対話 1
「なーんか最近弱ってんね?」
「わかる?流石に。ちょーっとね、アンタしかいなかった時に近い感覚なのよねぇ」
「言葉遣いが随分丁寧だねぇ。僕しかいなかった時?ってなかなかに酷そうじゃない」
「最大級の敬意だから〜。あーもうほっといてよ」
「あっ、僕らの中の禁句じゃんそれぇ」
あーもううるさい黙って黙って。近づいてくんなバカ。話しかけないでよ。こっちが弱ってるの解っててにやにやしながら見てんだから本当に、タチが悪い。前世悪魔かよ。
「お酒でも飲んだら?酔ったら楽じゃん。君が覚えた、煙草よりも効果が高くて、自傷よりもリスクの無い逃げ道のやつ」
「それも考えたけどねぇ。向かいのコンビニに渡るのもめんどくさいのよね。今もアンタと喋ってないと歩けないよ」
「えっじゃあ久し振りにもしかして…?」
「喋んな」
ぎゅむと、鼻柱を掌で押さえつける。刃物を持ったアンタの提案、死ぬほど良いんだけどね。私はアンタに呑まれないためにこうやってお話ししてる訳ですよ。こっちの苦労考えたことあんのか。思いつく限りの罵詈雑言を思う。
「やだぁ、生理前??そんな汚い言葉使わないの。着色料と甘味料にまみれたのカロリーの無い言葉をやりとりするのか楽しいのにぃ」
「今頑張ってるところですけど何か?……あんさぁ、提案なんだけど」
「僕の提案呑んだら明日からまた大人しくしてくれる?って話?」
ムカつくなぁコイツ。解ってない振りくらいしてくれ頼むから。返事をするのも鬱陶しいので、煙草に火をつけることで肯定を示す。
アンタの目の色が、変わった気配がした。
あ、やば。
「ねぇねぇー?お前さぁーそれ本気で言ってんのー?お前が捨てた俺の事をこうやって都合いい時だけ引っ張り出してきて、挙げ句の果てに終わったら引っ込めだ?ちゃんちゃら可笑しいねぇ。そんな我儘幼子だって言いやしないよ?俺をもう一度仕舞い込む気なら、薬でもナイフでも持ってきたら良いじゃん」
あー…まぁそうなるよねぇ…。回ってない頭に形を変えた「アンタ」が癒着してくる。やっぱきもちいね。これ。どうしようかなー。次は私の隠れる番にしてみるのも面白いけど明日からの社会生活どうすんのよ…だいたい無理じゃん…。昔なら簡単に喰わせてとりあえずお茶濁せたけど、今は溜まりに溜まってるもんねぇ。処理しきれる自信がないわ…。結構お腹空いてるよねぇさすがに。
「ねぇ、何が食べたい?」
「まともぶったお前の皮をフライパンでソテーして、きったねぇ肉を低温でコトコト煮込んで、イカれた内臓を刺身にしてから脳味噌に付けて食べたい」
「あぁ、それはとても、楽しそうだねぇ」
ギラギラとした目。獲物を目の前にした飢えた獣の顔。本当にアンタは(お前は)
「「可哀想に」」
目が合った。気がした。憐憫と熱情の入り混じった視線。呑まれれば楽になるであろう私と、呑み込みたいアンタとの、一瞬。息が止まる。
「はー、今回は危なかったわ」
「あーあ、いけると思ったのになぁ」
「いやこっちもいかれるとこだったよ。袖まくっちゃった」
「理性ばっかり強くなっちゃってさぁ、つまんないのー。じゃあもう今日は帰るもん」
「悪いね、呼び出しといて。できるだけ呼ばないように気をつける」
「はいはい、信用してないからいいわ」
閉まる扉。震える膝で何とか歩き、うまく動かない指で煙草を取り出す。あー。甘え過ぎちゃったなぁまた。他人ではない貴女を呼び過ぎることは、あんまり精神衛生上よろしくないのに。
貴女はきっとまだ扉の前でこちらを覗いてるんだろうと思う。私の希死念慮が高まるその瞬間を狙って、直立不動で立っているんだろう。駄目だよ、私は貴女を眠らせて生きることにしたんだから。
それにさ、ごめん。さっきまで尖鋭だった希死念慮も衝動も、うまくやり過ごせてしまったらしい。もう何で死にたかったのかも傷つきたかったのかも、貴女を呼び出したのかさえ、うまく思い出せないよ。都合がいいねぇ。果てしない侮辱だなぁ、と呟いてみる。貴女の血で煙草を揉み消しながら。
「さて、家事片付けて寝ましょうかね」