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ビジネスマンが求める「美意識」 堀場製作所会長堀場厚に問う 「美とは何か」#2

 グローバル企業のリーダーは、「美」をどう捉えているのだろう。堀場製作所の堀場厚会長に問うと、即答だった。「機械美やね」。佇まいもダンディーなリーダーが、その3文字に込める意味を追った。(THE KYOTO編集長 栗山圭子)

 美とは何か-。ビジネスパーソンに求められる「美意識」について、企業のリーダーに直接尋ねてみたいと思い、これまでにいただいた名刺を探った。ぴったりの人が見つかった。

 メモ書きに「ニックネームは『art』」。なぜ「art」? その謎も知りたくて取材を申し込んだ。

 エンジン排ガス測定・分析装置分野で80%の世界トップシェアを有する分析・計測機器メーカー堀場製作所の会長堀場厚さん(74)だ。

究極に宿る「美」

 「僕にとって、美は『機械美』やね」。答えは明快だった。「オートバイや飛行機、戦闘機…。究極のものには必ず『美』がある」

 子どもの頃から乗り物が好きで、将来の夢は、京都市電や新幹線の運転士だった、という。現地法人に勤務しながら大学院に通ったアメリカでは、飛行機操縦のライセンスも取得した。現在は、琵琶湖や近海で、大型ヨットを操る。

 「何事も極めると美しい。たとえば、芸舞妓さんの立ち居振る舞いの美しさ。芸を磨き、心の中に自信が生まれると安定し、すべてが美しくなる」

 しかし、求めるものはそれだけではない。「美だけを求めても無理がある。美は、バランスの上にある」

 「お寺の五重塔などを見れば、あの大きな屋根の広がりが見事に支えられている。仕事や経営もバランスが取れていることが美しい」

 そこから、現代の日本について話が広がった。

現代の日本人にはギブがない

 「バランスが取れれば安心感があるが、安心感は『保護』ではない。現代の日本人は、過剰なテイクを求め、ギブがない。マスコミも含め、テイクばかりをあおり、人や社会のために貢献することが薄れている。日本人が本来持っていた美徳が、西洋文化を過剰に意識することでゆがんだ民主主義となり、アンバランスになっている」

 バランス感覚を取り戻すには、どうすればよいのか。

 堀場さんは、縦横の人のつながりが密な「京都」に求める。

 京都企業は、それぞれが専門分野を極め、互いの領域を尊重して連携してきた。経営者同士の関係も「体育会系」で、良い意味での先輩・後輩意識が強いという。

 京セラの創業者・稲盛和夫さんらとも、若い頃から「直接話して、直接影響を受ける」ことで、誇りとプライドが自然に身につき、バランス感覚を養ってきた。長年にわたって積み上げてきたベースが動じないからこそ、「革新的なことに挑戦できる」という。

 堀場製作所の創業者である父、雅夫さん(故人)の後を継ぎ、さらに大きなグローバル企業に育て上げた堀場さん。だからこそ、日本の美を意識する。

大海進むフラッグシップ

 滋賀県大津市、琵琶湖西岸の丘陵地に広がる工場。6年前に完成した開発・生産拠点「HORIBA BIWAKO E-HARBOR」だ。

 文字通りのフラッグシップ工場。「技術の遷宮」をうたい、主力の排ガス測定装置や分析装置の開発に注力する工場そのものが、波を切り、大海を進む「船」に映る。

 9階フロアから外には、クルーズ船のデッキのように屋外空間があり、ロープをかける係柱のような突起物も設置されている。応接室には、西陣織「細尾」の生地でしつらえたソファや大型ヨットの模型、ロープの結び方を表したロープワークの額などが飾られている。

 会長室は「Captain’s Cabin」だ。

 海外のゲストを迎える、茶室「雅遷庵」の床には、社是の「おもしろおかしく」の軸が掛かる。同時に、多様性の時代、イスラムの礼拝室も設けている。

 そうした空間で伝えたいのは、日本的な「空気感」だという。言葉がなくとも、そこに身を置くだけで、さまざまなイメージが喚起させられる。

 「ビジネスは『もうければいい』のではない。自国の文化を知り、誇りを持たないと国際理解は進まないし、『ほんまもん』に触れないと、世界のエグゼクティブには向き合えない」

 「ほんまもん」は何も高級品に限らない。

 西陣織のソファは高価だが、応接室にありがちな大きな壺は置かない。カウンターの上に置いた模型や壁に掛けたロープワークの額を指し、「模型は1万円くらい。あの額はパリの市で見つけたんだ。4万か5万円くらいだったかな」と話す様子は楽しげだ。

 何に価値を見いだすのか。大切なのは、しっかりとした自分軸。高い値段や他人の眼では決してない。

 さて、ニックネームの「art」に戻る。

 20代の頃、滞米中に知人に名づけられた愛称だという。そのアメリカ人にとって「Atsushi」は発音しにくかった。グローバル企業のリーダーになることを見定めて、ヨーロッパの伝説の名君アーサー王(King Arthur)になぞらえ、「art」と呼ばれるようになったという。

 「芸術と絡めて見てもらえると、それもうれしいな」と笑顔を見せた。

※次回は3月5日に公開予定です。

※「THE KYOTO」は、京都新聞社が運営する文化に特化したデジタルメディアです。2022年春リニューアルスタート、奥深い京都をお伝えします。