいわけでもない私からすると、へぇ、くらいの気持ちなんだけど。話題としては面白いなぁって思う。

セフレを断られて恋人同士になった私たち、「たち」が正しいのかは価値観を擦り合わせてないからわからないし、恋人というお名前をつけてるのは貴女だけだよ、と言った彼女には、セックスをするお友達もお嫁さんもいたわけなんだけど。少なくとも彼女という名前をつけてもらったから、恋人同士ではあったんだと思う。連絡はそこそこ、会うのは2週間に1度あるかないか、電話は片方が酔ったら。夜の雰囲気になったことは恐らくなくて、だいたい2人とも酔っ払うと手を繋いて新宿をにこにこしながら歩いていた。

そんな酔っ払いの1つの夜。いつも通り家に行って、キッチンで2人揃って煙草を咥えた。ガラムとキャスターの煙が混じる。ちょっとだけ、砂つぶくらいだけど、身体は交わってないのに煙は何度も融け合ってるなぁってことを思ったり思わなかったり。

「ねぇ、切ってっていったら、切ってくれる?」
「いーよー」

酔うといつにも増して甘く間延びした声になる、彼女が間髪入れずに承諾する。やっぱこの人狂ってんなぁ、と思いながらその返答に疼いてしまう。

「カッター持ってるから、背中切ってよ」
「んー、背中かぁ」

カッターを手渡す。チキチキ、刃を出して彼女が先をあてがったのは、彼女自身の腕。

「これ、切れ味微妙だから背中はダメ。腕出して?」

感動した、ってのが率直な感想。なんて優しいんだろう、なんて出来た人なんだろう。確かに、人に料理を振る舞うときに味見をする。だけど殴って、っていわれたときに自分の拳の硬さを確認する人を見たことがない。もう、切られなくてもいいかなってくらい震えた覚えがある。…まぁ、そうもいかないしいく必要なかったんだけど。

差し出した右腕。左はもう埋まってるから。縦に3本、手のひらに短く1本。情けない声が出る、あられもない声が出る。滲んでいく血。御構い無しに同じところを何度も何度も抉られる。痛いなぁ、と思った。顔が腕に近づく。気付いた時には噛まれていた。あ、やばい、イっちゃう。

気を失ったのかもしれないし、普通に寝たのかもしれないけど、その後の記憶は随分曖昧だ。だけど綺麗になった腕を見て、やっぱりこの人のこと嫌いにはなれないなって。

後日談。先日会ったその人に当時の話をしたら、背中は動かすから治りづらいし見えないからケアできないでしょ、ということを言われた。つくづく変に優しい人というか、なんだかなぁ、というおはなしです(右腕の傷は絶対消えない状態なんだけど)

つづくかなぁ。

#エッセイ #おもいで

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