若手芸人のオーディション
大阪のシンボル、通天閣の下には新世界という街が広がっている。
お好み焼きやタコが飛び出した大仰な看板の飲食店、射的にピンボール、パブといった店が街の中に立ち並ぶ。
今でこそ外国人観光客が笑って歩く街になったけど、ついこの前まで日雇い労働者や酔っ払いが昼間から転がっていて、トイレのようなにおいのする街だった。
平日の晩、仕事を終えた後に地下鉄御堂筋線に乗り込み、新世界の最寄駅で降りた。
スマホの地図を頼りに、店の看板が煌々と光る中を、観光客をすり抜けて歩いていく。
開演5分前にようやく目当ての新世界ZAZA劇場に到着した。
狭い階段を上がっていき、2階の入口で若い男性スタッフに800円の入場料を支払った。
新世界ZAZAは吉本の劇場だ。
若手芸人のオーディションライブが毎日のように開催され、参加する十数組の中で勝ち上がった2組だけが、より上位の劇場でネタを披露することができる。
ただ、ZAZAで勝ち上がってもすぐに日の目を見るわけではない。
人気の劇場でネタを披露するには、その先で何度もオーディションに勝ち残る必要がある。
長い長いオーディションの初めにある若手芸人の登竜門こそ、新世界ZAZAだ。
劇場の中に入ると、140席のうち7割ほどはすでに埋まっていた。ただ、その中の半分程度は養成所の後輩や出演芸人の関係者のようだった。
小さなステージライトがつけられた天井のパイプ、薄っぺらい暗幕の布、ショーパブのような控えめなステージ。いかにも若手芸人用といった劇場の中で、唯一客席だけは他の劇場と遜色ない作りになっていた。
座って数分も経たないうちに場内が暗転し、スピーカーから音の割れた出囃子が聞こえてきた。
背が高く痩せたパーマの芸人と、太って首が埋もれた芸人がMCとして舞台袖から出てくる。
「新世界ZAZAオーディションライブ、みなさんようこそお越しくださいましたぁ」
フットサルで足を痛めたという話と、簡単なコールアンドレスポンスをして2人が舞台袖に戻るとき、入れ違いに1組目のコンビが出てきた。
まだスーツに着られてしまっているようなその若いコンビは、舞台の中央に進むとすぐにサンパチマイクに向かって漫才を始めた。
一組の持ち時間が3分であるため、オーディションに参加した15組のネタはせわしなく続いていった。
漫才、コント、フリップネタ、一発芸と、ジャンルは多岐にわたるものの、出てくるのは若い芸人ばかりで、まだ30歳に満たない私と同年代が多そうだった。
正直に言って、ウケている芸人は十数組の中でも2組程度だったと思う。
推している芸人や知っている芸人のネタを観る時と違って、オーディションライブの客は若手芸人を試すような視線が多くなる。
若手芸人のライブで大笑いしてたまるかという大阪人の妙なプライドも相まって、なかなか爆笑は起きない。それどころか、空調の音が聞こえるくらいスベるのがほとんどだ。
でも、目まぐるしく変わる15組を見ながら、私は心を動かされていた。
一般企業に勤める私と違って、彼らは会社から守ってもらうことはほとんどない。
売れる売れない、生活できるできない、全て自己責任だ。
何年も芸を積み上げて、結局陽の光を浴びないままに引退する可能性もある厳しい世界だ。
それでも彼らは芸人の道を選んだ。
リスクを承知で(何も考えずに芸人になったやつも一定数いるだろうが)笑いの頂点に立ちたい、売れたいという一心で芸人になった。
ZAZAのオーディションライブで大きく笑うことはなかったけど、芸一つで世の中に対して戦いを挑んでいる彼らの姿は私の胸を打った。
そんな芸人に感化されてか、私は帰りの電車に揺られながらこの日記を書いている。