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京都便利堂「便利堂のものづくりインタビュー」第5回

第5回 制作担当:品川実生  聞き手:社長室 前田

デザイナーから製版師へ

―――便利堂への入社の経緯を教えてください。

「もともと僕はデザイン事務所でデザイナーとして働いていました。でも、デザインの仕事を入稿しているうちに「製版」の仕事に興味がわいて製版会社へ転職したんです。そこで製版の技術を身につけました。6~7年たった頃かな、その会社へ便利堂から仕事が来るようになりました。」

―――便利堂との出会いですね。

「そう。しかし、残念なことに製版の経験を積ませてもらった会社は解散することになりました。便利堂はその頃、印刷を原色版からオフセットへ移行するところで「うちに来ないか」と誘ってもらったんです。それなら経験を活かせると、製版の「技術指導員」として入社しました。」

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―――「製版」とは主にどんな仕事ですか?

「印刷するための版を作る工程のひとつです。カラー印刷をするためにはC(シアン)、M(マゼンタ)、Y(イエロー)、Bk(ブラック)の4枚の版が作られます。製版師は、その版を重ねるとちょうど目指す色味になるように、それぞれの版の色を調整します。どの色をどのくらい引けば、もしくは足せば、4枚を重ねた時に求める色のバランスになるのかということを考えるんですね。今はフォトショップなどを使いデータでできますが、昔はフィルムを使って手作業していました。」

予測と結果を繰り返すことで培われた「色を見る目」

―――つまり、品川さんは何をご覧になっても4色の割合がわかるということですか?

「もちろん最初からではないですよ。身につくまで3~4年はかかったかなあ?最初の頃は「赤30、黄30はこんな色か」とカラーチャートを見ながら作業していました。まず色を予測し、つぎに印刷した結果と見比べて、予測とどれだけの差があるのかを確認する。何度も予測と結果を繰り返して少しずつ感覚をつかんだ気がします。」

―――品川さんの色を見る目は、その積み重ねで培われたんですね。

「OKが出たものを見て、正解を目で覚えていく。するとだんだん正解が増えていきました。デザイナーの時は文字の色を決めるのにカラーチップを添付していましたが、製版師になってからは、色の割合を何%とできるだけ数字に置き換えるように心掛けていました。」

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全体と細部、どちらも大切

―――その後、品川さんは「原本の色を忠実に再現する」プリンティングディレクターとして、便利堂の印刷物の精度を高めてこられました。

「便利堂ではテストプリントの段階から、完成品と同じ紙と同じ印刷機を用います。というのも、便利堂が引き受ける多くの印刷物、図録や美術はがきは、文化財を直に見られない場合の二次資料になる可能性があるんですね。色や紙だけではなく、印刷の細部まで目を行き届かせて、その作品が作られた時代から経過した時間を考え、作品の質感や素材感を再現する。それは後に生きる人に、作品本来の姿を伝えるため必要なことなんです。」

―――忠実な再現のために、品川さんは原本をどのようにご覧になりますか?

「まず、最初に(原本を)見た瞬間、全体がどう見えるのかを感じ取ります。強いのか、弱いのか、色浮きがあるのかなどですね。つぎに細部を見るようにしています。あとは印象に残る色やにごり、グレー部分の色浮きなどを見ます。」

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―――全体と細部、どちらも大切なんですね。

「全体を見てどういう雰囲気があるのかも大事だと思っています。いくら色が近くても雰囲気が違えば似て非なるものになってしまいますから。」

―――それをお聞きすると「美術印刷」と呼ばれる理由がわかります。

「便利堂の印刷物は重厚感があります。それはひとえに「再現」を目指しているからにほかなりません。文化財などの落ち着いた色合いや厚み、微妙な質感、作品本来の生々しさを出すために出来る限りのことをしています。」

―――品質の高さの秘密というと…?

「他社よりも墨版(Bk)が多いことですね。これはオフセット印刷の前身である原色版の影響でもあり、便利堂が目指す古色の再現に役立ちます。便利堂では原色版で培った技術が今もなお受け継がれています。」

―――技術を大切にしているところが便利堂らしいです。

「技術には意味があります。印刷は平面ですが、原本の持つ気配や、まるで手をのばせば触れられそうな立体感を再現することは技術が可能にしてくれます。それを支えるのが知識と経験かもしれません。過去に見た原本は頭のなかにありますから。」

―――細部まで神経を使われているのがわかります。仕事につながる習慣はありますか?

「参考になる美術書が少ないので、美術館や博物館に行くようにしています。これはデザイナーをしていた頃からの習慣ですが、それが今も役に立っています。」

―――好きな作品を教えていただけますか?

「銀閣寺は静かなたたずまいがあって、日本の伝統の良さを感じます。あと、フェルメールの作品は写実的で、光と影の表現がとても優れているなと思います。構図的にはカメラの技術を使ったのではないかという説があるんですが、そうしたところにも仕事柄、共感を覚えます。」

色を左右する「気持ち」

―――好きな作品の色校正はテンションが上がりますか?

「学校で習ったなあとは思うけど舞い上がったりはしません。気持ちが入りすぎるとうまくいかないことが多いんです。冷静にやらないと色校正は安定しません。同じ印刷物なのに刷り上がりが変わったりするから、それを安定させるにはやっぱり自分が落ち着いてないとだめですね。」

―――自分の内面の状態と色の見え方は結びついているということでしょうか。

「実際そうなんですよ。そうとしか説明ができないことが本当にたくさんあります。たとえば、一人の作家さんの作品集の色校正なんかは一気にやらないと、日を変えると目線が変わってしまう。その日の気分によって色が微妙に変わるということがどうしてもあるから、一つの気持ちで最後まで一気にやるというのが決まりみたいなものです。品質を管理するうえでこれは大切なことかなと思います。」

―――そのことには昔から気が付いていましたか?

「いや、途中からかな。あとから見た時に「あれ、色が違うな。なんでOKしたのかな」というものが出てくるんですよね。」

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自分が整えば仕上がりが安定する

―――作業の振り返りは大切ですか?

「そうそう。なんでかな?ということがあるとよく考えてみます。すると、ああ、朝一番に現場へいったからかなとか、たいがい原因があります。目って朝起きてすぐの時は色が濃く見えるんですよ。だから(色を)弱く刷ってしまう。それをあとから見た時に「なんでこんなに弱く刷ってるんだろう」と思う。そういう発見から、朝一番に現場へ行くときは2~3時間前に起きて調整するようにしています。午後と、夕方の日の暮れの時間帯でも見え方は変わってきますしね。それを安定させるのが大変です。でも、色校正はぶれがあってはいけないので、できるだけ目の状態を正常に保つように心掛けています。」

―――品川さんご自身が精密機械のようです。

「同じ条件、同じ機械でもどうしても仕上がりに違いが出てしまう。その原因を考えたらどうも自分の内側も関係している気がしてね。できるだけ仕上がりを安定させようと思ったらまず自分が安定しないといけない。そこから始めないと、ということでしょうね。」

目も自分もリセット

―――思いがけないお話しでした。体調も関係しますか?

「怒っていたらぐっと全体が濃くなってるときもあるし、しんどい時は弱くなってるとか、それはあるんでしょうね。例えば、直前に見た印刷物が極端な色の場合は、次の印刷に影響を受けやすいので、途中で外へ出て自然光の下で目をリセットするんですよ。」

―――リセット、大切ですね。

「そうそう。一日の終わり、夜はお酒を飲んで自分をリセットすることにしています。次の日のためにね。」

「自分の内側の安定が色の見え方を左右する」。品川さんの言葉からは、まるで精密機械の手入れをするようにご自分の内面を日常的に整えている様子がうかがわれて、これこそがプロフェッショナルだと目をみはる思いでした。


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