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京都便利堂「便利堂のものづくりインタビュー」第4回

第4回 制作担当:上甲敦子 (写真左) 聞き手:社長室 前田(写真右)

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『国宝事典』をぜったいに担当したい

―――上甲さんが便利堂へ入社されたきっかけを教えてください。
「大学では日本史を勉強していて、もともと歴史や美術、本を読むことがすきでした。そういうことを仕事にできる会社がないか探していたら大学で紹介されたのが便利堂だったんです。それまで便利堂の名前はよく知らなかったけど「あ、こないだ買った長谷川潔の絵はがき(をつくっている)のところだ」と気が付きました。」

―――ご縁を感じますね。
「歴史を勉強している学生に紹介する会社って難しかったでしょうに、就職課のひとには感謝しています。便利堂は文化財と関わりが深いですし、仕事で好きなものに触れられるのはとてもうれしいこと。自分が好きなジャンルで食べていけることは本当にラッキーだと思っています。」

―――便利堂でどんなことをされていますか?
「本や商品の文字校正やレイアウトなどの編集作業、原稿や校正のやり取りや製版印刷の確認作業、協力会社やデザイナーとの連絡調整など、制作物に関わるあらゆる仕事をしています。とはいえ、仕事はどれもチームで取り組むもので、まず営業担当者が仕事をいただいて、お客様と打ち合わせの上で予算や方針を決めます。わたしたちはそれをもとにお客様のご要望に合うものづくりの実務を担当し、納期までの時間や予算内に収まるよう調整をします。」

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―――入社当時に便利堂の『国宝事典』はご存知でしたか?
「知りませんでした。今の社長から「いずれ第4版を出したい」との思いを聞く機会があり、その時にはぜったい担当したいと伝えました。本や歴史が好きで便利堂に来たのでぜひやりたかったですし、データベースやアーカイブにも興味があったので、事典を作る仕事はすごく面白そうだと思っていました。」

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手間がかかるからこそ面白い

―――「大変そう」よりも「やってみたい」が上回りましたか。
「そうですね。どんなことにも言えますが、手間がかかるからこそ面白いんだと思います。会社ではいくつもの業務を並行して行いますが、『国宝事典』は締め切りがある通常の業務とは違い、何年も時間をかけて作られたものなんですね。わたしは「記録としての本を作る」にあたってすべき作業である、ゆっくり考え、調べ、間違いがないかきちんとチェックするということをやってみたかったんです。」

―――実際やってみてどうでしたか?
「日本史も日本美術も好きで、仕事でもずっと扱っているのに知らない事がどんどん出てきました。校正をするため、基本的な美術史関係の辞書を引き、今まで作った本を見て、展覧会図録の専門的なジャンルも見ました。図書館へ行って調べることもして、それでも謎が解けないときはリファレンスの方に相談しました。事典は記録として正確であることが大切で、正しく書かれているべきものが間違っていてはいけませんから。」

―――プレッシャーはありませんでしたか?
「一人で立ち向かっているわけではないから大丈夫です。いろんな専門家の何人もの目を通る、それを整理して形にしていくのがわたしたちの仕事です。とはいえ、関わる以上、自分でもちゃんと知っておくことはとても大切なことなんですよね。」

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目が「色校正」をする

―――掲載されている国宝についてはほとんどご存知でしたか?
「いえ、知らないものの方が多かったです。
でも『国宝事典』を作っている最中に京都国立博物館で国宝展が開催されて、それまで見たことがなかった国宝をじかに見ることができたんです。これにはとても助けられました。4期に分かれていたのですが、せっかくの機会だと思って全部見ました。やはり一度でも実物を見たことがあるのと、写真でしか知らないのとでは大きな違いがありますから。そういえば、自分が印刷物で作ったものを実際に見るときは、どうしても目が「色校正」をするんですよ。」

―――「色校正」って印刷物の色を実物の色に近づけることですよね?
「そうです。しまった、実物の方がもっと重厚な感じがあるのにそれが出ていなかったなあとか、青の色が違ったなあなど、本物を見るたびに自分の記憶をちょっとずつ補正していかないといけないと思っています。完全には覚えられないけれど、そういう気持ちで見ないと次にもっといいものができないですから。やはり実物を見ないとわからないことは多いです。」

―――便利堂には「実物をそのまま撮る」写真部があります。
「そう、便利堂が他社より有利なのはきちんとした写真が撮れる写真部がいるからなんですよね。彼らは印刷物にしたときにどうなるかということまで考えて写真を撮っています。それはすごく大きなことですよね。」

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すべては後に生きるひとたちのため

―――一番大変だったのはどんなところですか
「なんといっても「索引」のチェックですね。地味な作業ですがものすごく大変でした。」

―――『国宝事典』の索引って独特なつくりですよね。
「そうなんです。国宝の名称で引けるのはもちろん、作者、所蔵者、都道府県名のほか、用語解説からも引くことができます。どうやって調べてもきちんと探すものにたどり着くように作られたとても優れた索引です。たとえば、同じ意味を持つ言葉が複数ある場合、わかりにくいので専門書のなかではいずれかひとつに統一されます。ひとつの概念はひとつの言葉で表現するのが基本なんですね。しかし『国宝事典』ではどの言葉で調べる方も目的にきちんとたどり着けるように工夫してあります。だからこそ索引の確認作業は大変でしたが、これを考えた人はすごいなあと思いますね。」

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―――事典を調べる楽しみってありますね。
「事典も本も「芋づる式」の読書って面白いですよね。本の中に書いてある本について調べるとか、事典に出てきた名前の本を探して読んでみるとか、人の名前を調べるとかね、続けていくと知識が深まってどんどん興味がわいてきますから。」

―――『国宝事典』は芋づる式にどこまでも楽しめます。
「使う人にやさしい事典ですが、『国宝事典』を何のために作るのかを考えたらそのやさしさは当たり前のことなんですよね。上製本にして、ケース入りにして、改版を重ねて記録を残すのは、すべて「後に生きる人たちのため」にすることでしょう?」

―――わたしたちも第3版を作った人からバトンを渡されました。
「索引に関しても第4版のオリジナルというわけではなく旧版からこの形でした。第3版を踏襲し、間違っていたところは直して、足りないところは補うなどしています。新しい原稿に新しい言葉が出てきたら、一つひとつ、必要に応じて足していこうと地道にチェックしていきました。事典って「なにかを調べるための基準になる本」ですよね。すべての本の目次になるような存在でもあります。だからこそ嘘をばらまくようなことはできません。「記録としての正確さ」が何よりも重要なので、そこに手間をかけるのは当たり前のことでした。」

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また改訂版をつくりたい

―――出来上がったときはどんな気持ちでしたか?
「時間をかけて完成したのでやっと終わったなという気持ちになりました。」

―――新たに国宝に指定されたものをまとめた「新指定別刷」を毎年出されているのですね?
「そうですね。国宝は毎年新しい指定が行われます。便利堂では文化庁の方にチェックしていただいたものをまとめ、新指定分の目録と解説を収録した別刷を刊行してお客さまにお配りしています。この新指定別刷が何年分も集まるころには、また第5版をつくる必要が出てくると思います。こうした分野の研究は日々進化していますから、改訂版を作るときには現時点の新しくて正しいとされていることを責任をもって盛り込まないといけません。研究に基づいた歴史資料や考え方がきちんと説明されている、それが事典ですから。」

―――第5版でしたいことはありますか?
「第4版では正誤表が出ているのでまずはそこをきちんと仕上げて整えたいですね。」

―――いろんな国宝事典を出す計画もあるとか。
「そうなんですよ。子ども版の国宝事典や、外国の方に向けたダイジェスト版を作る企画もあります。紙の本を作ることが好きなので、この仕事をずっと続けられたら幸せですね。」

―――ありがとうございました。いま上甲さんは、皇室を中心に江戸時代から英国王室に贈られた、秘蔵の日本美術品を集めた展覧会の日本語版図録を鋭意作成中です! これまで数々の図録を作成した上甲さんすら「見たことがないほど豪華」「宮殿に置くものはレベルが違う」「きらびやかすぎてくらくらする」と話すおどろきの一冊を次回、くわしくご紹介します。さらに、こだわりが詰まった便利堂の本がどうやって作られるのかも深―く掘り下げていきます!

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国宝事典について詳しくは「国宝事典公式HP」

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