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便利堂ものづくりインタビュー 第16回

第16回:山本修さん 聞き手・社長室 前田


長年の経験と地道な研究で挑んだ、コロタイプのエコロジー化についてコロタイプ研究所所長の山本修さんにお話を伺ってきました。

コロタイプ研究所
研究所は、技術開発のための暗室、ワーク ショップスタジオ、談話室などの部屋で構 成されています。スタジオは、コロタイプ を実践したい人のためにレンタルも行っています。
詳しくは、アカデミーHPまで。 www.benrido.co.jp/academy/

―――「便利堂コロタイプ研究所」では、コロタイプマイスターである山本さんが、所長として日々研究に取り組まれています。この研究所とは、どのような役割を担っているのでしょう?
 研究所には3つの役割があります。ひとつは、皆さんにコロタイプを知っていただく、学んでいただく場としての「コロタイプアカデミー」。次に、コロタイプを実践したいという方に場を提供する「ワークショップ・スタジオ」。そして、未来にコロタイプを継承していくための課題解決や新技術の開発に取り組む「技術研究所」です。

―――研究所は、いつどのような経緯で開設されたのでしょうか?
 この研究所は2017年にスタートしました。もう8年もたちましたね。実はこの研究所の建物は、本社の中庭にあった、物置のような離れを自分たちの手作りで改装して作ったものです。何もかも手探りで始まりました。

―――居心地がいいとアカデミーの参加者からも評判です。
 ありがとうございます。この研究所は、今から20年前、当時直面した問題
意識や危機感が始まりなんです。

―――どういうことでしょうか?
 コロタイプは1855年にフランスで発明された世界最古の写真印刷技法です。明治から大正、昭和中期にかけては世界中で広く使われていました。実は私の小学校の卒業アルバムもコロタイプだったんですよ。しかし1970年代後半頃から、高速で印刷ができるオフセットのカラー印刷が主流になり、手作業のモノクロ印刷だったコロタイプは、だんだん使われなくなっていきました。

―――便利堂のコロタイプは今も続いています。
 便利堂は、卒業アルバムなどの一般印刷としてではなく、美術書の印刷、特に古美術の精巧な複製技法として独自の技術を培ってきました。そのおかげで、仕事が減ったとはいえこの技術を継承することができました。そして80年代から90年代にかけてのバブル期になると、コロタイプは全国に建造された博物館で展示される古美術や歴史資料の複レプリカ製制作に大いに活用されることになりました。

―――コロタイプが再び活躍できる場ができたんですね。
 今年でコロタイプ工房開設120年となります。その間、何度もいい時悪い時の山やまたに谷を経験してきました。この90年代のレプリカ・ラッシュも、2000年代を迎えると終焉していきます。これが直近の山と谷ですね。

―――またコロタイプが冬の時代に入ります。
 レプリカの仕事が減り、新たな活路を見出す必要がありました。そのための活動母体として、2004年に「コロタイプ技術の保存と印刷文化を考える会」という研究会を立ち上げ、有識者に参加していただき、多くの方にこの技術を知っていただく活動を始めました。そしてこの頃、現状の打破に繋がる3つの出来事がありました。

―――それはなんでしょう?
 まず背景として、デジタル技術が進化したことです。デジタルカメラが普及し、印刷業界もデジタルでの作業が主流となっていきます。このデジタル技術を、完全な職人の手作業によるアナログ技術であったコロタイプに応用できないか、と考えました。これが当時、コロタイプ技術者として中堅となっていた私が初めて向き合った課題と研究でした。

―――アナログフィルムの製造が中止になり、コロタイプの存続が危ぶまれたと聞きます。
 当面のフィルムは買い溜めをして対策したものの、このデジタル化の流れは止めることはできないとの危機感から、日夜、自宅に帰ってからもデジタル化の研究を続けていました。

―――そのおかげで現在、工房はデジタルを応用したワークフローが確立しています。
 そして二つ目が、「今に生きる技術」としてのコロタイプの再発見です。明治時代から続く職人の手作業のコロタイプは、言ってしまえば「時代遅れの技術」ですよね。でも我々はコロタイプにしかない「表現力」があると信じていました。

―――コロタイプにしかない「表現力」ですか?
 古美術などのレプリカが中心だったコロタイプの新たな用途として、現代のアーティストなどの方々に、その表現方法としてコロタイプを使って欲しいと考えたのです。

―――確かに、ドットのない滑らかなグラデーションや、顔料を多く含んだインキの深みは、他の技法に替えられない魅力があります。
 私たち自身もそれを再発見する契機となった仕事がありました。「考える会」の立ち上げと同じ2004年に手がけた、美術家の森村泰昌さんの作品《フェルメール研究》です。

森村泰昌《フェルメール研究――軸装バージョン》
コロタイプ12 版24 度刷 2004 年7 月初公開

―――どうして森村さんはコロタイプを使おうと思われたのでしょう?
 この作品は、フェルメールの絵画作品をモチーフにされていますよね。森村さんは作品の制作技法として写真を使っておられますが、この作品の特別版を写真プリントではなく、フェルメールのオリジナルと同様に「絵」のように表現できる技法を探しておられました。そしてオリジナルの額装に対比して、和の軸装仕立てが可能な技法というアイディアもありました。そこでコロタイプが選ばれたんです。

―――作品制作となると大変そうです。
 はい、我々としても初めての経験で、また研究中のデジタル・コロタイプを実際の仕事に使用した最初の事例でもありました。苦労はありましたが、著名な作家にコロタイプの表現を認めていただけたことが自信となりました。

―――ここからアート作品にコロタイプを使っていただく流れが始まったのですね?
 そのためには、今の時代に生きる技術として、コロタイプの魅力を多くの皆さんに知ってもらう必要があります。その取り組みが今のコロタイプアカデミーの活動に繋がっています。

―――アカデミーでコロタイプを習得し、研究所のスタジオで自らコロタイプ作品を作り続けておられる写真家の真月洋子さんの写真展が、2023年10月にコロタイプギャラリーで開催され、12点のコロタイプ作品が並びました。
 自らコロタイプで作品を作る方が増えて欲しいな、そんな20年前からの私たちの夢が一つ形になりました。

真月洋子写真展〈a priori〉 2023年10月21日〜11月19日開催

―――素晴らしい展示でした。三つ目はなんでしょう?
 世界との連携と海外マーケットへの挑戦です。森村さんの作品を手がけた2004年の暮れ、イギリスから一本の問い合わせの電話がありました。コロタイプのインキがヨーロッパでは手に入らなくなっていること、そして年明けの1月に国際コロタイプ会議をするという話も聞きました。

―――すごいタイミングです。
 こうした作家作品に取り組んでいくためには、もっと世界に目を向けなければならない。そして世界には我々と同じくコロタイプを実践している職人がいる。そう、目が見開かれた瞬間でした。

第2回世界コロタイプ会議 2005年1月29日〜2月1日
University of the West of England

―――そこで急遽、国際コロタイプ会議に参加されたのですよね。
 ドイツやイタリアの職人たちと技術交流を行いました。こうした職人技というのは、従来は各工房が秘匿して公表するものではなかったのです。しかし、我々は「考える会」の活動のなかで、コロタイプを知ってもらうためは、まずその技術をその目で見てもらうのが一番だということで、それまでご法度だった工房の見学をすでに解禁していました。

―――なにかシンクロしているように感じます。
 世界中のコロタイプ関係者が同じ危機感を共有していたのだと思います。この会議で得ることができたネットワークは、現在でも続いており、私たちの研究に大きく役立っています。

―――そして同じ2005年の11月にはニューヨークで便利堂のコロタイプ写真プリント展が開催されます。
 初めての海外マーケットへの挑戦でした。商業的にはとても成功とはいえませんでしたが、世界に「日本にはコロタイプをやっている便利堂がある」ということを知っていただく第一歩にはなったと思っています。

コロタイプ写真展「Time」2005年11月8日〜12月17日
Fotosphere Gallery, N. Y.

―――そこから現在に至るまで長い道のりでした。
 一言でいうと、コロタイプを「デジタル化により時代に合わせた技術にアップデート」し、「新しいクリエイティブな分野」を開拓して「世界のマーケットに進出」しようと取り組んだ20年でした。

―――世界中にあったはずのコロタイプですが、今では便利堂のほか、日本でもう1社のみとなりました。
 カラーコロタイプの技術を持ち、レプリカや作品制作を行っている工房としては世界で唯一です。世界コロタイプ会議の時は稼働していたイタリアの工房も閉鎖されてしまいました。

―――その唯一の技術に対し、20年の時を重ねて、世界中の方が関心を持ってくださるようになりました。
 ありがたいことです。便利堂では毎日のように国内に限らず海外からのお客さまもお迎えしています。しかし、この技術を持続可能なものにするために、一つの大きな技術的課題がありました。研究所を設立する直接的な理由となったものです。

―――それはなんでしょうか?
 環境負荷の軽減。すなわち「コロタイプのエコロジー化」です。

―――コロタイプのエコロジー化?
 写真の感光剤として「重クロム酸塩」という薬品があるのですが、コロタイプでもゼラチン版に感光剤として使用していました。この重クロム酸は写真感光材として、かつては非常にポピュラーなものでした。

―――便利堂でも明治時代から使用しています。
 ただ、この薬品は劇薬で取り扱いには気をつけなければならないんです。

―――…それは環境によくないということですか?
 そうですね。毒性がありますので人体には有害ですし、そのまま捨てると大変なことになります。もちろん便利堂では環境のことも充分考えて廃液処理施設を設置していましたが、そうした点から海外では使用禁止になっていると聞いていました。遅かれ早かれ、日本にもそうした動きが出るだろう。そうなってから対策を考えていては後手になってしまう。そう考え始めたのがおよそ12年前のことでした。

―――100年以上使い続けてきたものに代わる何かがすぐに見つかるとは思えません…。
 そんな時、アメリカのシアトルで「カラーカーボンプリント」という技法で写真プリントをしているトッドさんという方を知りました。カーボンプリントはコロタイプと同じく19世紀に生まれた古典技法で、通常はコロタイプのように版に重クロム酸を使うはずですが、その人は使っていませんでした。何を使っているんだろう? 善は急げとばかり、教えを乞いにシアトルへ行きました。2012年のことです。

カラーカーボンプリンターのトッド・ラングレー氏  2012年8月

―――すごい行動力です。
 彼と話をしてみると、やはり重クロム酸を使っていませんでした。代わりに「ハードナースリー」という商品名の薬品を使い、スムーズに作業されていたんです。理由を聞くと、やはり「アメリカでは重クロム酸の使用を法律で禁止しているから使えない。環境保護を考えると自分も使いたくない」とおっしゃったんです。

―――まさに重クロム酸問題について先に取り組んでおられたんですね。
 そうなんです。その時、彼が使っていた薬品を少し分けてもらい、日本へ持ち帰りました。彼に教わった薬品調合をもとに、いよいよ本格的に代替品を研究する日々が始まりました。ただ、本業の印刷作業と並行しての研究は遅々として進みません。そこで工房のことは後進のスタッフに任せ、研究所を立ち上げ、専念することになったのです。しかし、研究はなかなかうまくいきませんでした。これまでのようなクオリティにまるで届かないんです。

―――というと…?
 まず、感光剤をハードナースリーへ置き換えることから始めました。一番初めの実験では、露光後の水洗で、画像を焼きつけたゼラチンが版から分離しまいました。失敗です。置き換えるだけではだめだとわかりました。

―――それからどうされたのですか?
 2016年に、国際コロタイプ会議の主催者で、開催された大学でコロタイプを行っていたポール教授に指導をお願いしました。2週間もの間、便利堂に滞在していただき一緒に研究してくださいました。彼もまた重クロム酸に代わる薬品を持ってきてくれて、毎日一緒に実験しました。そのおかげで研究は大いに進みましたが、残念ながらこの時点でも便利堂として求めるレベルまでは到達できなかったんです。

工房に滞在して指導中のポール・サーケル教授  2016年7月25日〜8月5日 

―――ご苦労が伝わってきます。もどかしいですね。
 トッドさん、ポールさん、それぞれから分けてもらった薬品は、調べてみるとどちらも同じ「DAS」という薬品であることがわかりました。DASの版と重クロム酸の版は同じコロタイプでも全く違います。牛肉を大豆で作ったものが最近ありますよね。極端にいえばあんな感じです。似て非なるもの。最初の頃は版を作ってもインキが入っていかない。一日かかって一枚しか刷れない。これでいける!と思ってもゼラチンの膜がめくれたり、版が傷ついたり、必ず何かが起こりました。薬品の調合を変え、やり方を変えてもまた問題が起こる。毎日毎日、そのデータを記録して、分析し、次に活かす、その繰り返しでした。

―――気が遠くなるような作業です。 
DASは環境負荷がない無公害の薬品です。廃液処理施設も必要ありません。もちろん無毒ですから人にも優しい。ほかにもさまざまな薬品を使って研究を続けていましたがうまくいかず、最終的にDASに絞って研究を進めることにしました。

―――ようやく求めていた薬品に出会いました。
 サンプルのDASを使った研究をしつつ、これが手に入る先を探しました。日本のいろんな会社へ尋ねながら、海外へも問い合わせたり。時間がかかりましたが、供給先が見つからないと研究が無駄になってしまいますから。

―――来る日も来る日も実験であきらめたくなることもあったと思います。
 でもコロタイプの未来のために、決してあきらめるわけにはいきませんでした。1世紀以上にわたりつなげてきたバトンをここで落とすわけにはいきません。7〜8年かけて、供給先が見つかり、ようやく安定した版ができたときには本当にうれしかったですね。

便利堂で使用している感光剤〈DAS Photosensitizer〉
自らコロタイプを実践したい方のために販売も行っています
https://collotypeacademy.stores.jp/

―――2020年から「便利堂エコプロジェクト」として、プラスチックのパッケージ不使用や代替素材への変更など、環境保護に取り組んでいます。DASを使った技術開発はその大きな一つですね。現在、便利堂ではDASの使用率は100%なのですよね?
 はい、2022年に完全に切り替わっています。DASは安心、安全。しかもクオリティは100年の歴史を持つ重クロム酸と変わりません。DASが歴史を重ねるのはまだこれからですが、私たちはこれからも研究を続けていきますから、安定性や使いやすさは、この先、今以上に増していくはずです。

DAS を使用したゼラチン版 重クロム酸は版が黄色だがDAS は無色透明

―――コロタイプがずっと先の未来へとつながったのを感じます。
 うれしいことに、これにより一般の方へ向けてのワークショップもより安全に行えるようになりました。

―――ところで山本所長は、2023年10月末から、ワシントンD.C.で開催されたシンポジウムに招待され、ワークショップを行ってこられました。これはどういった会議なのでしょう?
 アメリカ保存修復学会財団が主催する「フォトメカニカルプリント:歴史、技術、美学と用途」という、世界中から写真印刷技法に関する研究者、写真修復技術の専門家、キュレーターなどが集まるシンポジウムです。刺激的な5日間でした。

フォトメカニカルプリントシンポジウム  2023年10月31日〜11月2日
National Gallery of Art, Washington, D.C.

―――ワシントンではDASの紹介もされたと聞きました。
 集まった方々は多かれ少なかれさまざまな「写真印刷技法のプロ」だという共通点がありました。世界にはまだ重クロム酸を使いつつ、ほかの薬品を探している人もたくさんいらっしゃいました。DASのサンプルを渡して、「まずはこれを重クロム酸と置き換えることから始めてくれ」と伝えました。私は自分が苦労の末にDASに出会い、それを使って開発した安心安全な使用法をみんなに共有したい、何かに活かしてもらいたいという思いです。

フォトメカニカルプリントシンポジウムでのワークショップ
10 月30 日、11 月3 日

―――多くの方とお話しされたと思います。反応はいかがでしたか?
 それぞれ取り組んでいる技法はさまざまですから、DASがどんな風に使われるのかはその人次第です。みんなには結果がどうだったか必ず報告してくれとお願いしてきました。新しい取り組みは最初からうまくいくことは決してありません。でも、失敗をみんなで共有することは、よりよい方法に出会う近道になるはずです。今はその報告が集まってくるのが楽しみでしょうがありません。

―――便利堂もトッドさんやポールさんのお力をお借りしましたね。
 その通り。一人で研究すると絶対に行き詰まるときが来る。一人でなく、世界中にいる写真印刷技法に携わる人たちと一緒にやる方がいい結果が出るに決まっています。

―――ほんとにそうですね。
 大切なことはこうした優れた技術を遺していくこと。コロタイプもどうせなら今ある形でなく、裾野を広げて、もっともっとおもしろいことにつながるようにしていきたい。そのためにできることは、世界中とつながってみんなで話すことだと思うんです。

―――それはまさに研究所の目指すところですね。
 次の課題は、これからコロタイプをする人のための参考書となるハウツー本を作ることです。コロタイプ技術者としての45年の経験や、これまでの研究成果を、次の世代に書籍という形で明文化したいと思っています。いわば私の遺言書ですね(笑)。

―――大変そうですが、非常に意義があると思います。
 僕たちは今あるままのコロタイプ技術の継承を望んでいるわけではありません。若い人に興味を持ってもらうことで、古典技法はこの先どんどんよりよく生まれ変わっていくでしょう。だからこそ決して昔のように閉ざしてはいけない。知識も失敗もオープンにしてね。次の夢は20年ぶりに国際コロタイプ会議を京都で開催することです。

便利堂コロタイプギャラリー<春季>企画展示
コロタイプ工房開設120 年記念 野村佐紀子写真展《承前啓後》

野村佐紀子写真展《承前啓後》

京都便利堂本店がある便利堂本社には、〈コロタイプギャラリー〉が併設されています。2024 年は工房開設から120 年となるのを記念し、写真家野村佐紀子氏が1世紀以上にわたる伝統を受け継いだ現在の工房の風景と職人の姿を写し取り、職人がコロタイププリントに仕上げた作品を展観します。

会期: 2024年4月1日(月)~6月8日(土)
開廊:10:00 ~ 12:00 / 13:00 〜 17:00
休廊:日・祝日(※ただしKYOTOGRAPHIE 開催期間の4 月13 日(土)
   〜5月12 日(日)は、無休
入場:無料

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