雑話
海をね、見たの。視界に広がる真っ青と、殆ど平らな地平線。白い波と黒い影。どうしようもない果てしなさに目眩がちょっとだけ、した。
とてもたのしかった。いつもは全然優しくない世界がちょっぴり優しい気がして、自分のことも全部ひっくるめて許してあげたくなるような、そんな感じ。赦されたかったのかも許したかったのかも忘れたけど。綺麗で雄大なものの前に、人はひどく無力なことを今更思い知らされて少し嬉しくなる。この世界はなんて愛おしいんだろうねぇって誰に呟くでもなくぽろりと溢れる何か。ほろほろと感傷の瘡蓋が剥がれ落ちていく。
涙とか汗とか、全部海から来ているとしたらしょっぱいのもわかる。だから人は苦しい時に海を見に行くのかな。
崖に行って眼下に広がる青を見たとき、何度頭の中で身を投げただろう。いくら想像しても想像でしかなくて、実際にするには人が多過ぎて、見世物じゃないしなぁって思ってやめる。頭から落ちたら下の岩にごっつんってなって水面が赤く染まるんだろうし、足からいってもぐきっていって結局は赤。そんな濁りも大海の前では路地裏の死にかけた猫みたいなもので。いつの間にかおさかなさんに食べられるか、烏に啄ばまれるかの違いくらいしかそこにはない。
だからやっぱり海は優しいし、トーキョーも優しいのだ。
でもなぁ、人間ってきっとそうじゃなくて。
何がどうしてそうじゃないのかはいまだに全くわからないんだけど。
今度は山に行こうかしら。そんなことを考えた夜。